第30話 偽りの絆

『──アナタは何なの? わたしのお兄ちゃんにこれ以上付きまとわないでよ!』


愛美まなみさん、といったかしら? 貴女こそ何を恐れてるの? 可哀想に……慎也の心が貴女から離れていくのが怖いのね。でも分かるわ。所詮は遺伝子だけの繋がり、ただ同じ母体から生まれた〝兄と妹〟という偽りのきずなだけが、唯一貴女が持つ彼との繋がりだもの』 


『うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうる──』


みにくい姿……それが貴女、片瀬愛美の答えなの?』


『うるさいうるさいっ! や、八城雛月やしろひなづきぃいいい、お、お前なんか、お前なんか……消えちゃえぇえええっ!』


『愛美……約束するわ。私が貴女を救ってあげるから──』




『──はい、BパートOKです。お疲れ様でした。それではこれより20分間の休憩を挟みます』


 アフレコブース内のスタジオスピーカーから響く青木音響監督の声で、八城雛月やしろひなづき役を演じていたなんちゃってアイドル声優の僕こと、橙華とうかと、片瀬愛美かたせまなみ役の現役女子高生アイドル声優の小倉ももは、周りに一礼してマイクの前から離れた。何度もリテイク(撮り直し)を繰り返し、額から冷や汗タラタラ、総メイク崩れの僕と違って、終始完璧なる演技をこなした小倉ももこと、ももちゃんは、その達成感からか、とても満足気に笑顔を浮かべている。




「──小娘に圧倒されてみっともないわね」

「あはは……」


 何はともあれ、スタジオ内に設置された古い長椅子で一人壁にだらーっともたれ掛かっていると、今回のアフレコでは一言二言しか出番が無かった、悪役令嬢的アイドル声優、東雲綾乃にしれっと絡まれた。休憩の後に収録が控えているガヤ(ガヤガヤざわついたその他大勢の声)撮りのためにわざわざ居残っていたらしい。


 なんやかんや言って東雲は、意気消沈の僕に冷えたペットボトルのお茶を手渡してきた。素直に嬉しい。僕のリテイクのせいでイラついているのかと思えば、意外とそうではなかったみたいで何より。


「あの小娘にしては、中々の演技だったのも認めざるおえないわね。天才の私ならともかく、凡人の貴方が圧倒されるのも無理がないわ」


 あ、前言撤回。コイツ結構イラついてるわ。


 他の共演声優さん(女性アイドル声優)たちに囲まれて和気あいあい談笑しているももちゃんを鬼のような形相で睨みながらギシギシ爪を噛んでるのが、見ていて痛々しい……というか怖い。それは、演技に対しての対抗心からなのか、はたまた彼女の巧みなるコミュ力に対しての単なるねたみなのかは知らんけど。


「だよな──」


 という僕も、今の自分が女装してるのも忘れて、つい男っぽいいつもの口調でボヤいてしまう。


 今回の収録はアニメの中盤の山場に当たる、小倉ももが演じる主人公の妹、片瀬愛美の──いわゆる〝闇堕やみおち回〟と呼ばれるものだった。


 とはいえ、本来の愛美は、言わばテンプレ妹キャラ──よくあるブラコン気質のお兄ちゃん大好き妹だったのだか、僕が演じるヒロイン、八城雛月の登場によって、それが徐々にヤンデレ化していき──そんな感情の起伏が激しい闇落ち妹キャラを、声優歴一年目のももちゃんが難なく鬼気迫るお芝居で見事に演じきったものだから、それをすぐ隣のマイクで目の当たりにした僕が、自然と委縮されるのも当然だったと思う……まぁそれは同じプロの声優として、情けない限りだけど。


 それはさておき、


「──まぁいいわ……所詮は凡人がなせる限界があの程度ね……ぶつぶつ(呪呪)、天才の私だったらもっと上の演技を……ぶつぶつぶつ(呪呪呪)──」

「あの……東雲さん?」

「──それに友達だったら私にも……ぶつぶつぶつぶつ(呪呪呪呪)──、あんな誰にも媚びる下賎な小娘には……、ぶつぶつぶつぶつぶつ(呪呪呪呪呪)──、私は絶対に負けない……ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶ(呪呪呪呪呪呪のろ)──」


 ……あ、駄目だコイツ……完全に闇落ちしてるよ……つうか、東雲の精神状態、かなりヤバくない?


 そんな東雲のことは一旦放っといて、僕は崩れたメイクを直すためにスタジオ内から一時離れることに。当然向かった先は女子トイレではなく男子トイレだ。このアニメ関係者らは僕の事情(女装)について大方バレバレなので、公共の場と違い堂々と男子トイレを使用出来る。


 それでも未だに男性声優さんや収録スタッフと中で出くわすと、あからさまにギョッとされるが、それはそれで「お疲れ様です、うふ」とか、愛想笑いを浮かべながら大でも小でも個室に直行すれば良い……流石にスカートのままで男性便器には立たないよ? 絶対にムリゲーだし。


 手洗い場の鏡でファンデやリップやらを手早く塗り直し、我ながら化粧慣れをしたもんだよな……と自己嫌悪にさいなまれながら、アフレコスタジオに続く廊下を戻る最中、反射的に僕は回れ右をした。今一番出くわしたくない人物の姿を垣間見たからだ。


「……っていうか、橙華さん、何でわたしを避けるんですか?」

「へ? べべ、別に避けてはないよ?」

「うそ……絶対にわたしのこと避けてた。収録のときだって、全然目を合わせてくれないし」


 結局逃げる際、後ろからガッチリ右手をつかまれた僕。怖くて背後を振り向けない。


「ええっと……あの、」

「だからこっちを向いて話してください!」


 両頬をその小さな手のひらで思い切りムギュっとされた僕は、唇を尖らせたアヒル口のままで彼女とご対面することとなった。


 今回は白ギャルファッションではない素朴なセーラー服姿が初々しい彼女──それでも自称〝男の子〟の小倉ももちゃんと。

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