第27話 嗤う姉
「さあ、お姉様、これが〝橙華〟さんよ」
「──って、東雲っ、」
東雲が
「──ええっと……東雲センパイ?」
「ふふん。この子が橙華さんよ、どう、ブサイクでしょう」
「えー、カワイイじゃない。ちょっと登輝くんにも似てるし」
おい、脅かすなよ東雲……てっきり、お前のことだから姉さんに僕の女装姿をバラすかと思ってた。
「(この借りは高いわよ?)」
「(ごめん……後でラーメンを
「(は、ラーメン? 冗談は女装だけにしなさい)」
「えー、なになに? 二人して何アイコンタクトしてるの? もしかしてお姉ちゃんだけ仲間外れ?」
ま、なにはともあれ、どうにかこの場は収まった、って感じだ。姉に関しても、〝トウカ〟なる単語は、とっくに頭の中から綺麗さっぱり消え去ってくれたらしい、と切に願う。現にそこから始まった姉と東雲の柴犬トークを尻目に、僕はサイフとスマホを持ってコンビニに走る。
そこで姉さんが好きなコンビニスイーツをいくつか買っておく。あとついでに東雲の分も、それと、お酒も何本かいるよな? これで適当に姉をもてなしつつ、
で、コンビニ袋を片手にアパートに戻ってみると、東雲と姉さんがテレビを観ながら談笑していた……え、何で仲良くなってるの? まさに水と油って感じの二人だけど……女同士のコミュニケーションは摩訶不思議だ。
「あ、登輝くん、お帰り〜、コンビニに行ってたんだぁ」
「貴方にしては気が利くじゃない。さあ、早く私に献上なさい」
「ほらよ」
なぜだかいつもに増してハイテンションな姉さんはともかく、例によって東雲の悪役令嬢的発言には、もういちいち真面目にツッコむのが面倒くさいので、袋から取り出した飲み物をクールに手渡してのスルーだ。
「姉さん、デザートを買ってきた……」
「んぐぅ〜、なぁに?」
僕が上着を脱いでる隙に、ちゃっかり姉さんはコンビニ袋から取り出したシュークリームを口いっぱいに頬張っていた。ちなみに東雲はといえば、オッサンさながら缶ビール片手にさきイカを咥えていたりする。うーん、女性アイドル声優として、それは
『──わ、わたしは、絶対にあなたのことを許さないっ!』
と、そのとき不意に東雲の怒声が聞こえて、台所で洗い物をしていた僕は、驚きのあまり手に持つお皿を床に落としそうになった。
「ちち、ちょっといきなり何だよ!? ぼ、僕何か悪いことした?」
「は? なによ、今いいところなんだから黙ってなさい」
「登輝くん、今〝
はて……ホノカ? って、東雲が演じる水口穂香じゃん……ということは、今二人が和気あいあいと眺めてるテレビは、まさかのヴァルキリーレコード、略して〝ゔぁるれこ〟だったりする?
──となると、僕が毎週欠かさずレコーダーに録画しているやつを勝手に再生しているらしいが……どうせ、かまってちゃんの東雲のことだ、自慢がてらにアニオタでもある姉に見せびらかせているのだろう。
『──まって、慎也っ!』
それにしても、穂香って子は、常に感情剥き出しだよな……本当は誰にも分け
『──ありがとう。助けてくれて』
台所で黙々と後片付けをしながら、テレビ上で流れる東雲の清楚ボイスを聴いていると、現実とのギャップで頭が混乱してくる。今絶賛流してる話しって、いわゆる〝穂香の回〟なんだよな。
ちなみに僕が演じる〝八城雛月〟は、この回では、ほとんど出番がない。たしか冒頭、Aパートでしか台詞がなかったような……まぁ、それぐらいだったら、たぶん姉さんに僕の演じた声だって気づかれてない、よな?
「──わぁ、東雲ちゃんの穂香ちゃん、すごく良かったよ! 改めてお姉ちゃんは、声優さんを尊敬しちゃう〜」
「え……ええ、それほどでも……あるわ」
アニメを一通り見終わった二人は、ますます意気投合し、姉さんなんか東雲にセクハラのごとくハグしてる始末。本当にさっきまでの
って……まさか、このまま東雲までうちに泊まる、ということは、流石にない、よな?
と、そんな時だ。
「あ、それと登輝くんも良かったよ?」
突然、僕に背中を向けたままの姉さんがそう呟いた。
「へ……な、なにが?」
(ま、まさか……な……?)
僕は
──そして姉は、顔だけ斜め45度に振り向き、瞬きもせず、ニマーっと口角を上げた。
「ねぇ、橙華、ちゃん──」
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