第26話 東雲綾乃は隠し事が出来ない?

 バタン──


「あ──って、おいこらっ東雲!」

「へぇ……今の、シノノメ、さんって言うのね……もしかして、登輝くんの……彼女さん、かなぁ?」

「え……そそ、それは……ええっと──、」


 アパートのドアを前にして、今まさに東雲から閉め出しを食らった僕こと、神坂登輝かみさかとうきと姉の神坂三鈴かみさかみすず……つうか、なんでアイツはしれっと僕の部屋に不法侵入してるんだよ。


 ……いや、それよりも今は姉さんだ。


 首を45度傾げながら僕に問いかけている様子は、過去の経験からしてみれば危険度MAX状態だ。今も尚、僕を射抜くあの光を失った目は……かなりヤバい。


「──あ、あれは一応、僕の友人というか、仕事仲間で……」

「そうなのぉ? 登輝くんのいうお友達って、部屋の合鍵を持ってるんだぁ。お姉ちゃんは持ってないよ?」

「そ、それはその……、」


 ──あれ、これは何言ってもダメなやつ? 


 完全に東雲のことを僕の通い妻なんかと勘違いしてる……もう、こうなったら直接、東雲本人から誤解を解いてもらうしかない。


 とはいえ、昔からブラコン気質な姉にはホント困ったもんだよな。僕もいい加減大人なんだし、流石に女友だちの一人や二人いてもおかしくはないのだけど……って、あの東雲が初の女友だちだったりする?


「おい、東雲……勝手に人の部屋に、」


 未だに目がうつろな姉を引き連れて、いざアパートの部屋に足を踏み入れてみると、


 トントントン──


 何故か可愛らしいエプロン姿の東雲が玄関横の台所に立ち、まるで夫の帰りを待つような新婚ホヤホヤの主婦みたいに料理をしていた。


「あら、お帰りなさいあなた。今日はいつもよりも遅かったわね……残業、かしら? トントントントン──」

「へ……残業って何?」


 何かのコント? というか、さっきからキャベツを刻む音が妙に怖いんだけど……って、姉さんが僕の腕にしがみついて震えて──、


「トントン──、ザク、ザク、ザクリッ!」

「「!?」」


「それとも──浮気、か、し、ら?」



「「ひっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」」



 包丁を片手にニタリと口角を上げる東雲を見て、神坂姉弟はブルブルと抱き合った。






「──さあ、どんと召し上がれ」

「……いただきます」

「東雲ちゃん、り、料理お上手ね……」


 僕と姉……そして東雲の三人で狭いちゃぶ台を囲み、意外や意外、悪役令嬢キャラとは掛け離れた家庭的な一面をみせた東雲の手料理を堪能しつつも、どこかぎこちない空気が流れる我がワンルームアパート。


「でも以外ね。あの神坂君にこんな美人のお姉様が居たなんて初耳だったわ」

「そんなー、東雲ちゃんは口もお上手──、」

「ええ、私ときたら、てっきり何処かのくたびれた年増女をアパートに連れ込んで来たのかと勘違いしてしまったわ」

「(ピキッ)」


 おいコラッ! せっかく場の空気が若干和んできたのになんてことを……ああ、姉さんが隣で青筋を立ててるよ。


「そ、そういえば聞きそびれちゃった……東雲ちゃんは登輝くんとどういった関係かなぁ?」


 姉さんが肉じゃがのジャガイモをぶすぶす箸で突き刺しながら、東雲に向かって笑顔を向けた。ちなみに僕は無言で二人の様子をチラ見しつつ、なめこの味噌汁をすする……あれ、何でかな? 味がさっぱりわからないや……


「友人よ──、」


 あ、ナイスだ東雲、これで姉さんの誤解が解け、


「──橙華とうか、さんとは」


「ブホッ!?」

「ん……トウカ?」


 ちゃぶ台に思い切りなめこ汁をぶちまけた僕をよそに、東雲が発した、とかいう見知らぬ名に首を傾げる姉さん。


「ゴホッゴホッ──、だだだ、だよな? 僕と東雲は同じ声優として苦楽をともにした友人であって、ええっとそのぉ……い、いわゆるマブダチで──」


 姉さんは僕が声優の仕事をしていることは知っているけれど、女装した僕──橙華の姿までは知らない……いや、このまま知られてはならない。


「そうね、〝橙華〟さんとは、今後とも私の良き親友、良きライバルとして、」

「あ、あの東雲さん、ちょっと黙ってて──」

「ねぇ、東雲ちゃん……さんって誰のこと……もしかして、登輝くんの芸名、とかだったりする?」

「ねね、姉さんっ、」


「さあ、お姉様、これが〝橙華〟さんよ」

「──って、東雲っ!?」


 その時、東雲が取り出したもの、それはスマホの画面に映り込んだ女装した僕──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る