第17話 ゔぁるれこ!

『──さて、始まりました。新春スタート冬アニメ『ヴァルキリーレコード』、略して『ゔぁるれこ』の八城雛月やしろひなづき役を演じます声優の橙華とうかです!』


『……水口穂香みなぐちほのか役の東雲綾乃しののめあやのよ』


『……、こ、この番組では新アニメのヒロイン役を演じる私たち二人の他愛もないトークを交えながら『ゔぁるれこ』の魅力を語っていきたいと思います。どうぞ最後までよろしくね!』


『よろしく』


『で、では、まずアニメ公開に先駆けて、物語の冒頭をちょっとだけ見せちゃいます! それじゃああやちゃん、早速号令を掛けちゃってください!』


『は? そんなの聞いてないわ。そんなの貴方がやりなさい』


『で、ではでは、VTRスタート!』



 師走に差し掛かった12月の某日。とあるビルの一室で、今回の撮影のためだけに急きょ用意されたメルヘンちっくなセットに囲まれながら、カメラに向かって笑顔を振りまいていた僕は、画面が切り替わると同時に頭を項垂うなだれる。


 そんな僕の隣で、おみ足を組んで座る我が相方、東雲といえば、テーブルに用意されたジュースを呑気にストローですすっていたりする。


「おい、東雲。これ生配信だよ? 番組の進行は僕が何とかするから、せめて笑顔でいてくれって。そんなんじゃ動画をリアルで見てくれる人たちが不快になるだろうが」


 僕は気を取り直し、台本とは名ばかりの薄い冊子を早々とチェックしながら、アニメ映像が流れている間を持って、せめてもの注意を東雲に促す。つうか、コイツはファンの前でも通常運転かよ。これじゃ普段の東雲とちっとも変わらんじゃんか……ちょっとは視聴者に愛想あいそ振りまけよ、と切に願いながら。


「ふん。そんな台詞を良く言えたものね。女の格好で恥を全国にさらしている貴方にだけは言われたくないわ」

「うっ……」

「えー、二人とも準備はいい? そろそろ再開するから」

「あ、はい! 東雲も早くスタンバって──」



『パチパチパチ──、凄く作画が凝ってて綺麗きれいだったよね〜。内容も面白そう! ねぇ、綾ちゃん!』


『まあまあね。内容の古臭さはともかく、私が出演しているからには、名作になり得るポテンシャルは十分秘めてると言えるわ』


『……う、うん、昔ながらの良きストーリーだよね! 出て来る女の子たちもみんなかわいいし、それではここで登場人物の相関図をざっと紹介しちゃいます〜』




 どっと疲れが出た。


 永遠とも感じられたが、実質30分ちょいの配信をし終えると、僕はその場でバタンと顔を突っ伏せた。そのまま長い黒髪がテーブルに広がる光景は、幽霊さながらちょっとしたホラーだ。横目で何食わぬ顔でリップを塗り直している東雲を見てると無性に腹が立ってくる。何で僕一人だけがこんなに体力と精神を削らねばならんのだ。


「いや〜、二人とも良かったですよ。番組としては大成功です」


 そんな耳を疑う声で顔を上げてみれば、企画発案者である鶴岡さんが満面の笑みを浮かべながら額の汗を拭っていた。


「え、何で……番宣としては、結構グダグダだったと思いますけど……」

「いやいや、二人とも見事でしたよ。特に東雲さんの辛口に翻弄ほんろうされる新人声優の橙華とうかさん。それはもうネットでの盛り上がりが凄まじいです」


 そうなの? ちなみに僕はもう新人ではないんだけど……ま、今さら別にいいか。経歴的には新人みたいなもんだし。


「あ、あの……東雲はともかく、僕の……その……女装バレの件は……、」

「そのへんは大丈夫です! どうぞこちらをご覧ください」


 と言って鶴岡さんが僕に手渡してきたのは動画に対してのリアルな反響を示したコメントの一覧だった。その大半は東雲に対してのマゾ的発言──口に出して言うのも何だから、かいつまんで説明すると、東雲の『S』に『М』の住民からのアプローチ合戦……それはさておき、後はアニメへの期待を込めた好意的なコメントに混じって、僕、橙華とうかに対する応援だった。その内容は多少アレだが……、それでもまあ、少なくとも女装バレは無さそうだけど……。うーん、ここは喜ぶべきだろうか? かなり複雑な心境だ。


「それで、次の収録ですが──」

「へ、次? 今回だけじゃ……」

「当然ね。今度は私、ぜひ橙華とうかさんと一緒にキャラのコスプレをしてみたいわ」

「東雲、お前はちょっと黙ってろっ」

「お前? センパイに対して、貴方いい度胸してるわね?」

「東雲センパイ、すみませんでした……」



 次の配信は、せめて東雲とだけは勘弁願います──

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