オレンジボイス 〜アイドル声優《女装》で業界を生き残ります〜
乙希々
序章
第1話 男だけどメインヒロインに抜擢されました。
「──そう、
『はーい、オッケーです。お疲れ様でした〜』
都内某所のスタジオ。
張り詰めた空気が漂う中、スピーカーから音響監督の声が響き渡り、僕は
ガラス貼りの録音ルームで垣間見れるスタッフに一礼し、マイクスタンドの前から離れる。──ま、色々と課題だらけだが、本日の収録はこれにて終了だ。
けど──、
そのときふと、黒いセーラー服姿の少女と視線が絡み合う。
モニターに映し出された長い黒髪の彼女──
「お疲れ様でしたー」「お疲れ〜」
そうこうしている内に収録を終えた〝声優〟たちが、各々座っていたスタジオの椅子から立つ──、
そう。
ここはとある新作アニメのアフレコ現場。今回はその記念すべき第一話の初収録だった。
(──って、こうしちゃいられない)
声優三年目であるにも
「お、お疲れさまです! 今日は何度もリテイク(
真っ先に挨拶したのは、この作品で主役の男子高生役を演じる
「いやいや仕方ないって、何せ難しい役どころだしね。オレは君のこと応援してるよ」
高身長、
「あ、ありがとうございました! 今後もどうかよろしくお願いしま、」
「そ、そうだね、じゃあ頑張って!」
と話の途中、早々と僕の前から立ち去っていく妻夫木さん。
そんな彼の後ろ姿を
この入れ替わりの激しい業界を生き残るためには、自分の立場をわきまえた礼儀こそがまさに必要不可欠である。
「頑張ってね。くふふ」「お、おう、今日はお疲れさん」
「時代だなー」
結果的に皆が妻夫木さん同様、今の自分に
……いや、違う。
たった一人だけ、彼女だけは僕と顔を合わすなり、眉をひそめてこう言った。
「どうして貴方がメインなのかしら? 頑固として私の方が適任だと思うわ」
ツンツンした台詞に反して、透明感溢れる清楚ボイスで。
一見どこぞかの令嬢かよと思わせる
「座りなさい」
そんな東雲は、紙コップ片手にポンポンと隣を叩く。
「失礼します……」
こうなると僕は、素直かつ従順に彼女の隣に腰をおろす。それでも若干距離を挟んで。
同じ声優養成所出身だからとはいえ、この業界、声優デビューは東雲の方が先だ。いちおう事務所のセンパイにあたる。ゆえに敬語はもとより、決して彼女の意に反してはならない。実に理不尽だ。
「貴方、本当に分かっていて? 今なら降板って選択肢もギリギリ間に合うわよ」
その刺々しい口調はともかく、東雲が言ってることも一理ある。意外と本気で心配しての忠告かも知れない。
……が。
「まぁ……、正直色々と思うことはあるよ。でも僕自身初のメインだし、実際このチャンスを活かしたい、とか思ったりしてる……かな?」
その時だった。
突如、東雲は椅子から立ち上がり、その整った
「ちょちょちょっと、し、東雲ぇええ──」
そんなぐるぐると上下左右に揺れる視界のなか、ぼんやりとアフレコスタッフの幾人かが垣間見れた。この状況は実にマズい。どこをどう見たって共演者同士のいざこざだ。
「そう、そうよ! メイン、メインっ! 作品の主要人物ぅ!」
「ううう、わ、わわ分かってるって!」
「まぁったくぅ分かってなぁあああいっ!」
周りの視線なんか全く気にせず、声優、東雲綾乃は清楚系ボイスにあるまじき怒声を僕に浴びせ続ける。
「──って、男のあんたがメインヒロインを演じてどうすんのっ!」
だよね……。
それに関しては僕も同意見だ。
僕こと──声優、
(──って、どうして……こうなった!?)
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