没交渉の実家が『結婚しろ』と命じてきたのは、暴力が原因で離婚した男だった

アソビのココロ

第1話

 どういうわけか、あたしは結婚したらしい。

 もう籍が入ってるんだそうな。

 実家からそうした内容の連絡を送ってきた。

 お相手はエドガー・ダンヒル様二六歳。

 何と男爵家の当主だってよ。


 エドガー様は過去に離婚したことがあるらしく、あたしとは再婚になるんだって。

 でもあたしは貴族としての教育なんか受けてないし、好き勝手生きてるし、いいのかしらん?

 あたしの判断することじゃなかったわ。

 向こうさんがいいならいいか。


 あたしも二四歳と嫁き遅れで、しかも淑女とはかけ離れてるから、結婚なんて全然頭になかったよ。

 あたしでもいいと思ってくれてる人がいるなんて、舞い上がってしまうわ。

 ニタニタしてたら、同僚達が悪いものでも食べたのかなんて聞いてきた。

 失礼だな、結婚したんだわ、相手はダンヒル男爵家の当主だわって言ったら超ビックリしてた。


 いや、驚いてたのは予兆もなくいきなり結婚だからかな。

 籍が既に入ってるとは聞いたけど、あたしも相手がどんな人だか、名前以外知らんし。

 エドガー様と顔合わせする前にどんな人だか知りたいなって言ったら、同僚達が面白がって情報集めてくれたわ。


 ダンヒル男爵家ってのは元々商家で、先代の時に爵位を買ったんだそうな。

 じゃあ裕福な新興貴族か。

 いいぞいいぞ。


 より高位の貴族に食い込みたいという思惑で、フォースター伯爵家の娘であるあたしのところへ話が来たんじゃないかって?

 えっ、ちょっと待って。

 あたし実家とほとんど没交渉なんだけど?


 父から話が来たなら、フォースター伯爵家とダンヒル男爵家との間で当然話はついてるんだろうって?

 それもそうだ。

 エドガー様とあたしの結婚はついでみたいなものかもしれないな。


 エドガー様は若いけど相当なやり手なんだって。

 ダンヒル男爵家は先代が領政に専念してて、商売は全てエドガー様が切り回してるんだそうな。

 ええ? そんな商才のある人が旦那なの?

 すごーい!


 ただ悪い噂もあって、過去二度離婚してるのは奥さんに暴力を振るったからじゃないかって言われているの。

 何だ、暴力か。

 どうってことないな。

 顔合わせが楽しみだなあ。


          ◇


 ――――――――――エドガー視点。


 商売にとって何がよろしくないって、良くない噂だ。

 過去二度の離婚が俺の暴力のせいだという噂が出ていることは知っている。

 金で揉み消してあるから、相手の実家からそうした話が漏れることはないけどな。

 いずれ消える噂だ。

 今のところは。


 しかしこのまま結婚しないのは、これまたよろしくない。

 結婚している者こそ信用できるという、世の風潮に逆らう。

 跡継ぎの問題もある。

 やはり暴力を振るうから結婚できないんだなどと、噂が再燃しかねない。

 結婚せねばならないが……。


 逃げ出さない嫁を得るためにはどうしたらいいか?

 立場が弱くて、実家に戻れない女がいい。

 今までの嫁の実家より高位の貴族だとさらにいい。

 経営に問題があって金で言うことを聞かせられる貴族家だとベストだ。

 俺はフォースター伯爵家に狙いを定めた。


 長女のラフィ嬢は先妻の子。

 貴族学院にも通わせてもらえず、平民の行く魔術学校の出だそうだ。

 ふうん、魔法の心得があるのか?


 既に次女が婿を取って跡を継ぐ方針を明確にしているから、長女は邪魔な存在だと思われる。

 身の置き場もないだろう。

 フォースター伯爵家の現当主は凡俗だ。

 水を向ければすぐに娘を売り渡すに違いない。


 案の定だった。

 俺はラフィ嬢と婚姻を結ぶことに成功した。

 まだ顔合わせすらしていないのだが、伯爵が構わんと言っていた。

 長女ラフィがフォースター家でどんな扱いをされているかがわかって、苦笑せざるを得なかったが。


 今日は当家で顔合わせの日だ。

 仮にも夫婦なのにな。

 顔すら知らないから緊張するなあ。

 伯爵は必要ないと言っていたが、やはり迎えを出すべきだったか?

 いや、来たようだ。


「遅れてすみません。ラフィ・フォースターです」


 少々面食らった。

 現れたのが予想と違う女性だったからだ。

 ……実家で邪魔者扱いされ、捨てるように嫁に出された令嬢の顔じゃない。

 心底結婚を喜んでいるように見える。


「君の夫、エドガー・ダンヒルだ」

「照れますね」


 確かに、澄ました貴族令嬢の表情じゃない。

 学院に通っていないのだから当然ではあるが。

 しかし美しい令嬢だ。

 美醜はどうでもよかったのだがこれは計算外だ。

 何故伯爵はラフィを貴族学院に通わせ、より有力な貴族と結ばせようとしなかったんだろうな?


「少々質問したいのだが、構わないだろうか?」

「もちろんですとも」

「ラフィ嬢は……ラフィは俺との結婚をどう思っているのだろうか? 正直なところを知りたい」


 俺も商人だ。

 表情一つで何を考えているか、ある程度見抜く自信はある。


「あたしみたいな売れ残りをもらってくれて、本当に嬉しいです!」


 ……素の反応だな。


「エドガー様は男爵家当主でありながら、やり手の商人だそうではないですか。生活に困ることはないなあと、もう万々歳です」

「……」


 正直過ぎて、却って俺の方が言葉に詰まる。

 俺が暴力を振るったがために離婚したということ。

 噂を聞いてないんじゃないか?


「ラフィは魔術学校の出だそうだが」

「はい、その通りです」

「伯爵令嬢なら、普通貴族学院に通うものだろう? 魔術学校に入学したのは何故だ?」


 ダイレクトに聞いてみた。

 どう答える?

 家の事情について率直に話すのか、それとも……。


「魔法に興味があったからです」

「ふむ、だろうな」

「父は学院に通ってどこかに嫁に行けと言っていたのですが、あたしが魔法を学ばせろとごねまして」

「えっ?」

「最終的には父も、魔術学校の方が学費もうんと安いしいいかと、折れてくれまして」

「……」


 思ってたのと大分状況が違う気がする。

 ラフィはフォースター伯爵家のいらない子ではないのか?

 さらに突っ込んでみるか。


「フォースター伯爵家は君の妹が継ぐんだな?」

「妹か、それとも妹の夫かですね。あたしと妹は母が違うのですよ。だからあたしが家を出たほうがいいと判断しました」


 ラフィ自身の判断なのか?

 追い出されたわけではなくて?

 いや、でも俺との結婚は伯爵の独断のはずだし。

 ちょっと混乱する。


「魔術学校卒業後、王宮魔道研究所に就職」

「はい、夢でした!」


 わかっているのはそこまで。

 王宮魔道士は魔法や魔道具を研究する者達だ。

 外部に情報がほとんど漏れてこない。

 貴族の王宮魔道士は、たまたま魔法の才を持った者が箔付けのために所属するだけだというが、平民の王宮魔道士は天才揃いだという。

 ラフィはどっちなんだろうな?


「どこで寝泊りしているんだ?」

「魔道研究所の寮ですよ」


 つまり平民扱いか。

 貴族は普通、王都内のタウンハウスから通うから。

 ではラフィは魔法の天才?

 思わぬ拾い物だ。


「できれば結婚しても王宮魔道士としての籍を残しておきたいのですが、構わないでしょうか?」

「無論だ」

「やった!」


 素直な反応が淑女っぽくないなあ。

 だがそれがいい。

 少女のようなウソのない笑顔に魅せられる。


「ラフィは美しいじゃないか。どうして今まで結婚しなかったんだ?」

「美しいって言ってくださるのはエドガー様だけですよ。あたしは全然モテないんです」

「出会いが少ないだけなんじゃないのか?」

「ですかね? 魔術学校でも王宮魔道研究所でもサッパリです」


 間違いない、ラフィが伯爵家の令嬢だからだ。

 周りにいるのが平民ばかりでは、さすがに遠慮するだろう。

 すごい偶然が重なってラフィは俺の妻となったのだ。


「父もいつまで経っても浮いた話のないあたしを心配して、エドガー様と結婚させてくれたと思うんです。あたしも研究所にこもりっきりで、ほとんど実家に帰ってないので、本当のところはわかりませんけど」

「いや、それは俺がフォースター伯爵家に出資したから……」

「まあ! エドガー様はあたしと結婚してくださるだけでなくて、実家の手助けもしてくだってるんですか? 何と御親切な」


 違う。

 ラフィを買い取るから口出すなという意思表示のつもりだったのだ。

 何だかラフィの言い様を聞いていると、自分が善人になったみたいでムズムズする。


「いいのか、君はそれで。俺と会ったのは初めてだと思うが」

「大変嬉しいです」

「ラフィに言っておかねばならないことがある」

「はい、何でしょう?」

「俺の離婚歴についてだ」


 どうやらラフィは家族に疎まれているわけではなく、自分の才能を生かして魔法の道に進んだだけの令嬢のようだ。

 魔道研究所という帰るべき場所がある。

 今までの妻と同じように、結婚しても逃げ出してしまう可能性が高いじゃないか。


 今なら婚姻の事実自体をなきものにできる段階だ。

 俺の暴力について伝えておかないのはフェアじゃない。

 また三度目の離婚を回避できるなら、俺にとってもダメージは小さい。


「何か聞いているか?」

「エドガー様の暴力が原因なのではないかという、噂は耳にしております」

「それなのに俺と結婚したのか?」


 少々驚いた。

 俺はこの婚姻は伯爵の独断で、ラフィは事情を何も知らないと思っていた。

 ラフィが伯爵の支配下にあるものと思い込んでいたから。

 しかし話を聞く限り全然違うじゃないか。


「何故だ?」

「と言われましても。既に籍が入っていると連絡を受けましたので」

「都合が悪ければ婚姻はなきものにしてもよいのだぞ?」

「えっ? いえ、結婚できて嬉しいです。エドガー様の欠点は暴力だけなのかなと」

「大問題じゃないのか?」

「特には。お買い得物件だと思っていました」


 ラフィは俺の暴力を承知の上で嫁に来たのか。

 それこそ何故だ?


「エドガー様。あたしをゴンと叩いていただけますか?」

「えっ?」


 俺は何だと思われているんだろう?

 理由もなく殴りかかるわけじゃないんだが。

 それこそ出自が卑しいの商人はこすっからいの言われることがなければ。


「さあ、お願いしますよ」

「ええ? じゃあ」


 軽く頭を叩いた。

 ん?


「感触がおかしい?」

「お気付きになりましたか。結界です」

「結界?」

「ある程度以上の衝撃をトリガーに、自動で張られる魔法結界ですよ」

「何と」


 つまり俺がいくら暴力を振るおうとどうってことないから嫁に来たと?

 そんな理屈ある?


「あの、エドガー様のような覇気のある方が夫なんて、すごく嬉しいです」


 ほんのり頬を染めるラフィ。

 メチャクチャ可愛いじゃないか。

 しかも嬉しい嬉しいって。


「ああ、末長くよろしくな」


          ◇


 ――――――――――ラフィ視点。


 エドガー様はメッチャ働き者だった。

 時々肩とか腰とか痛くなるみたいだから回復魔法かけたり、眠れない時は睡眠魔法かけてあげたりしている。

 すごく感謝されるんだけど、王宮魔道士なら当たり前だからね?

 却って恐縮しちゃう。


 番頭さんとかに聞くと、エドガー様の離婚の原因となった暴力って、奥さんが平民の使用人をバカにしたり、店のこと何にも知らないのに店員に指図しようとしたからなんだって。

 エドガー様悪くないじゃん。


 でもエドガー様が忙し過ぎて、奥さんを構ってあげられなかったことが根底にあるんだろうなあ、とは思う。

 すれ違いってこういうことか。

 ちょっと切ない。


 何かあたしは平民みたいで気安くていいって、店の皆さんには言われる。

 いや、お貴族様の夫人はそれじゃダメなんだよ。

 今更ながらに礼儀作法の教室に通って習ったりしている。


 えっ、従者?

 いらないいらない。

 王宮魔道士は要人警護もするくらいだからね。

 腕に覚えがなきゃ務まんないの。


 一回エドガー様と二人の時、チンピラに絡まれたことがあったわ。

 けちょんけちょんにして憲兵に突き出したけど。

 憲兵も知り合いが多いから手続きもスムーズ。

 時間をムダにしないことは大変結構だと、エドガー様に褒められた。

 えへへ。


 ちょっと考えてなかったことなんだけど、王宮魔道士の同僚にもありがたがられている。

 王宮魔道士って小遣い稼ぎに魔道具作ったりするんだよね。

 つく予算だけじゃ研究するのに資金が足りなかったりするから。

 でも普通の商人のところに持ってくと買い叩かれちゃうの。

 そりゃ何だかよくわからないペテンかもしれない魔道具に、大金は払えないもんね。


 ところが魔道具の仕組みがわかるあたしと、それが世の中にどういう影響を及ぼすかを想像できるエドガー様がいると、真の価値を弾き出せるわけよ。

 結構なお値段で買い取ったり、一個売れたらいくらの契約にすると、王宮魔道士達は大喜び。

 皆が買ってくれと魔道具やアイデアを持ち込むようになり、量産化魔道具販売はダンヒル商会の目玉商品にまで成長した。


「ラフィ」

「何でしょうか?」

「俺は君と出会えて幸せだ。何事もうまくいく」


 いやいや、貴族の妻としては、淑女成分も人脈も全然足りなくて申し訳ないのに。

 エドガー様は器が大きいなあ。

 あたしの方こそ幸せなんですって。


「感謝している」

「あたしも大感謝なんですよ。もらってくれただけで嬉しくて」


 結婚には縁がないと。

 一生研究所暮らしだと思ってたのになあ。

 

「ラフィ」

「あ……」


 エドガー様に抱きしめられる。

 あたしを包み、慈しんでくれる大きな身体が好き。

 あなたの妻でよかった。

 心からそう思うのだ。

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