第6話 sideレノ

 私レオノール・オランテスは、オルテガ家に仕える使用人であり、ミゲル様の護衛でもあります。

 今から10年前、出会いも刺激もない故郷の森を飛び出した私にとって、魔法能力さえ高ければ簡単に雇ってもらえるオルテガ家は絶好の就職先に見えたのです。

 ――それから10年間、後悔し続ける毎日でしたが。


 簡単に雇ってもらえるということは、それだけ簡単に欠員が出るということ。そして、誰も新しく働きたがらないということです。

 残酷な一族に辛く当たられて心を病む者、悪事に手を汚すことに耐えられなかった者、怪我や病気によって切り捨てられた者。

 理由はそれぞれですが、私が働いた10年間でも多くの者が屋敷から姿を消しました。


 私はミゲル様の身の回りの世話が主な仕事だったため、ある意味楽な仕事ではありました。

 他人にあまり興味がなかったミゲル様は、良くも悪くも私のことが視界に入っていないご様子でしたから。


 もしかすると、ミゲル様が邪魔な者を消すときに、自ら手を下すタイプだったのも、私が心を病まなかった原因なのかもしれません。

 不快に思い軽蔑し、けれど楽に賃金を稼げるから後ろを歩く。それが私にとっての日常でした。


 そして転機は突然でした。

 屋敷に宝石類を売り込みに来ていた商人が、突然宝剣を抜いてミゲル様に斬りかかったのです。

 所詮は素人の斬撃。そう考えた私は、簡単な樹木魔法の盾を構えて割り込みました。しかし、宝剣には死の呪いが付与されていたのです。

 生命の力を借りる樹木魔法は、とにかく呪いに弱い。魔法ごと切り裂かれ、私はあっけなく倒れてしまいました。


 商人はミゲル様の指の一振りで氷に閉じ込められ、他の使用人によって運び出されていきました。


 血だまりに倒れ伏す私を見下ろし、ミゲル様は手に魔力を集めます。私は完全に死を覚悟しました。ああ、ここで氷漬けにされて私の生涯は終わるんだなと。

 氷漬けにされなかったとしても、オルテガ家が治療を施してくれるとは思えません。ゆっくり死ぬか、一瞬で死ぬかの違いです。むしろ殺されるのが慈悲のような気さえしていました。


 振り下ろされたミゲル様の手から放たれたのは、私の予想を大きく裏切る緑色のものでした。

 命の根源を支える若草と同じ緑色。

 故郷を思い出すその光に包まれ、傷はあっという間に癒えてしまいました。


「こ、これは……?」


 頭では理解できていても、感情が追い付けずに言葉が止まります。

 ミゲル様は圧倒的な氷冷魔法の暴力でカリスマとなり、そして何よりご自身のプライドの拠り所にされていたからです。

 私などのために氷冷魔法を捨て、回復魔法を神に願ってくださったのです。


 続けてミゲル様は自身の指を傷つけ、その血と痛みを触媒とし、私の体内に巣食う呪いを取り除いてくださりました。

 呪いとは生命を侵すものです。生命に憑りついた呪いはより強固なものとなるはずですが、あっさり祓ってしまったのは流石としか言えません。


 ただただ残忍で、強い暴力を持って生まれたがために他人を思いやれない。そんな唾棄すべき人間だと思っていた相手が、大きな代償を払って助けてくれた。しかも護衛の役目すら果たせなかった自分を。


 気が付けば私の体はひれ伏し、忠誠を誓っておりました。


 役目を果たす機会はすぐに訪れました。

 どこで得た知識かは知りませんが、羽の生えたネズミは恐ろしい魔人の使い魔だとミゲル様は教えてくださりました。

 悪ぶった発言をしながらも、呪いが撒かれる前に倒しに行こうとするのは、隠してきたミゲル様の正義感が故に違いありません。


 私を救ったがために戦う力を失ったミゲル様。その力になりたいと同行したのに、私はまた足を引っ張ってしまいます。

 そんな私を、ミゲル様は再びご自身を犠牲にして救ってくださりました。

 このとき、やっと覚悟が決まったのです。


 私こそが、ミゲル様が失った一部分になるのだと。


 放った氷冷魔法は魔人を止めましたが、それでもミゲル様が使っていたものに比べればあまりに貧弱。

 結果的に、あの忌々しいメスガキに助けられる形になってしまいました。


 次こそは、次こそは私がミゲル様を守ります。

 必ずやあのメスガキより強くなり、二度とミゲル様に犠牲を払わせないと心に誓いました。

 ミゲル様の一生を、このレノが。レノこそがあらゆる手でお支えいたします。


 胸の内に湧きあがった感情は渦を巻きます。

 それは強い使命感であり、感謝であり、崇拝であり――甘くて仄暗いものでした。

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