第37話 卒業パーティーにて(前編)


 今日は、ヒース様たちの卒業式だ。

 

 私とシンシア様は学園内にある大広間の控え室で、これから始まる卒業パーティーに備えていた。

 この学園では在園生も一緒に卒業を祝うとのことで、私たちも多少装飾を抑えた衣装で参加し、場に彩りを添える。



 ◇



 華やかな衣装に身を包んだ卒業生の方々が、控え室に入って来た。

 ここでエスコート相手と合流し、会場となる大広間へ入場するのだ。

 婚約者のいる人はその相手と、まだ相手のいない人は家族や親戚・知り合いにお願いをすることが多いのだそう。

 

 辺りを見回した感じでは、その比率は半々といったところだろうか。

 シンシア様へ「来年の私の相手は、ルミエールになると思います」と告げると、「では、わたくしはお兄様ですね」と微笑まれたが、私は知っている。

 来年のシンシア様のお相手は、ランドルフ様であることを……


 彼女が今日身に着けているドレスや装身具にいたるまで、全てランドルフ様が内緒で準備された物だ。

 もうすでに家同士の話し合いは終わっていて、今日ランドルフ様が直接シンシア様へ結婚を申し込まれる計画なのだとか。

 形式を重んじる貴族社会では考えられない前世のサプライズプロポーズみたいなことをするなんて、ランドルフ様らしいなと思ったことは内緒だ。


 そして、場違いな平民の私がここにいる理由も、それに関係している。

 婚約者のいないランドルフ様とヒース様の相手として、ボラ部の後輩である私たちがエスコート役を引き受けた……という名目になっているのだ。

 このイベントのためにランドルフ様は私の衣装まで用意してくださったのだから、大変だったと思う。

 ヒース様も協力されているようで、私の着付けなどは今回もアストニア家でやっていただいた。


「シンシアちゃん、ルミエラちゃん、お待たせ!」


 卒業式の今日も平常運転のランドルフ様が、足早にやって来た。隣にはヒース様の姿もある。


「「本日は、ご卒業おめでとうございます」」


 シンシア様と一緒に挨拶をするとランドルフ様は満面の笑みを浮かべたが、ヒース様の表情はいつになく硬い。

 さすがに、緊張されているのだろうか。



 ◇



 ヒース様にエスコートされ、大広間へと入場する。

 学園長の祝辞を聞いたあとは全員でダンスを一曲踊り、その後は食事をしたり、またダンスを踊ったり、歓談したりと、自由時間となるらしい。


 人生で二度目のダンスの時間だが、前回の経験があるので落ち着いて臨むことができる。

 ヒース様が今回も私の練習に付き合ってくださり、多少は以前より上手に踊れるようになった……はず。

 これが、彼と踊る最後のダンスとなるだろう。

 寂しさがこみ上げてくるが、笑顔を絶やさずに最後まで踊りきりたいと思う。


 卒業後、ヒース様はランドルフ様と共に王城でユーゼフ殿下を補佐する仕事をされて、いずれはアストニア侯爵家を継がれる。

 彼から告白をされたし、私も彼のことが好きだ。

 でも、たとえ私が彼の運命の人であろうと、平民の私とはやはり住む世界が違う人なのだ…と改めて認識してしまった。

 ヒース様と当たり前のように会って話ができた日々は、今日で本当に終わりだ。


「君は、卒業後の進路は決めたのか?」


 ダンスが始まってすぐに、ヒース様から尋ねられた。


「ボラ…奉仕活動研究会の慰問で訪れている病院の院長先生が『卒業後は、うちに来ないか?』と声をかけてくださったので、家業を手伝いつつ、そちらの仕事にも従事しようかと考えております」


「治癒士として働くことに決めたのか。それなら、病院で経験を積んだあと、我がアストニア領へ来ないか? その……君にお願いしたいこと…があるのだ」


「もしかして……無料治療院の治癒士ですか?」


「えっ? ああ……君が希望するのであれば、そちらも…お願いしたいところ…だ…が」


 俺が伝えたいのは、こんなことではなく───とヒース様が言ったところで、キャーっと歓声のような悲鳴が上がった。

 皆がダンスを止めて、ある一角に注目している。


 ランドルフ様が、シンシア様の前に指輪を差し出していた。

 私たちからは離れた場所にいるので、彼が何を言っているのかはわからない。

 でも、シンシア様が受け取られたということは、どうやらサプライズプロポーズが成功したらしい。

 皆に祝福をされながら、二人がこちらにやって来た。


「ランドルフ様、シンシア様、おめでとうございます!」


「ルミエラちゃん、ありがとう! 断られたらどうしようかと、ドキドキしたよ……」


「私は、大丈夫だと確信していましたよ」


 自信満々に答えると、シンシア様が「ルミエラ様は、ご存知だったのですね……」と頬を赤く染められた。


「ランドルフは、無事に成功したようだな」


 にこやかな笑顔を浮かべながら、ユーゼフ殿下がいらっしゃった。

 結局、在学中に婚約者を決めなかった彼が今日誰をエスコートするのか注目が集まったが、そのお相手は可愛らしい女の子……兄である王太子殿下のご息女フローレンス殿下だった。

 これで、まだユーゼフ殿下の妃候補の本命が決まっていないことが周知され、女性たちの熾烈な争いはこれからも続いていく。

 カナリア様が「来年の卒業パーティーまでには、必ず……」と拳を握りしめ決意を新たにされていたので、ぜひ頑張っていただきたいと思う。


「それで……ヒースのほうは、どうだったのだ?」


 ユーゼフ殿下が、私へちらりと視線を向ける。


「…………」


「その様子だと、まだ伝えていないのか」


「ヒースは、何をやっているんだよ。一緒に求婚しようって、約束したよな?」


 ランドルフ様の言葉を受け、ヒース様が懐から小さな箱を取り出した。

 中に入っていたのはヒースの瞳の色と同じサファイアの指輪で、周囲を赤い石が囲んでいる……私の瞳と同じ色で。

 目の前に差し出されたそれを見て、トクンと鼓動が跳ねた。


「……ルミエラ嬢、私と結婚してほしい。生涯、君一人だけを愛することを皆の前で誓う」


『君一人だけを愛する』

 平民の私を妾ではなく、正妻として迎えるとヒース様は言った。

 全く予想もしていなかった展開。驚き過ぎて頭が働かない。

 固まったままの私の前に、どこからともなくルミエールが現れた。


「ルミエラは感激のあまり言葉が出ないようですので、僭越ながら私が……」


 ルミエールはヒース様へ恭しく頭を下げると、にこりと微笑んだ。


「この度のお申し出、謹んでお受けいたします。どうぞ、妹を末永くよろしくお願いいたします」


「ル、ルミエール!」

 

 両親への相談もなく、私の意思も確認せずに、兄が勝手に返事をしてしまった。

 侯爵家であるヒース様が平民である私へ求婚をしたことに周囲がざわざわする中、ユーゼフ殿下がパンッと手を打った。


「この求婚に驚いた者もいると思うが、ここで私から皆へ話しておきたいことがある。ルミエラ嬢は、ヒースの『運命の人』だ。この意味が、貴族である其方たちであれば理解できるであろう? もう一度言う、『運命の人』だ。ヒースが彼女と出会えたことに、私は友人として心から祝福したい。そして、私自身もいつか『運命の人』に出会いたいと思っている」



 ◇



 私は、何も知らなかった。

 今日の私の衣裳を用意してくれたのが、ランドルフ様ではなくヒース様だったことを。

 彼は、先日すでに私の両親へ結婚の許可をもらっていたことを。

 貴族家へ嫁入りすることに最後まで難色を示していた母を、心を尽くし言葉を尽くして説得したことを。


 そして……卒業パーティーで、まさか自分の求婚イベントが行われるなんて。

 一年前、小説のようなリアル断罪イベントが見られるのかとドキドキしていた自分が恥ずかしい。


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