第36話 ヒースの決意
学園に編入生として再入学したルミエラは、学園内で注目を集めた。
ルミエールだけでも目立っていたところに、同じ容姿をした妹が現れたこと。兄妹揃って『奉仕活動研究会』への入会を許可されたこと。
これが様々な憶測を生みいろいろな噂話も飛び交ったが、二人は自分たちに与えられた罰だと粛々とその現状を受け入れていた。
ルミエラはユーゼフとランドルフへ正式に謝罪し、『奉仕活動研究会』ことボラ部へ復帰した。
シンシア、そしてルミエラの推薦でカナリアも同時に入会することになり、一年生の会員が増えたことをヒースたちは喜んだ。
◇◇◇
以前と変わらず一緒に食事を取っているルミエラとシンシアを見る周囲の貴族たちの目つきが変わっていることに気づいたのは、ランドルフだった。
もともと、ルミエラは男装していたころから麗しいと言われていたほどの美貌の持ち主で、シンシアは可憐な雰囲気の子爵家令嬢。
平民であるルミエラは妾候補に、シンシアは婚約者候補になることに何ら不思議はなかったのである。
シンシアと親交を深めてきたランドルフだったが、自分は伯爵家。
自身より高位の侯爵家から万が一婚約の打診があった場合、子爵家のレスティ家では断ることが難しいのは想像に難くない。
今はわかり易く態度で示し周囲を牽制しているランドルフだが、自身が卒業後はどうなるかわからない。
焦った彼は、ヒースを巻き込むことにした。
実は最近、ルミエラやシンシアと共に昼食を取っている人物がいる。
それは、王立学園初等科に留学することになったムネスエ。あの倭東国の王子だ。
国へ帰ったあと彼は母のユキノからかなり厳しい再教育を受け、以前のような我が儘な態度はすっかり改められた人懐っこい愛くるしい男の子になっていた。
その変貌ぶりに、最初は警戒していたルミエラも次第に態度を軟化させ、今では弟のように可愛がっている。
ムネスエが二人と一緒に食事を取る理由は、語学勉強のため。
まだまだルノシリウス国の公用語が
そこに、多少の下心があるかは定かではない。
ムネスエは母の教えを守り、心を尽くし言葉を尽くしてルミエラへ自分の気持ちを伝え、承諾を得た。
今は、倭東国語を覚え始めたシンシアと共に、両国の言葉を交えながら昼食の時間を楽しく過ごしている。
ムネスエは、昼食時に自国のお茶やお菓子を差し入れするというルミエラの気を引くことも抜かりなくやっていて、表向きは静観しているヒースも内心は穏やかではいられなかった。
◇
「おまえはルミエラちゃんとのこと、これからどうするつもりなんだ?」
前置きもなく、いきなりランドルフから言葉を投げかけられたヒースは目を白黒させた。
「急に何の話かと思えば……」
「彼女と結婚する気はあるのか?」
「いずれは……そのつもりだ」
ルミエラの両親には、ダンスパーティー時にルミエラを迎えに行ったとき、処分の説明に行ったときに会ったことがある。
そして自身の両親へも、ルミエラは挨拶をしたことがあった。
孤児院へ持参するお菓子をアストニア家の厨房で皆と作ったときにルミエラから両親へ挨拶をしたいと言われ、ヒースは舞い上がってしまった。
しかし、よくよく話を聞けば、ダンスパーティーの礼をどうしても伝えたいとのことで、ガッカリしたことを今でもはっきりと覚えている。
両親へはルミエラが『運命の人』であることも報告済みで、身分差による反対はない。
母のエルシアは、ルミエラを殊の外気に入っている。「まだか、まだか」と婚約をせっつかれていた。
エルシアから彼女の話だけは聞いていた父は、挨拶を受けたあと息子へ「頑張りなさい」とだけ言った。
父から認めてもらえたことに、ヒースはホッとしたのだった。
「『いずれ』って、そんな悠長に構えていたら横からかっさらわれるぞ……他国のお・う・じ・さ・ま・に!」
「…………」
容赦なく痛い所を突いてくるランドルフに、ヒースは返す言葉がない。
「とにかく、僕たちが卒業するまでに婚約はしておかないとな」
「彼女へ、結婚の無理強いはしたくないが……」
ヒースとて、内心は焦っている。
しかし、自身の気持ちは伝えたがルミエラからまだ返事はもらっておらず、現在は保留状態のまま。
だからこそ、強制はしたくなかった。
「婚約したからって、すぐには結婚なんてできないだろう?」
「それはそうだが、もう少し彼女と親交を深めてから────」
「ハハハ! おまえとルミエラちゃんは、あの三か月間で相当親交していたぞ。彼女の手を握ったり、腰に腕を回したり……」
「その誤解を招くような言い方は止めろ! 手を握ったのは魔力の流れを教えるためだったし、腰に……は窃盗犯を捕まえるために、追いかけたときだけだ。全て、彼女の許可は取っていた」
ケラケラと笑い出したランドルフを、ヒースは怖い顔で睨みつける。
「そういう顔も態度も、全部ルミエラちゃんには見られていたんだぞ。それでも、彼女はダンスパーティーのときにヒースを信用して、本当の姿を見せてくれたんだ……
だから、少しは自信を持てよ……そう言って、ランドルフは微笑んだ。
たしかにヒースは、ルミエラに自分の
そして、それは彼女も同じだった。
ヒースはルミエラから嫌われているとは思っていないが、それ以上のことを察するには圧倒的に経験値が足りなかったのである。
これまで、相手から言い寄られることはあっても自分から言い寄ったことはない。告白も、ルミエラにした一回のみ。
そんな自分を尻目に、ランドルフは着々とシンシアと親交を深めていて、それが妬ましくもあり羨ましいと感じたヒースだった。
◇
この日、ヒースは研究会部屋へ行くのが少し遅れた。
ランドルフも別の研究会へ行っており二年生は誰もいないが、部屋の鍵をテレサへ預けてあったため問題はなかった。
ヒースがドアに触れようとしたとき、中から話し声が聞こえてきた。
「──今度は、ルミエラさんの男性の好みをお聞きしたいわね」
「男性の好み……ですか」
カナリアとルミエラの会話に、思わずヒースの手が止まる。
盗み聞きは良くないが、彼女の答えは聞きたい。
激しい葛藤の末、ヒースは後者を選んだ。
「そもそも、おまえは食べること以外に興味があるのか?」
「し、失礼な! 私だって年頃の女の子だもん。もちろん、恋愛に興味はあるよ!!」
遠慮のない兄妹のやり取りにシンシアやテレサの笑い声も聞こえ、この研究会も賑やかになったものだとヒースは思った。
一年生の会員が一気に増え、常に活気に満ち溢れているのだ。
「それで、どうなのかしら?」
「そうですね……私は、穏やかで優しい方が好みです」
(『穏やかで、優しい』か……)
眉間に皺を寄せユーゼフやランドルフへ説教をしている自分は、真逆の存在だろう。
ヒースは大きなため息を吐いた。
「ルミエラ様が以前にお話しをされていた幼なじみの方は、どのような方なのですか?」
「ハルは、明るくて面白い子です」
シンシアからの問いかけに、ルミエラは即答した。
そこには親しい関係が感じとれ、ヒースの胸に鈍い痛みがはしる。
「おまえとハルって、初等科のころからお似合いだと言われていたな」
「ハルのことは好きだけど、恋愛感情はないよ。ハルと私は友達なの」
「おまえはそうかもしれないけど、ハルがどう思っているのかは、わからないよな」
ルミエールの言う通りだと、ヒースも思う。今の自分と同じように彼もまた、ルミエラへ想いを寄せているかもしれないのだ。
ハルとは、清掃活動のときに一度だけ会ったことがある。
自分よりも背が高く、人懐っこい顔をした好青年だったことを覚えている。
(貴族の自分よりも、はるかにお似合いだった)
ヒースがドアに手をかけ中へ入ると、皆が立ち上がり次々と挨拶をしていく。
「遅くなって、すまない。では、始めようか」
今日は、病院への慰問の件を話し合う予定となっている。
この中で治癒魔法を行使できるのはルミエラだけなので、彼女が中心となって活動を進めていかなければならない。
「ヒース様、一つ提案があるのですが……」
いつものように執務机に座ったヒースのもとへ、ルミエラがやって来た。
彼女は、患者の待ち時間を減らすべく効率的に治療が行えないか試行錯誤をしていた。
何か、名案が浮かんだようだ。
キリっとした瞳の奥に輝きを見つけたヒースは、すぐに話を聞く姿勢を整える。
「先日、『広域魔法』を習ったのですが、これを治療に活かせないかと思いまして」
「なるほど、一度に治療できる人数を増やすのか……」
ルミエラの話に相槌を打ちながら、ヒースはそっと彼女を見つめる。
最近、ますます麗しくなってきたと言われているルミエラについて、ユーゼフは「彼女は、恋をしているのではないか?」と発言していた。
彼いわく、女性は恋をすると綺麗になるらしい。
それは本当の話なのか。
本当だとすれば、相手は誰なのか。
気になって仕方ないヒースだが、ルミエラへそれとなく尋ねる勇気を残念ながら彼は持ち合わせていない。
(俺が自分の我が儘を押し通したら、君は軽蔑するだろうか?)
決して口にできない言葉を、心の中で呟いてみる。
ルミエラが学園へ編入をしてから三か月
少しずつ親交を深めてきたが、ランドルフの言う通りそろそろ次の段階へ進むべきなのだと感じている。
(もう、後悔はしたくない)
その日、ヒースは静かに決意を固めたのだった。
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