第35話 答え合わせ
驚いた私が顔を上げると、ヒース様が優しく微笑んでいた。
「君がルミエールに扮して学園に通っていたと気づいたのは、ほんの偶然だ」
私たちがそれぞれ提出した報告書と提案書の筆跡の違いで入れ替わりに気づいたヒース様は、兄へ直接尋ねたのだという。
「彼は認めた。これは自分の発案で君に強制したものだから、自分は罰を受けるが妹は許してほしいと」
「兄は、そんなことは一言も……」
次々と私の知らない事実が明らかにされていく。頭がついていけない。
「あの……ルミエールは、兄はどうなるのですか? やはり、退学処分に……」
きっと、今回は『闇堕ちエンド』なのだろう。
でも、私は冷静に現実を受け止めた。
退学になるのは、私たちの自業自得。
誰のせいでもない、自分たちの行いが招いた結果なのだから。
「結論から言えば、彼は退学処分にはならない。そもそも入学試験があるわけではないし、魔力持ちなら身分に関係なく誰でも入学できるのだからな。それに、長期休暇前の試験は彼本人が受けたと証明されている」
「そ、そうですか……」
ルミエールは、退学にならなかった。
「事情が事情だから、情状酌量の余地はある。だが、何も処分を下さないわけにはいかない。学園に相談もなしに勝手に入れ替わっていた罰として、ルミエールには三日間の学園内の清掃活動が課せられた」
長期休暇が始まっても数日間ルミエールが学園へ行っていたのは、その活動をするためだったと初めて知った。
「清掃活動には、シンシア嬢も参加していた。あと、カナリア様やランドルフも……」
「まさか……シンシア様たちも罰を?」
「いや、シンシア嬢とカナリア様は『自分たちも知っていて、黙っていた』と証言したが、彼女たちが事実を隠蔽していたという確たる証拠は自身の証言以外にないから、今回はお咎めは無しだ。それに、入れ替わりの事実を認識していた人物は他にも二人いたしな」
「えっ?」
「……ユーゼフとランドルフだ。彼らはルミエールが女性であることを知っていた。それも、かなり早い段階で。それなのに、二人は俺には黙っていた……腹立だしいことにな」
ルミエラの前ではほとんど見せたことのない、眉間に皺を寄せたいつものヒース様の顔を私はじっと見つめていた。
目が合った彼は、まだ私を抱きしめていたことに気付き慌てて離れる。
「す、すまない。えっと、それで……」
気まずそうに眼鏡を掛け直したヒース様は、ゴホンと咳をした。
「研究会の初日に、ユーゼフが『職務怠慢だ!』と憤ったことを君は覚えているか?」
「はい。ユーゼフ殿下は再調査をすると仰っていました」
初等科卒業時に私たち兄妹の魔力量や属性がきちんと調査されていなかったと、ユーゼフ殿下が立腹されていた。
「再調査の結果、君たちの担当者は魔力に関してきちんと検査をしていたが、そのことを伝え忘れていたことが判明した」
書類には、私と兄それぞれの検査結果が記載されていたそうだ。
私たちの担当者は伝達ミスだったため厳重注意で済んだらしいが、中には検査自体をしていなかった悪質なケースが見つかり処分が下された者もいたのだとか。
「報告書を読んで、ユーゼフは君がルミエールの双子の妹『ルミエラ』だと知ったようだ」
「ユーゼフ殿下は、どうして私とわかったのでしょうか?」
「本物のルミエールは、全属性ではなかったのだ。彼は光属性を持っていない」
「そう……だったのですね」
とてもわかりやすい理由で、私たちの企みはバレていたのだ。
何だか急に力が抜けてしまった。
「ランドルフ様は、その話を聞かれていたのですか?」
「いや、ユーゼフは報告書の内容を学園の上層部以外には話をしていない。ランドルフは君と初めて挨拶をしたときに、『おや?』っと思ったらしい」
ランドルフ様は私と握手をし軽くハグしたときに違和感を覚え、後日ユーゼフ殿下へ直接尋ねたそうだ。「ルミエールは、本当に男性なのか?」と。
「なぜ、そう思った?」とユーゼフ殿下から問われたランドルフ様は、「男にしては手が小さいし、骨格も細いような気がする」と答えた。
「ランドルフは、その時にユーゼフから入れ替わりのことを聞いたが、俺は何も聞かされなかった」
「えっと……なぜお二人は、ヒース様には内緒に?」
「それは……君が、俺の『運命の人』だから」
「!?」
「俺が自分で気づくまで、黙っていることにしたと……わざと、君と二人きりになる機会を設けて、俺たちの様子を観察していたらしい」
非常に悪趣味だよな……そう言って、ヒース様はため息を吐いた。
王都の清掃活動のときにヒース様と同じ班になったのも、ダンスパーティーで女装させられたのも、全てユーゼフ殿下の差し金で、ランドルフ様は嬉々としてそれを手伝っていたのだという。
ようやくヒース様が気づいたときには、二人から「遅い!!」と突っ込まれたとか。
「それで……今回の件では、君にも処分が下った」
「はい、それは当然のことです」
私も片棒を担いだのだから、ルミエールだけに責任を負わせることはしない。
兄妹揃って罰を受けなければならないのだから。
「君には、来月から学園へ編入してもらう。これは強制で、拒否することはできない」
「……えっ?」
「君が入学を嫌がった学園へ通わせることが、それ相応の罰になるとの判断だ。そして、ルミエールと共に『奉仕活動研究会』の会員になってもらう。また周囲からの風当たりが強くなるかもしれないが、罰だから受け入れてくれ」
「……わかりました。寛大な処罰に、感謝申し上げます」
私は、深々と頭を下げた。
◇
迎えにやって来た馬車に乗った私は、テレサさんへ真実を話しこれまでのことを謝罪した。
それから、改めて学園に通うことになった報告をすると、最初はかなり驚いていたテレサさんだったが、すぐに笑顔になる。
「私は、またルミエラ様とお会いできると信じておりましたので……」
そう言って、突然目に涙を浮かべた彼女をヒース様が「テレサ、泣くな!」と慌てて慰め、私は急いでハンカチを取り出したのだった。
◇
家に到着すると、私と共にヒース様も馬車から降りた。
私の家族へ、今回のムネスエ殿下の件を説明してくださるのだという。
実は、ヒース様はもともと入れ替わりの件で我が家を訪問する予定だったそうで、私たちの処分等について説明をするようユーゼフ殿下から命令を受けていたのだとか。
本当に何から何までヒース様へ迷惑をかけてばかりで、私たち兄妹は一生涯彼へ足を向けては寝られないだろう。
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