第34話 告白
私たちを降ろしたあと、馬車はどこかへ行ってしまった。
「あの……ここは?」
周囲に何もないところにヒース様と二人だけで残されてしまったが、ここで何をするのだろうか。
「ここは、俺が『初恋の君』と初めて出会った場所だ」
「ヒース様が、初めて会われた場所……」
「九年前、俺は別荘から歩いて別邸に向かう途中で道に迷い、ケガと暑さでここに座り込んでいた。そこを助けてくれたのが……彼女だった」
「そうでしたか」
懐かしそうに周囲を眺めるヒース様は、とても嬉しそうに見える。
ここは彼にとって初恋の人との大切な思い出の地……そう思っただけで、またズキッと胸が痛んだ。
「その方は、思い出されたのでしょうか?」
「ここに来れば、彼女が何か思い出すかもしれない。そう、期待しているのだが……」
「もしかして……こちらに、いらっしゃるのですか?」
だから私も連れてこられたのだと、瞬時に理解した。
ヒース様の『初恋の君』とは、どんな方なのだろう。
(私は二人を前にして、冷静に話ができるのだろうか……)
今のうちに心構えをしておこうと、一度深呼吸をした。
「実は彼女は……もう、ここに来ている。その……君は、何か思い出せただろうか?」
「……えっ!? わたくしですか?」
「俺のケガを癒し別邸まで送ってくれたのは、君だ。あの時は本当にありがとう。感謝している」
私へ深々と頭を下げると、ヒース様は顔を上げ微笑んだ。
「どうしても、あの時の礼を伝えたかった。その願いが、ようやく叶ったな」
「あの……わたくしで間違いないのでしょうか?」
「彼女は銀髪に赤褐色の瞳で、『おまじない』を使っていた。だから、君で間違いない」
ヒース様は、自信満々に断言された。
九年前、私も父の仕事についてアストニア領に来ていたのだろう。
近くに父や兄もいたのか、それとも私だけ一人でフラフラとしていたのかはわからないが、ヒース様に出会い治癒魔法を使ったのだ。
「申し訳ございません。わたくしは当時のことをあまり覚えていなくて……ただ、別邸のお屋敷と噴水は見覚えがありました」
結局、今回の旅で思い出せたのは、別邸のお屋敷と噴水と幼い男の子の姿だけだった。
あの緑髪の男の子が、幼い頃のヒース様なのだろう。
「会ったのはその一回きりだったし、昔のことだから……君が覚えていないのは当然だ」
少し残念そうなヒース様の表情に、胸がズキンと痛む。
言い訳になってしまうが、今ここで前世の記憶の話をすることにした。
「ヒース様、お話したいことがありまして……ここで聞いていただいても、よろしいでしょうか?」
「もちろん、かまわない。その後に、俺も君に話したいことがあるから、ぜひ聞いてほしい」
ヒース様からの問いかけに頷いた私は、彼へ真っすぐに向き直った。
「実は……私には、前世の記憶があるのです」
「前世の……記憶?」
困惑の表情を浮かべているヒース様へ、私は説明を始める。
前世では日本という国に住んでいて、その言語が倭東国語に似ているため流暢に話せること。
おまじないの言葉も、ルミエールが製作したキク坊も、すべて私の前世の記憶がもとになっていること。
この記憶が戻ったのが五歳ごろなので、その辺りの記憶だけが曖昧なのだという話を一気に話し終えた私は息を吐いた。
黙って話を聞いていたヒース様は、私へ優しいまなざしを向ける。
「この話を知っているのはルミエールだけということだが、そんな大事な話を俺にもしてくれたのか……」
「ヒース様は、この話を信じてくださるのですか?」
「君は、こんな嘘を吐く人ではないと知っているからな」
自信を持って断言するヒース様を見て、私は心底ホッとする。彼だけには、嘘つき呼ばわりされたくなかったのだ。
それでも、やっぱり胸の痛みは治まらなかった。
(私がルミエールに扮して学園に通っていたことを、彼は知らない……)
もういっそのこと、ヒース様に全てを打ち明けてしまいたい。
私のことを信じてくれた彼に真実を話し、許しを請いたい。
いや、許してもらえなくてもいい。
彼だけには、本当のことを知ってもらいたい。
──全部、私の自分勝手な願いだ
「今度は、俺の話を聞いてくれるか?」
「はい」
にこやかな笑みを浮かべるヒース様へ、私は姿勢を正した。
彼と二人きりで話をするのは、これで最後にしようと心に決める。
ボラ部のお菓子作りを手伝ったら、もう二度と彼には会わない……会わす顔がない。
罪悪感で押しつぶされそうになっている自分を心の中で自嘲しながら、
「俺は………」
ヒース様は口を開いたが、言葉が続かない。
少しの沈黙のあと一度深呼吸をした彼は、再び口を開いた。
「俺は……君が好きだ。ずっと、忘れられなかった」
それは何の前触れもない、いきなりの告白だった。
◇
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が続く。
ヒース様からの告白に対し、私はどうすればよいのだろう。
ただ、顔は赤くなっている。それだけは断言できた。
「俺の気持ちは……迷惑だろうか?」
「迷惑だなんて、そんなことはありません」
少し目を伏せたヒース様へ、それだけはきちんと伝えた。
ホッとしたような表情を浮かべた彼は、穏やかな紺色の瞳を私へ向ける。
「実家の商会へ君を迎えに行ったときに、『初恋の君』であると確信したのだ。それから、俺の単調だった日々は劇的に変化した」
そう言って、ヒース様は静かに語り始めた。
ふと気づけば、学園内でいつも私の姿を捜している自分がいる。
屋敷へ戻っても、離れで私が何をしているのか気になって仕方ない。
エルシア様の装身具を借りたのは、両親に向けた決意表明。
ファーストダンスの相手に選ばれたときは夢を見ているかと思ったほど嬉しく、柄にもなく気持ちが高揚した。
「ムネスエ殿下が君を伴侶にと言われたときは、目の前が真っ暗になった」
幸いエルシア様の機転で結婚話は無くなったが、また同じようなことがいつ起こるとも限らない。
「もう、後悔はしたくないと思ったのだ」
九年前、勇気を出して名を尋ねておけばよかった。
再会したときに、すぐに想いを伝えておけばよかった。
数え上げたらキリがないくらいの後悔の末に、ヒース様は決意する。
今度こそ、私へ自身の想いを伝えようと。
「俺は君との将来を真剣に考えているし、正式に申し込みをしたいとも思っている。しかし……」
高位貴族の自分からの申し入れは、平民である私には『お願い』という名の強制になってしまう。
そんなことは、したくはないのだと言う。
「これから、俺という人間をもっと知ってもらって、君から選んでもらいたい」
自分の気持ちを話し終えたヒース様は、ふう……と息を吐いた。
彼から真っすぐな気持ちをぶつけられた私は、頭の中が真っ白だった。
私は彼の初恋の君だったけれど、まさかこれほど真剣に想われていたなんて想像もしていなかった。
「返事を急かすつもりはないから、ゆっくり考え───」
「わ、私は……」
もう、言葉を取り繕ってなどいられなかった。
言葉も体も震え、立っているのもやっとの状態。でも、これだけは彼へ伝えなければならない。
「…あなたに…ヒース様に……そこまで想われるような…人間では…ありません! 私は…ずっと騙していたんです…最低の人間なんです。だから──」
「あなたの前から消えます。二度と姿を見せません!」そう伝えようとした私は、気付くとヒース様の腕の中にいた。
「……すまない。俺がもっと早く気づいていれば、君をこんな気持ちにさせることもなかったのに」
私を抱きしめるヒース様の腕の中は優しくて温かくて、涙がこぼれそうになる。
「君は最低の人間ではない。あんなに一生懸命に、奉仕活動を頑張ってくれただろう……なあ、ルミエール?」
(……えっ?)
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