第31話 思わぬ再会


 今日の私は兄の服を着ているが声は地のまま変えていないため、会話を交わした人だけには私が女性だとわかる。

 少し迷ったが帽子を脱いだ。


「ヒース様、ご無沙汰しております。先月は、大変お世話になりました」


 彼とダンスパーティーで別れて以来、約一か月ぶりの再会だった。

 私とわかり、ヒース様とテレサさんが驚いている。


「まあ、ルミエラ様!」


「ルミエラ嬢……どうして、君がここに? その恰好は?」


「父と兄の仕事についてきました。今日は一人歩きですので、用心のために兄の服を着ております」


「なるほど……それでも、彼に捕まってしまったか」


 ヒース様はすでに事情をご存知のようで、少し離れた場所で話をしてる男の子へちらりと視線を向けた。


「ヒースがこんな綺麗な方と知り合いだったとは、知らなかったわ。ぜひ、詳しい話を聞きたいわね。テレサ……ちょっと、こちらへいらっしゃい」


 ニコニコしながらテレサさんを手招きしたエルシア様は、「母上!」と制止したヒース様を華麗に無視スルー。離れた場所へ移動してしまった。

 テレサさんが何かを言うたびに、「えっ!?」とか「まあ!」と楽しげな声が聞こえてくる。

 ヒース様が、苦々しい表情で見ていた。


「そういえば、君は倭東国語が話せるのだな。それも、かなり流暢に話せるとか。家業の関係で勉強をしたのか?」


「えっと、その……」


 倭東国語とは、あの日本語っぽい言葉のことだろう。

「俺はまだまだ日常会話程度しか話せないから、君はすごいな」と尊敬のまなざしを向けてくるヒース様へ、なんと説明したらよいのだろうか。


「ルミエールも、さぞかし堪能なのだろう? 今度、彼から教授してもらうのも良いかもしれないな」


 良いことを思いついたとばかりに大きく頷いているヒース様に、冷や汗が止まらない。

 これは、非常にマズい流れになってきた。

 我が家で話せるのはもちろん私だけなので、ヒース様から請われたら兄が困るのは目に見えている。


「あの……ヒース様、是非ともお話したいことがあります。王都へ戻られましたら、お時間を頂けないでしょうか?」


 もう、これ以上ごまかすことは無理だと判断した私は、この機会にヒース様へ前世の記憶のことを話す決意を固めた。


「それは構わないが……君さえよければ、今日──」


『ヒース殿! お願いの儀がある!!』


 ヒース様の言葉を遮り、男の子が先ほどとは別の従者を連れてこちらへやってきた。

 勢いよくやってくる様に、私は思わずヒース様の陰に隠れる。


『何でございますか? ムネスエ殿下』


(ムネスエ殿!?)


 お金持ちのお坊ちゃんなどではなく、まさかの倭東国の王子様だったとは。

 あの傍若無人な振る舞いも、一国の王子であれば納得してしまう。

 そんな方へ偉そうに説教をしてしまった私は、この後どうなってしまうのだろうか。


 顔を青ざめさせている私の横で通訳らしき人を介して二人が話をしているが、内容はやはり私のことだった。

 アストニア侯爵家を通して国王陛下へ、この国の民である私との結婚に助力をお願いしたいとの内容に、ヒース様は目を見開いて私を見る。

 ムネスエ殿下から付きまとわれているとは知っていたが、まさかここまでの話になっているとは思いも寄らなかったという顔だ。


 ヒース様との話し合いを終えると、ムネスエ殿下は母親のもとに戻る。

 母親とエルシア様は少し話をしていたが、内容が内容だけに場所を変えることになった。

 彼らは休暇を過ごすために非公式でルノシリウス国を訪れているようで、現在はラックにあるアストニア侯爵家の別荘に滞在しているそうだ。

 今から、そちらへ向かうらしい。



 ◇



 ヒース様の馬車に乗せてもらった私は、窓から景色を眺めていた。

 まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかった。

 一家離散エンドを回避し、もう大丈夫だと安心していたのに。

 こんな特大フラグが残っていたなんて……


 これから自分がどうなってしまうのか不安で仕方ない。

 ずっと無言だったヒース様が、口を開いた。


「……君は、倭東国のメカンナギ様の話は知っているのか?」


「いいえ。でも、帽子を取ったわたくしを見て『メカンナギ様』と彼は言いました」


「あちらの国では『白』は神聖なもので、それが生き物であれば全て神の使いとされる。男性はオカンナギ様、女性はメカンナギ様と呼ばれ、人々から敬われているそうだ」


 たしかに、前世でも白馬や白蛇は神の使いとして祀られていたので、この世界に同じような文化があってもなんら不思議ではない。

 しかし、これだけは言いたい。

 私は『白髪』ではなく、『白っぽい銀髪』なのだと。


「わたくしは、これからどうなるのでしょうか?」


「それは……」


 ヒース様が私から目を逸らし言葉を濁す。それだけで、事の重大さがわかった気がした。

 他国の王子から望まれた場合、今後の外交面からみても拒否することは難しいのだろう。

 特に私は平民だ。貴族の結婚のような面倒な手続きは一切必要ない。


「何とか結婚を回避できるよう、ユーゼフに協力を仰ぐから……」


 それ以上の言葉を紡ぎだせないヒース様へ、私は頑張って微笑むことしかできなかった。


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