第30話 アストニア領内の治療院で(後編)
『これ、待たぬか巫様。其方が行き方知れずになったのは、この国へ来ておったからなのだな』
『あの……私は『メカンナギ様』という方ではありません。この国の住人で、こちらへは観光で訪れております』
どなたかとお間違えですよと伝えたら、男の子が首を横に振って『間違いなどではない!』と言い切る。
『この国の住人である其方が、なぜ我が国の言葉をそんな流暢に話せるのだ? まだ国交が結ばれてからそれほど経ってはおらぬのに、市井に話せる者がおるとは思えぬ』
『えっと、それは…その……』
私が流暢に話せる理由は『前世の日本語に似た言葉だから』なのだが、それを伝えることはできない。
うまく説明ができず困り果てていると、慌てた従者たちがやってきた。
『ムネスエ様、こちらの方は巫様ではございません! その手をお離しください!!』
『しかし、じい……』
『行き方知れずの巫様は××でございます。このような若い
『そうであったか』
やっと誤解が解けたと安堵したが、手はまだ離してもらえない。
『あの、手を離して──』
『我が国の巫様でないのであれば、この女子を新たな巫として所望する』
(えっと……『ショモウ』って、どういう意味だっけ?)
『其方を我が国へ連れていく。よいな?』
『……はい?』
『馬車をこちらへ持ってまいれ。屋敷へ戻るぞ』
男の子は私の手をしっかりと握りしめたまま、従者へ告げる。
一緒に行くぞと言わんばかりに手をグイグイ引かれたが、足を踏ん張りどうにか踏みとどまった。
『手を離してください。私は行きません』
相手がお金持ちのお坊ちゃんであろうと、いきなりそんな勝手なことを言われても困る。
それに、これは『拉致』という立派な犯罪ではないだろうか。
『我が国へ来れば、金も地位も××も手に入るのだぞ?』
『そんなものは、いりません。あと、ちょっとよろしいですか?』
私は屈みこみ、男の子と目線を合わせる。
従者二人が男の子を庇うように前に出てきたが、気にせず話を続けた。
『あなたが、どこの国のどなたなのかは存じませんが、我が儘を言って従者の方々に迷惑をかけてはいけません。それに、他国での横暴な振る舞いは、あなただけでなく、あなたの国をも貶めることになります。お気を付けください』
子供だろうと、やって良いことと悪いことの区別はつけてもらわなければ困る。
説教をした私に反論してくるかと身構えていたが、予想に反して男の子は何も言わずじっと何かを考えているようだった。
『其方……私に対し臆せず堂々と物申したが、歳は幾つだ?』
『十四歳です』
『四つ年上か……。其方、所帯は持っておるのか?』
『いいえ』
『ほう……それは××だ。 よし、決めたぞ! 其方を巫ではなく、私の伴侶として正式に迎えることにする。この国の作法に則り
(えっ!? 『伴侶』って、配偶者ってことだよね)
『若様、それは誠でございますか?』
『ああ、元々その為の旅でもあったから、丁度よいな』
『かしこまりました。では、さっそく奥様へご報告いたします』
女性従者からの目配せに男性従者が手をあげると、どこからともなく帯剣した若い従者が現れた。どうやら護衛騎士のようだ。
彼は懐から鳥を出すと、男性従者から受け取った細長い書付を鳥の足に巻き付け空へと放つ。
もしかして『伝書鳩』みたいなもの?と思っているあいだに、鳥の姿はあっという間に見えなくなった。
へえ~この世界にもあるんだ……と感心している場合ではなかった。
なぜかわからないが男の子に大層気に入られてしまったらしく、私を伴侶に迎えるなどと勝手に話を進めている。
もちろん、それは断固としてお断り申し上げたい。
『あの、私はそろそろ失礼します。帰りが遅くなると、家族が心配しますので』
『お泊りの宿はどちらでございますか? そちらへ使者を遣わします』
『もう、いい加減にしてください。私はそちらの国へ行くつもりはありませんと、さっきから申し上げております!』
イラっとして多少語気が強くなったことは許してほしい。私は本当に帰りたいのだ。
早く帰って、宿の美味しいご飯が食べたい。
『ムネスエ様からの申し出を断られるとは……もしや、貴方様にはもうすでに許婚がいらっしゃるのですか?』
(なんで、そうなる?)
驚きすぎて、あとの言葉が続かない。
言葉は通じるのに話が全く通じない人たちに、どうしたよいのかと私は頭を抱える。
よほど私たちが騒々しかったのだろう。治療院から、先ほどの女性が何事かと様子を見に外へ出てきた。
「あの……どうかされましたか?」
「実は、こちらの男の子が……私と結婚すると言って、離してくれないのです」
「まあ、それは大変ですね」
女性は目を細めて、男の子を微笑ましい様子で眺めている。
おそらく彼女は、子供の可愛らしい我が儘だと思っているのだろう。
「それが、冗談ではなく本気のようで……私を国へ連れて帰ると言われて、困っています。助けてもらえないでしょうか?」
「わかりました」
大きく頷いた女性は、「すぐに警備兵を呼んできます!」とどこかへ走っていった。
すぐに女性は二人の騎士を連れて戻ってきた。
「ライザ、付きまとわれて困っているのは、こちらの方か?」
「ええ、そうよ」
「相手は……あの子?」
「うん。ただ、言葉が通じないかも……」
わかったと頷いた騎士の一人が、男性従者へ声をかけた。
「こちらの方が困っていらっしゃるので、すぐに迷惑行為を止めさせてください。もし、このまま続けるのであれば、条令に基き詰所へご同行いただくことになります」
『あの……こちらの方は、なんと言っておられますか? どこかへ同行すると言われたようですが』
私が通訳をすると、従者二人が顔色を変えた。
彼らも、これほどの
『ムネスエ様、これ以上の騒動になれば、今後の両国間の××にも支障が出てしまいます。ここは一先ず屋敷へ戻りましょう。アストニア××様へ事情をお話しして、××をお願いするのが××かと……』
『うむ、わかった』
どうやら、男の子も納得したようで一安心……と思っていたら、豪華な仕様の馬車が二台、治療院の前に横付けされた。
それぞれの馬車から、主と思われる女性が二人。その侍女たちが降りてくる。
二人が着ている服や連れている侍女の数で、明らかに身分の高い人たちであることがわかる。
『ムネスエ、往来で何をしておるのじゃ?』
見たこともない異国の衣装を身に纏った黒髪の女性が男の子へ声を掛けると『母上!』と駆け寄っていったので、母親のようだ。従者も交え話をしている。
もう一人の女性はこの国の人のようで、こちらも治療院の女性と警備兵から話を聞いていた。
エメラルドグリーンの輝くような髪色を持つ、とても綺麗な人だ。
私が路肩に寄ってボーっと眺めていると、女性がこちらへやってきた。
「あなたには怖い思いをさせてしまったようで、大変申し訳ありません。わたくしはエルシアと申します」
「初めまして、私はルミエラと申します」
挨拶をしたときに、何気なく女性が身に着けている装身具に目がいく。
(あれ? このネックレスとイヤリング、どこかで見覚えがあるような……)
「こちらへは、観光で来られたのですか?」
「はい、湖を観に」
「そうでしたか。今日は、どちらかで宿泊をされるのですか?」
「ケルンの町に宿を取っております。家族も一緒です」
「それでしたら、せめてものお詫びのしるしにケルンまでお送りしましょう。すぐに息子が参りますので、馬車の手配をさせます」
「いいえ、そのようなお気遣いは──」
結構です……と言い終える前に、別の馬車が横付けされる。
何度か乗せてもらったことのある見慣れた馬車と御者、そして降りてきた顔なじみの侍女を見て、私はようやく全てを覚った。
「母上」
テレサさんの後に降りてきたのは、ヒース様だった。
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