第21話 ヒースの回想(後編)


 奉仕活動研究会に現れた彼女を見たとき、ヒースは真っ先に自分の目を疑った。

 思いのほか動揺してしまい急いで表情を取り繕ったが、よくよく見ると彼女は男子用の制服を着用している。


(まさか、他人の空似そらになのか?)


 彼と間近で接すると、どうしても記憶の中の彼女の面影を重ねてしまう。

 白に近い銀髪に、赤褐色の瞳……見れば見るほど本当によく似ているが、性別が違う以上は別人なのだ。

 ヒースは、この事実を受け入れることが、すぐにはできなかった。


(あの子も、きっとこんな風に美しく成長しているのだろうな……)


 そんなことを思ったら、忘れかけていた想いが再燃しそうになる。

 ヒースは慌てて心に蓋をした。



 ◇



 ユーゼフの許可が下り、彼…ルミエールは奉仕活動研究会の一員となった。

 魔力について何も知らない彼のために、ヒースはランドルフが製作した魔力測定器を使い検査をすることにしたが、結果は全属性だった。

 ランドルフは驚いていたが、ヒースにはある程度予想はついていた。なぜなら、ルミエールはドアノブに残った魔力残滓ざんしだけで登録ができるほどの強い魔力持ちなのだから。

 しかし、次におこなった魔力の流れを教えたところで、彼がとんでもないことを言い出す。


「気分は悪くありません。どちらかと言えば、良いくらいですね」


 美味しそうに紅茶を飲みながら事も無げにサラッと言われたときは、さすがにヒースも動揺を隠せなかった。

 余計なことを言いかけたランドルフは、すぐに黙らせる。


 相手の魔力に対し反発ではなく心地良さを感じるのは、『魔力の相性が良い』ということに他ならない。

 貴族は何よりも魔力を重視する。そして、その相性が良いと、より良い魔力を持つ子を授かると昔から言われてきた。

 しかし、この数多あまたの人々がいる世界で簡単にめぐり逢えることはまずない。

 つまり、生涯に出会えるかどうかわからない『運命の人』というわけだ。


 ただ、たとえ運よく出会えたとしても、それがすぐに恋愛・結婚へ繋がるかといえば、必ずしもそうではない。

 年齢が離れすぎている。魔力の相性は良くても性格が合わない。すでに別の相手がいる等々……様々な理由が出てくるのだ。

 そのため、無用な揉め事トラブルを避けるためにも、家族以外の異性間では滅多に魔力を流さない。たとえ流したとしても、自分から口外することはないのが常識だった。

 しかし、貴族には常識でも平民であるルミエールはそれを知らず、冗談で尋ねたランドルフへ軽々しく答えてしまう。

 それでも、同性同士なので笑い話で終わるはずだった……通常であれば。


 ヒースは気付いてしまったのだ。

 彼女から治癒魔法を掛けられたときに感じた心地良さは、傷が癒えたことによるものではなく、魔力の相性の良さから来ていたのだと。


 一生の中で、相性の良い相手と二度も出会えるはずはない。……となれば、やはりルミエールがあの女の子ということになる。

 思い返してみれば、あの時の彼女は男の子のような恰好をしていた。その姿を見て、最初はヒースも男の子だと思っていたのだから。

 初恋の相手が同性だった自分の滑稽さにヒースは自嘲したが、心の隅で納得していないもう一人の自分がいた。


『ルミエールは、本当にあの子なのか?』


 今さらこんなことを確認してどうするつもりなのか、ヒースは自分でもよくわからない。

 父親からはそろそろ婚約者を決めるようにと言われ、見合い話がいくつか持ち込まれていることも知っている。

 しかし、この件を解決させずに見合いをする気にはどうしてもなれず、自分自身が納得するまで調査しようと決意したのだった。





 研究会の活動で病院を慰問する日、ルミエールは張り切っていた。

 彼の困っている人を助けたいという姿勢をヒースは以前から好ましく思っていたし、これが会員のあるべき姿なのだ。

 治癒魔法が使えないヒースは、治療を待っている患者から聞き取りをしていた。

 どのくらい患者が来て、どのような症状だったのか等々、会長へ報告をしなければならない。


 ルミエールの治癒魔法もあり、今回は午前中で全ての治療が終わりそうだった。

「せっかくだから、昼食を食べて帰ろう!」と騒いでいるランドルフに、後片付けを始めるよう指示を出す。

 ヒースは、病院長と今後の活動についての話をしていた。


「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの──」


 ヒースの耳に届いたのは、一度聞いたら忘れない特徴のある言葉。話の途中だったが思わず声の主を探すと、それはルミエールだった。

 魔法ではなく『おまじない』と表現するところも、彼女と全く同じ。

 疑いようのない事実に心が震え、治療が終わり楽しげに後片付けを始めた彼からヒースは目が離せなかった。


 昼食時に、最終確認の意味で「アストニア領へ行ったことはあるか?」とヒースは尋ねた。

 ルミエールがここで肯定すれば、本当に全てが終わる。

 今日、屋敷に帰ったら見合い話を進めることを決意していたヒースは心穏やかに返答を待ったが、ルミエールは「ありません」と即答する。

 そんなはずはないと再度問いかけてみたが、答えが変わることはなかった。


 どうにも納得ができないヒースが後日に具体的な時期を示したところ、ルミエールは真相を話す。後発魔力の影響で、昔の記憶が曖昧なのだと。

 またしても確定できなかったことにヒースは落胆したが、その一方で、まだ望みがあることに安堵している自分に気付いてしまった。



 ◇



 ユーゼフの逆鱗に触れぬようにと周囲がルミエールと距離を置くなか、二人だけ今までと変わらずに彼と接している人物がいる。その内の一人が、子爵家の令嬢シンシアだ。

 二人の様子を見ていると、本当に仲が良いことがわかる。

 昼食を一緒に食べている姿はとても楽しそうで、まるで仲睦まじい恋人同士のようにヒースの目には映っていた。

 もしルミエールが平民ではなく貴族であれば、卒業後に二人は結婚できたかもしれない。

 自分のように周囲に決められた相手ではなく、本当に好きな人と。

 そう考えたヒースは、街の清掃活動の日にルミエールへ魔力の相性についての話をした。

 彼はシンシアとの将来は全く考えていないようなので、希望はあると励ます。

 

 真面目で真っすぐな性格の彼にはぜひ幸せになってほしいと願うヒースに、思わぬ出来事が起こる。

 担当区域の清掃活動を終え集合場所へ戻る途中で、ルミエールに兄弟がいることが判明したのだ。しかも、双子の妹で、幼なじみの友人が見間違うほど似ているのだという。

 ヒースは思わず、髪と瞳の色を確認していた。

 

 もしかしたら、あの子では──

 双子だから、魔力の質が同じなのでは──


 考えただけで動悸が激しくなり、息が苦しい。

 ルミエールに否定されたあの時から、彼とあの子は別人かもしれないという淡い期待が自分の中にあった。

 確かめたい、直接会って話をしたい。

 この衝動を、ヒースは必死に抑えた。



 ◇



 ユーゼフの思い付きに、またルミエールが振り回されることになった。

 王族主催のパーティーに平民である彼を招待したいと言い出し、ヒースの強い反対を押し切って強行したのだ。

 ヒースがルミエールに詫びを兼ねて様々な提案をしたところ、困惑した表情で家の事情を打ち明けられる。彼は、双子の妹を自分の身代わりにしたいと言った。

 ユーゼフを欺くことになるのでヒースは躊躇したが、事情が事情だけに了承するしかない。

 大事な妹を半月もの間貴族である自分の元へ預けることに対し、兄であるルミエールに懸念が微塵もないことにヒースは驚いた。

 それだけ自分を信頼してくれている彼に応えるためにも、全力で妹を守ろうと決意する───特に、ユーゼフとランドルフから。


 本当に顔が似ているのか確認をしたい、という名目で、自らが迎えに行くことを決める。

 朝から期待と不安が入り交じり緊張しているヒースを、テレサが楽しげに眺めていた。

 アストニア家で身代わりの事情を知る者は、執事のヨハンと侍女頭のアンナ、そしてルミエールと学園で顔なじみのあるテレサの三人だけ。

 乳母でもあったテレサは、ヒースが初恋の人を探していたことを知る唯一の人物。

 彼女の容姿も知っているだけに、ルミエールの妹と会ったときの反応が今から手に取るようにヒースにはわかる。


「坊ちゃま、大丈夫です! きっと『初恋の君』ですよ!!」


「……行ってくる」


 満面の笑顔で見送るテレサへ「そんな簡単に再会できたら、俺はこんなに苦労はしていない!」と言い返したかったヒースだが、今度こそはの期待も大きい。

 馬車の窓から街の景色を眺めながら、ヒースは心を落ち着かせるため一度深呼吸をした。


 ヒースの乗った馬車が、王都の商業地域にあるルミエールの家の前に到着する。

 何でも取り扱っている商会と聞いていたが、周囲の中でも一際立派な店構えの大店おおだなであることに驚き、父親に代わって店を切り盛りしている彼に改めて尊敬の念を抱く。

 彼を出迎えに店から人が出てきたが、ルミエールの隣に立つ女性にヒースは一瞬にして目を奪われることになる。


「初めまして、ルミエラと申します。よろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げ挨拶をするルミエラに、記憶の中の女の子の面影が寸分たがわずピタリと重なる。

 ヒースはこの日、ついに『初恋の君』、いや『運命の人』との再会を果たしたのだった。


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