第17話 衣装選び


 私に用意されたのは、とにかく広い客室だった。

 執務机と応接セットの他に初めて見る天蓋付きのベッドまであり、まるで物語の中のお姫様になったような気分だ。


 私は、制服から持参したワンピースへすぐに着替える。

 兄からは「あまり貧相な恰好はするな!」と釘を刺されているので、手持ちの中では比較的新しい余所行よそゆきの服をいくつか持ってきていた。



 ◇



「ルミエラ様には、こちらがよろしいかと……」


「いいえ、こちらのほうがお似合いになると思います!」


 ソファーに座り、研究会部屋でもお馴染みの高級茶葉をふんだんに使用した紅茶を音をたてないよう上品に飲んでいた私は、先ほどから目の前で繰り広げられている年配侍女二人の争いを、ただ静かに眺めていた。


 一人は研究会で顔なじみのテレサさん。そしてもう一人は、今日初めて会った侍女頭のアンナさんだ。

 この部屋中に所狭しと並べられているドレスを前にして、この中でどれが私に一番似合うか二人の間で意見が分かれ揉めているのだ。


 待っている間に、紅茶に添えられていたお茶菓子のマドレーヌを一口食べてびっくり! 驚くほど美味しかった。

 私もたまに家でクッキーを焼くことはあるが、ただ生地をねて太い棒状にし、それをナイフで切り分け伸ばし焼くだけの簡単なものだ。

 この世界ではお菓子の型は非常に高価なので、使用したことは一度もない。


 見た目も味も一級品の焼き菓子を前に食べる手が止まらず、意地汚くも全部食べてしまった私を見て、先日もお会いした執事のヨハンさんがおかわりを取りに行ってくれている。

 今日はマドレーヌの他にフィナンシェも焼いたそうで、それを持ってきてくれるのだ。

「本当は、明日のほうが生地がしっとりとして美味しいのですが……」と言っていたから、焼き立てと一晩置いたフィナンシェの味の違いを比べてみるのもいいかもしれない。


 私が期待に胸を膨らませていると、コン、コン、とドアがノックされ、ヒース様とヨハンさんが部屋に入ってきた。


「テレサ、アンナ、衣装は決まっ………ていないようだな」


 ヒース様は侍女二人の様子を見て察したようで、私をちらりと見ると苦笑いを浮かべた。


 私の向かい側に腰を下ろしたヒース様も制服から着替えたようで、初めて私服姿を拝見する。

 シンプルなダークグレーのシャツに黒のスラックス姿は、いつも掛けている銀縁眼鏡と相まって落ち着いた大人の雰囲気だ。

 

「まだ決まっていないのであれば、ちょうどよかったのかもしれないな。パーティー当日、君はこちらを着けてくれ」


 ヒース様が持っていたのは、ビロードで覆われた豪華な長方形の箱。

 蓋を開けると一段目にイヤリングが、二段目にネックレスが入っていた。

 プラチナだろうか、白金の台に大粒のサファイアが神々しく輝きを放っていて、まるでヒース様の瞳のようだ。

 言われなくとも、とんでもなくお高い代物であることがわかる。


「これは父から母へ贈られた物だが、今度のパーティーで身に着けるのにちょうどよいと思ったので使用の許可をもらった」


「そ、そんな大切な物を…わたくしがお借りするわけには……」


 緊張で声が震える。

 前世なら、デパートの宝飾品売り場でしっかりとしたガラスのショーケース内に飾られているような超高級品。もし万が一落としてしまったら、死んでお詫びするしかないと思えるような一品だ。

 ちなみに、ヒース様のご両親は今は領地に滞在中とのことで、前回も今回もご挨拶はできなかった。


「まあ、坊ちゃま。それをルミエラ様へ貸し出されるということは、もう……ふふふ、行動がお早いことですわね」


「テレサ! 俺はもう高等科の学生だから、いい加減その呼び方はやめてくれ。あと、余計なことも───」


「はい、わかっておりますよ。ではアンナ、ドレスはあちらに決定ということで……」


「そうね……ただ、ヒース様のお召し物と合わせるのなら、こちらの方が良いと思わない?」


「たしかに、そう言われると……う~ん」


 ようやく解決するかに見えた衣装問題は、まだまだ時間が掛かりそうだ。

 私は遠慮なく、ヨハンさんがお皿に取ってくれたフィナンシェを食べ始めた。


(うん、こっちも美味しい!!)


「坊ちゃ……ヒース様は、ルミエラ様にはどちらのドレスが似合うと思われますか?」


「彼女には……『白』が似合うと思う」


「白、ですか?」


 ヒース様からの意外な提案に、侍女二人は顔を見合わせる。

 テレサさんは『グリーン』系統、アンナさんは『スカイブルー』系統のドレスを推していた。そして、ヒース様の当日の衣装は濃紺だそうだ。


「ルミエラ様は、いかがですか?」


「わたくしでは、わかりかねますので、全て皆様にお任せしたいと思います」


 手に持っていたフィナンシェを一度皿に置き、私は神妙な顔で答えた。

 これは、決して丸投げをしたわけではない。自分の希望を述べるよりも、第三者に客観的に決めてもらったほうが無難なのである。

 それにしても、『白』なんて幼い頃に着て以来、久しく身に着けていない色だ。

 父の買い付けについていく時は、いつも白色の上下を兄とお揃いで着ていたことを思い出し、つい懐かしくなった。

 

「俺はルミエラ嬢の従者としてエスコートをする役どころだから、目立たなくていい」


(うん? 『従者として』エスコート?)


「あの……アストニア様がわたくしをエスコートされるのですか?」


「仮装パーティーだから俺は従者に、そして君には俺のあるじの仮装をしてもらう。これは、ユーゼフからの指示でもあるが」


「えっ……」


「いつもと立場が逆転していると面白いだろうと、彼が言っていたのだ」


「平民のわたくしは、終始壁側に控えているつもりだったのですが……」


 一応最低限のダンスとマナーは身につけるつもりだが、願わくは会場の隅でおとなしくしていたい。

 社交やダンスは貴族の方々の領域なのだから、平民の私が積極的に前に出るつもりはない。ただ、食事が出ると聞いているので、それだけを非常に楽しみにしているのだ。

 私が正直に自分の希望をぶっちゃけると、テレサさんたち従者三人が残念な子を見る目を私に向けたあと、一斉にヒース様へ視線を移した。

 それを受け、ヒース様が私を見据える。


「大変申し訳ないが、招かれた以上君は『ルミエール』として最低限の社交をこなす必要がある。それは、理解してもらえるだろうか?」


「はい……」


 幼い子供に言い聞かせるように、ヒース様から言われてしまった。

 どうせルミエールは皆から距離を置かれているのだから、何もしなくていいと考えていたが、そうではないようだ……残念。



 ◇



 結局、衣装はヒース様の希望を考慮し、白をベースに紺系統の差し色が入った物に決まった。

 さすがに白だけのドレスだと、白系の私と合わさって真っ白になってしまうのを避けた形だ。



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