第16話 ㊙作戦、開始!
「ルミエラ、僕の代わりによろしく頼む」
「まかせて、ルミエール。わたくしが立派に大役を務めてみせるわ!」
(『わたくし』って、非常に言いづらいよ……)
「ああ、おまえならできる。
(たしかに、普段通りだね……)
顔が引きつりそうになるのをぐっと堪え、私はにこりと微笑む。
「君の大事な妹は俺が責任を持って預かるから、安心してくれ」
「はい、ヒース様。妹をよろしくお願いします」
兄のルミエールが、今日初めて会ったヒース様へ深々と頭を下げている様子を、私は
「アストニア様。よろしくお願いいたします」
私は、ヒース様と初対面の顔で挨拶をした。
◇
私が考えた作戦はこうだ。
ヒース様のお屋敷でお世話になる以上、正体を隠すのは到底無理な話。ならば、最初からルミエールの双子の妹ルミエラとして行けばいいのだと。
我が家の事情を話し、父の代わりに店の経営を担っているルミエールはどうしても家を留守にはできないこと。どうせ女装をするのであれば、顔がそっくりな妹の
ヒース様には清掃活動のときにすでに双子であることは知られてしまったので、今さら隠すことはない。
最初はユーゼフ殿下を欺く形になるので難色を示したヒース様だったが、背に腹は代えられないと最後には了承してくれた。
本当に見分けがつかないくらい似ているのか、今日はわざわざ迎えの馬車を寄こしてまで直接
もちろん私本人なのだから、そっくりに決まっているが。
兄のルミエールと並んで出迎えた私を見た時のヒース様の驚きようには、こちらが驚いたくらいだ。
以前、病院の慰問のときにも感じたが、今日こそは本当に穴が開くのではないかと思うくらい、じっと見つめられてしまった。
その甲斐もあって、ヒース様はこの作戦に納得してくださり一安心。
兄も初対面とは思えぬほどソツ無く挨拶をこなし、まずは第一関門を突破したのだった。
◇
アストニア侯爵家の馬車は、外観だけでなく内装も立派だ。
先日も乗せてもらったが、やはり我が家の馬車とは比べ物にならないくらい乗り心地が良く、お尻も全然痛くならない。
私が感動しながら、前回はあまり観察できなかった内装をあれこれ見ていると、ヒース様がフフッと笑った。
「そんなに、馬車が珍しいのか?」
「あっ、キョロキョロして申し訳ありません。貴族の方の馬車がどのような造りになっているのか、家の馬車とは何が違うのか興味がありまして……その、座り心地が大変良いものですから」
「実家が商会だけに、馬車を単なる乗り物ではなく商品として見ているのだな。さすが、商売人の娘だな」
「そんな、大層な考えがあったわけでは……ホホホ」
ただの好奇心です!とは言いづらい雰囲気に、私は笑ってごまかした。
「今回のことでは、ルミエールだけでなく君にも多大な迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「そんな、頭を上げてください! アストニア様」
恭しく頭を下げるヒース様は、いつもと感じが違う。
ルミエラとは初対面で女性だからなのか、彼の口調はいつもより優しくとても気を遣ってくださるのだが、普段の
「半月の間は君が学園にも通うとのことだが……大丈夫なのか?」
「はい。兄からは学園で学んでいることも聞いておりますし、わたくしも多少でしたら魔法が使えます。ご覧のように、兄の制服も着られますので特に問題はないと考えております」
今の私は、高等科の制服を着ている。
ヒース様との話し合いの結果、私がこちらに滞在する理由は『平民の男子学生なのに初めてダンスパーティーへ参加することになり、ヒース様のご厚意でその教育を受けるため』となった。つまり、立ち位置はいつもと何も変わらない。
寝泊まりするところとダンス・マナーの練習は離れを用意してもらったので、ごく限られた人たち以外は私が女性であることを知らないままだ。
そのため、離れを出るときだけはルミエールのフリをする必要がある。
「……ルミエラ嬢も、光属性を持っているのか?」
「あっ、えっと……多分ですが」
「ルミエールは全属性持ちだから、双子である君も……おそらく持っているのだろうな。よければ、調べることも可能だが?」
「いえ、今回はダンスとマナーを身につけることに全力を傾けたいと思います!」
「ははは、兄妹揃って真面目なのだな」
ヒース様は、この件に関してはそれ以上何も言ってこなかった。
(ふう、危なかった。魔力を調べられて、万が一同一人物だとバレたら一大事だからね……)
私はこれから半月の間お屋敷の離れに泊まり込み、学園に通いながらダンスやマナーの特訓を受ける。
ルミエールと同一人物だとバレないように細心の注意を払わなければならないが、まるで前世の大会前の部活動の強化合宿みたいで、ちょっとワクワクしていることも事実なのだ。
◇
王都の貴族街の中でも、王城に近い立地に立つ白亜のお屋敷。ここが、アストニア侯爵邸だ。
門を潜り抜け屋敷の前に馬車が到着すると、もうすでに出迎えの体制が整えられていた。
ヒース様は先に降りると振り返り、慣れた所作で私にサッと手を差し出す。
意味がわからずポカンとしている私に、小声で「手を」と言った。
(ああ、なるほど。これが男性貴族のエスコートなんだ)
たまに我が家の馬車に乗るとき、幼い頃は父や兄が手助けをしてくれたが、現在は誰もエスコートなんてしてくれない。してもらったとしても、それは御者の仕事だったし、私もそれが当たり前だと思っていた。
現に今日、家を出るときヒース様は兄と何か話をしていて少し遅れて乗ってきたため、私は一人で先に乗り込んでいたのだ。だから同乗者、しかも貴族であるヒース様から平民の私がエスコートを受けるなんて、思いもしなかったし大変畏れ多い。
私は引きつった笑顔で「ありがとうございます」と礼を言い、そっと手を取ったのだった。
(あれ? でも、今の私は対外的には
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