第18話 昔話


「ご兄妹で、本当によく似ていらっしゃいますね」


 夕食と湯浴みを終え部屋のソファーで寛いでいた私に、テレサさんが優しい微笑を浮かべながら言った。


「そ、そうですね……双子ですから」


 兄とはたしかによく似ているのだが、学園内のルミエールは私本人なので、テレサさんに対しちょっぴり後ろめたい気分になってしまう。


「ルミエラ様は、坊ちゃまのことをどう思われますか?」


 テレサさんはヒース様の乳母をしていたそうで、生まれた頃からの彼を知っている。

 お屋敷内では昔からの癖なのか「坊ちゃま」と呼ぶので、その度にヒース様が嫌そうに眉間に皺を寄せる姿は見ていてとても微笑ましい。


「アストニア様を……ですか?」


 テレサさんから唐突に問われ、私は少し考え込む。


「アストニア様は高位の貴族の方なのに、平民のわたくしたちにとても良くしてくださいます。それは兄共々、大変有り難く思っております」


「やはり、身分差は気になりますか?」


「はい、それはもちろん。兄が学園へ入学しなければ、本来はお目にかかることも、お話しすることも叶わぬ方ですから」


 今こうしてお世話になっていること自体、普通ならあり得ないことなのだ。


「それでも……ルミエラ様には、坊ちゃまを貴族としてではなく、一個人として見ていただけたらと思います」


 ヒース様の人となりは、研究会で交流してきたこの三か月間で十分に理解している。

 貴族なのに傲慢ではなく、(ユーゼフ殿下やランドルフ様に振り回されて)意外に苦労人なこと。ちょっと言葉遣いは乱暴だけど、誰に対しても平等な姿勢を私は好ましく感じているし、尊敬もしている。

 ただ、そのことをルミエラである私が口にすることはできないけれど。

 

 テレサさんの言葉に、私は笑顔で頷くだけだった。


「あの……ルミエラ様には、心に決めた方はいらっしゃるのでしょうか?」


(『心に決めた方』って、たしか好きな人という意味だよね)


「いいえ、そんな人はいません」


「ルミエール様が家業を継がれるということは、ルミエラ様はいずれどちらかへ嫁がれるのですよね?」


「それは……」


 テレサさんから確認をするように尋ねられたが、何も考えていなかった私は返答に詰まる。

 そろそろ真剣に将来のことを考えておくべき年齢になったのだと、嫌でも痛感してしまった。

 今は家の手伝いをしているが、兄が結婚をすれば私は家を出るつもりでいる。いつまでも家に居座って、お嫁さんから『小姑』と鬱陶しがられることだけは全力で回避したい。

 この先、結婚をするかどうかはわからない。そもそも、こんな私と結婚してくれる人がいるのかも怪しい。

 このまま家業を手伝うのか、別の仕事を見つけて独立するのか、来年の成人までには決めておかなければならない。


 先日の病院への慰問で、ケガで困っている人を大勢救えたことは私にとって大きな経験だった。

 せっかくなら、この授けられた能力を活かした仕事に就くのもいいかもしれない。

 ふと、そう思った。


「少し、昔話をしてもいいでしょうか?」


 テレサさんが、遠慮がちに私のほうを向く。


「はい、もちろんです。あの、テレサさんもお座りになりませんか? そのほうが話しやすいと思いますし」


「しかし、私は侍女ですので……」


「わたくしがこちらのお屋敷で気軽に話しができるのは、テレサさんかアンナさんしかいらっしゃいませんので、ぜひ!」


 少し躊躇したテレサさんだったが、私の勧めに頷いてくれた。

 お茶と少々のお茶菓子を用意してもらって、二人だけのお茶会の始まりだ。


「坊ちゃまには、初恋の方がいらっしゃるのです」


「えっ……アストニア様にですか?」


 テレサさんの昔話は意外なものだった。

 あのヒース様にそんなエピソードがあるなんて、思いもしなかった。

 私は思わずグッと前のめりになる。


「六歳の頃に、アストニア領内でケガをしたところをその方に治癒魔法で治していただいたそうです」


「まるで、物語のような出会いですね! それで、その後その方とは?」


「お会いできたのは、その一回だけです。坊ちゃまはその方を捜されたのですが、どうしても見つからなくて……それっきりです」


 ヒース様はもう一度その人に会いたくて、必死に捜したのだという。でも、結局どこの誰かもわからなかった。

 落胆し肩を落とすヒース様へ、テレサさんは掛ける言葉が見つからなかったそうだ。


「魔法が使えるのなら、お相手も貴族の方ですよね?」


「坊ちゃまもそう考えられて、社交界や学園内でそれはもう熱心に捜されておられました。でも、実はその方は──」


「もし、その方と再会することができたら、出会うべくして出会った……そう、これは運命ですよね!」


 貴族の結婚と聞くと、どうしても小説の中に登場する『親に決められた相手との婚約』『自由恋愛はできない』のイメージが出てくる。

 そんな中で想いを寄せる人と結ばれるのであれば、とても幸せなことだと思う。


「私は、坊ちゃまの初恋が叶うことを願っておりますし、その『』には坊ちゃまを選んでいただきたいと思っております」


「私も、ヒース様の初恋が実るよう(恋愛の)神様に祈っておきますね!」


 ヒース様の初恋が成就しますように……心の中で祈りを捧げている私をテレサさんが複雑な表情で見つめていたことに、私は気付かなかった。


 テレサさんへ「また、お茶会をしましょう!」と約束を取り付け、本日のお茶会は終了したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る