第10話 初めての治癒魔法
この世界の病院は、前世とは違い手術などはなく治療は全て治癒魔法かポーションによって行われている。
患者は治療費を支払って治してもらうのだ。
ちなみに、治療院も病院の一つだが、規模が違う。便宜上、規模の大きい治療院を病院と呼んでいるようだ。
現世ではこれまで病院(治療院)にお世話になったことがなかった私は、今回初めて中に足を踏み入れる。
治療風景を見学させてもらった感じでは、
ボラ部の病院での活動は、年に数回程度。
以前までは学園内で寄付金を集め、それで治療費を払えない貧困層の人たちに治療を受けさせていたそうだ。
しかし、今回から私も参加をするため、寄付金と私の治癒魔法でより多くの人々を救えるようになったとヒース様は説明をしてくれた。
そんな話を聞いてしまったら、張り切るしかない。
鼻息荒く気合を入れていた私を見てヒース様がまたこっそりと笑っていたが、今日は気付かないふりをしてあげた。
院長先生に案内された一階の広間には、治療を求めて大勢の人が集まっていた。
年に数回あるボラ部の慰問のときにしか治療を受けられない人たちが、朝早くから詰め掛けてきたそうだ。
病院の治癒士たちに交じって私もお手伝いをする。任されたのは子供たちへの治療だった。
最初にやってきたのは女の子を連れた母親。見ると、女の子の頬から首にかけて皮膚がただれている。聞けば、誤って熱湯を被り、火傷を負ってしまったとのこと。
「綺麗に治りますか?」と聞かれたが、今回初めて治癒魔法を使う私は即答ができない。
(大丈夫……教えてもらったことを正確にやれば、できる!)
少々不安はあるが、自分自身に暗示をかけ患者と向き合う。
患部に直接触れたほうが魔法の効果が高いと習ったので、触ってもよいかの確認も忘れない。
「では、いきます」
一度、深呼吸をする。
自分の中の魔力を手に集中させると、手のひらが温かくなってきて魔力の流れを感じた。それを一気に患部へ流し込む。
ドキドキしながら様子を窺っていると見る見るうちに火傷の痕が消えていき、十数秒ほどで女の子の顔は綺麗になった。
治癒魔法が成功したのだ。
母親は目に涙を浮かべ私へ何度も礼を繰り返す。女の子は「お兄ちゃんせんせい、どうもありがとう!」と嬉しそうに笑った。
今の私は制服の上から借りた白衣を着ているので、治癒士に見えたのだろう。
少し照れくささを感じながら「お大事に」と告げ、親子を見送った。
「上手くできたな」
後ろを振り返ると、ヒース様とランドルフ様が立っていた。二人は私が心配で、見守っていてくれたのだろう。
ヒース様は満足そうに頷き、ランドルフ様は親指を立て「ルミエールちゃん、カッコ良かったよ!」と彼なりの褒め言葉をかけてくれた。
その後、私は怒涛の勢いでどんどん患者を治療していく。
傷口が深いものや、骨折・部分欠損などもあったが、すべて綺麗に治すことができた。
ふと周りを見てみると、ヒース様は事前に患者たちから症状を聞き取り表にまとめていて、ランドルフ様は、長い待ち時間に退屈している子供たちと魔導具のおもちゃで遊んでいる。
二人に負けないよう、私も頑張ろうと再度気合を入れた。
◇
次が、最後の患者になる。
もうすぐお昼になるところなので、午前中にすべての患者を治療することができそうだ。
ヒース様の話では、毎回一旦お昼休憩を入れていたとのこと。
私の治癒魔法が多少でも貢献できたのであれば嬉しい。
患者は、五歳くらいの男の子だった。
父親に抱っこされていて、下ろそうとするとイヤイヤと首を振って拒否するため、なかなか治療に移れない。
話を聞くと、遊んでいて転んだ拍子に突き指をしたとのこと。たしかに、左手の人差し指がかなり腫れている。
父親ごと椅子に座ってもらい男の子へ手を触らせてほしいとお願いをしたが、やはりイヤだと言われてしまった。
(う~ん、これは困った)
「ねえ……ボク、指は痛くないの?」
「いたいから、さわらないで!」
私に触られまいともう片方の手で患部を覆い隠してしまったので、手をかざして治療することも難しくなった。
何か良い方法はないか?と考えを巡らせていた私の脳裏に、ふと前世の記憶がよみがえる。
「じゃあ……お兄ちゃんと一緒におまじないを唱えて、痛みを取り除いてみようか?」
「おまじない?」
「うん。僕の言う通りにやってくれたら、痛いのなんかあっという間に消えちゃうよ。どうする? やってみる?」
「やる! だって、ず~っといたいのはヤダもん……」
私は男の子と、ついでに父親にもおまじないの言葉を教えて、一緒に唱えてもらうことにした。
そしてもう一つ、絶対にやってもらわなければいけないことも合わせて伝える。
「では、いくよ……『ちちんぷいぷい、痛いの痛いの、遠くのお空に飛んでいけ!』」
「「『チチンプイプイ……トンデイケ!』」」
さすがに日本語は難しかったのかおまじないの言葉を全て覚えることはできなかったので、親子には前後の言葉だけを唱えてもらった。
男の子は大きな声で唱えたあと、覆っていた手を空に向かって振る。痛みを手で掴み、空に向けて飛ばすと消えてなくなる……そう説明をしておいたからだ。
指から手が離れた瞬間を逃さず、私はすぐに治癒魔法を掛ける。
患部に触れずに治療ができるか心配だったが、指の腫れが引いたのを確認しホッと安堵の息を吐く。
「どう? 痛いのは消えた?」
「おにいちゃんのおまじない、すごい! もう、ぜんぜんいたくないよ!!」
「そっか、じゃあ痛みは飛んでいったんだね」
念のため指を曲げ伸ばししてもらったが問題なく動くとのことで、イヤイヤから一変、ニコニコ顔で男の子は帰っていった。
無事に務めを果たすことができた私は、充実感と心地よい疲れに身を委ねていた。
異世界転生者のチート能力とも言える豊富な魔力を、困っている人のために使用できたことがただただ嬉しい。
皆に感謝され、「ありがとう」と言ってもらえた。それだけで、頑張って治癒魔法を覚えてきた甲斐がある。
ボラ部に入会して良かったと、心から思った。
これで、本日の奉仕活動はすべて終了。
私は鼻歌を歌いながら、機嫌よく後片付けを始める。
緊張感から解放されるとお腹が空いてきたが、体のダルさは感じない。
ヒース様からは体内魔力が欠乏している一つの
忘れないうちにヒース様へ返却しようと顔を向けたら、私をじっと見つめる彼と目が合う。
「やはり、君はあの時の……」
ぽつりと呟いたヒース様の視線が、私から逸らされることはない。
眼鏡の奥の瞳は真剣で、そろそろ顔に穴が開くかもしれないと本気で思ってしまった。
「ヒース様、どうかされましたか?」
「……いや、何でもない。片付けを続けてくれ」
「???」
その後、ヒース様はいつも通りのヒース様に戻り、私は後片付けを再開したのだった。
◇
「ルミエールちゃん、これ楽しいね! やっぱり、僕も欲しいな~」
「ランドルフ様、よそ見をしていると危ないですよ!」
脇見運転はダメ!って、前世でも言われていましたよ……と心の中で呟きつつ、私はパンをパクリと頬張る。
病院前にある広場の木陰のベンチに座り爽やかな風に吹かれていると、雲一つない晴天なこともありとても気持ちが良い。
まるでピクニックをしているようで、買ってきたパンがさらに美味しく感じてしまう。
活動を終えた私たちは、昼食を食べてから帰ることになった。
「どこかの飲食店で」と提案したヒース様に対し、ランドルフ様がどうしても広場で『キク坊』に乗りたい!と突然拝み倒しを始めた。
今にも土下座せんとばかりの必死さに(呆れて顔をポカンとさせた)ヒース様が折れ、私たちは持ち帰りできる物を買い込んで広場に戻ってきたのだ。
「……君は、アストニア領へ行ったことはあるのか?」
食事もそこそこに、小学生のようにはしゃいで『キク坊』を乗り回しているランドルフ様を微笑ましく眺めていたら、私の隣でずっと無言で食事をしていたヒース様が唐突に口を開いた。
「ヒース様のご実家の、アストニア領ですか? いいえ、ありません」
「領地の中央には大きな湖があるのだが、覚えはないか?」
再度聞かれたが、私は首を振って否定する。
「アストニア領は、夏は避暑地、冬は氷上スポーツを楽しむ観光地として有名だそうですね? 農作物の栽培も盛んだと、地理の授業で習いました」
「そうか……行ったことはないか」
何となく話が嚙み合わないまま会話が終わり、結局ヒース様の質問の意図はわからないままだった。
◇
上機嫌で戻ってきたランドルフ様が、『キク坊』の購入を希望された。しかも、その数なんと十台!
興味本位にどこで乗るのか尋ねてみたら、本邸、別邸、別荘、領地の視察等々……使用したい場所はたくさんあるのだとか。
さすが、伯爵家のお坊ちゃんはお金を持っているなと感心したと同時に、兄のニンマリ顔が目に浮かぶ。
多少は家業の売り上げに貢献ができたと、密かに胸を張った私だった。
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