第9話 気遣いと、愛車デビュー


 今日は、休日で学園はお休みだ。

 しかし、私は制服に着替え出かける準備をしていた。


「休日なのに、おまえは忙しそうだなあ」


「そういうルミエールだって、ずっと仕事をしているよね? だから、私だって頑張るよ」


「俺は好きでやっていることだ。でも、おまえはそこまで頑張らなくてもいいんだぞ……」


 珍しく、兄が私を気遣うような言葉をかけてくれる。

 先日、私が貴族の令息たちからされたことを報告したのだが、彼なりにショックだったようだ。

 でも、それがきっかけでシンシア様と(再び)友達になったと喜んでいたら、「おまえは、転んでもただでは起きないな……」と呆れていたが。


「今日は、ヒース様たちと病院の慰問へ行くだけだから、大丈夫!」


「おまえが学園に入学してから、まだひと月も経っていない。それなのに、第二王子や侯爵家・伯爵家の令息、公爵家令嬢とも知り合いになったり、子爵家令嬢とは友人になったり。誰だよ『なるべく知り合いは作らないつもりだよ!』って宣言していたやつは……」


「だ、だから……もうこれ以上は作らないよ! じゃないと、入れ替わったときにルミエールが困るもんね」


 事実、これ以上は交友関係を広げようがない。

 同級生(シンシア様とカナリア様以外)からは、昼食時のユーゼフ殿下の態度からあらぬ関係を疑われているようで、微妙に距離を置かれたり、完全無視の状態。

 まあ、絡まれるよりはいいのだけど。

 ボラ部は今のところ一年生の会員は私だけで、二年生はヒース様とランドルフ様しかいないそうだから。


「まあ、シンシア様はおまえの正体を知っているから、あちらが望めば付き合いを続けていけばいいし、研究会は俺がきちんと引き継ぐから安心しろ。だって、こんな高位貴族と知り合える機会なんて二度とないからな」


「その代わり、周囲の風当たりも相当キツいよ……」


「ふん、そんなやからは適当にあしらえばいいだけさ」


 たしかに、兄は学園で貴族に絡まれても上手く対処していたようだ。


 兄は、私より頭の回転が速い。

 私が授業やヒース様から教えてもらった魔法に関することを伝えたら、あっという間に理解し自分のものにした。

 ただ、私がヒース様からしてもらったように兄へ魔力を流した時は、くすぐったいと暴れて大変だったけど。

 家族だから魔力の反発はなかったようだが、人によってこれほど反応が違うのは面白いと思う。

 兄の属性と魔力量はいまだ不明だから、いずれどこかできちんと検査ができればいいのだけれど。



 ◇



 慰問先の病院に、私は颯爽と愛車『キク坊』で乗り付ける。先日、ついに『キックボード』が完成したのだ。

 家の近所で練習を重ね、兄の許可をもらい、本日公道デビューに漕ぎ着けた。


 集合時間よりかなり早く着いたので、病院前の広場で練習を兼ね乗り回していたら、周囲の注目を集めてしまった。

 集まってきた子供たちに乗りたいとせがまれ、一人ずつ順番に乗せてあげたら皆大喜び。

 もちろん、スピードは落としてゆっくりと(前世でやったらお巡りさんに検挙される)二人乗りで、私が安全に操縦した。


「ルミエールちゃん、ものすご~く楽しそうなことをやっているね?」


 そろそろ時間なので子供たちに手を振って別れの挨拶をしていたら、いつの間にか広場にランドルフ様がいた。


「ランドルフ様、おはようございます。見てください、ついに完成しました!」


「うん、馬車の窓から見ていたよ。だから、僕も乗せてもらおうと思って急いでやってきたんだ」


「では、どうぞお乗りください」


 私は恭しくハンドルを差し出したのだが、なぜかランドルフ様は悲しげに目を伏せ受け取ろうとはしない。


「僕も……ルミエールちゃんと一緒に乗りたいな……」


 ランドルフ様は、相変わらず今日も平常運転だった。

 しかし、彼の希望通りにすることはできない。

 私は腰に手を当てハア……と大袈裟なため息を吐くと、彼に向き直る。


「ランドルフ様、もし二人乗りしているところをヒース様に見られでもしたらどうするのですか? 今度こそ氷像にされ───」


「……俺に見られたら困ることを、するつもりなのか……ランドルフ?」


「ギャー!!」


(!?)


 怖い顔をしたヒース様が突然現れ、ランドルフ様が驚いて飛び上がる。

 完全に気配を消し去った彼が隣にいたので、私も正直ホラー映画かと思うくらいびっくりした。


「ヒ、ヒース、ぼ、僕は別に…おまえに氷像にされるようなことを…す、するつもりはなかったぞ!」


 目がぐるぐると泳ぎしどろもどろのランドルフ様を放置して、ヒース様が私に確認をするように「本当か?」と聞いてきたので、コクコクと頷いておく。


(ホントは、未遂だけどね……)


「先日の昼食時のユーゼフの行動で、学生の一部から君とユーゼフの仲を疑う噂が広がっているのは知っているか?」


「はい。すでに同級生たちからは、微妙に距離を置かれています。僕は全然気にしていませんが」


「……えっ? そんなことになっているの?」


 ランドルフ様は全然知らなかった様子。ヒース様はさすがというべきか、情報収集に抜かりはないようだ。


「だから、ランドルフはこれ以上彼に迷惑をかけないよう、今後行動は慎んで──」


「だったら、僕とルミエールちゃんの仲を今以上に深めたらいいんだよ!」


「はあ? おまえは何を言ってい──」


「僕たちが仲良くしていれば、ユーゼフの行動が目立たなくなるだろう? 我ながら、良い考えだ!」


 うんうんと、ランドルフ様は手を叩き満足げに頷いている。

 そのとき、ヒース様の眉間に皺が寄った……ピキッと効果音付きで。


「良い考えなわけないだろう! 伯爵家のおまえと平民の彼が懇意になっていると広まったら、別の揉め事が起こる!!」


「だったら、ヒースもルミエールちゃんと仲良くすればいい……今以上に、親身になってやれ」


 フフッとランドルフ様が笑みを浮かべる。

 その表情は兄が何かを企んでいるときの顔とそっくりで、ゾクッとした。


「おまえに言われなくても、そのつもりだ」


「わかっているのなら、問題ない」


 ランドルフ様が納得したところで、ちょうど時間になったようだ。

 ヒース様に促され、私はランドルフ様と共に歩き出す。


「そういえばさ、たくさん魔力を使ったのにルミエールちゃんは全然平気そうだね。あれだけ乗り回していたら、僕でもさすがに魔力切れになると思うけど」


「えっ? そうなんです……か?」


 キク坊に乗るのが楽しすぎて何も考えずにやっていたが、非常識な行動だったのだろうか。


「ルミエールちゃんの魔力量が他人よりも多いことはわかっているけど、具体的にどのくらいなのか一度きちんと調べてみたいな。まだ他にも判明していないことがあるかもしれないし、その体に、何か秘密があるのかもしれないし……」


「そ、それは……」


 私を研究対象として興味津々なランドルフ様に、内心冷や汗が止まらない。


(まさかとは思うけど、魔力で性別が判明したりしないよね……)


 私の『秘密』なんて、本当は女であること、前世の記憶持ちの二点しかない。

 仮に、私が「全属性持ちで魔力量が多いのは、異世界転生者だからです!」と言っても、ランドルフ様なら面白がって話を聞いてくれそうだが、女であることがこれ以上周囲の人にバレるのは非常にマズい。

 今度こそ、退学になってしまう。


 私たちの会話を隣で黙って聞いていたヒース様が、私を見た。


「さっきから顔色が良くないが、気分が悪くなったか? 魔力回復用のポーションなら、準備をしているが……」


「いいえ、大丈夫です! ご心配をおかけして、申し訳ありません」 


「そういえば、ヒースは以前からルミエールちゃんには優しいよな……何か、理由でもあるのか?」


 ニヤニヤしながら彼の顔を覗き込んだランドルフ様に、ヒース様は分かりやすく頭を抱えた。


「おまえとユーゼフが後先考えずに行動するから、いつもいつも俺がその尻拭いをさせられているんだ。いい加減、自覚しろ!」


「理由は本当にそれだけか? 他にはないのか?」


「おまえな……」


 性格は対照的だが、気の置けない二人のやり取り。

 先日、貴族のドロドロとしたところを目の当たりにした私には、見ているだけでほっこりと気持ちが癒される。

 研究会の先輩がヒース様とランドルフ様で本当によかったと、改めて思ってしまった。


 二人を微笑ましく眺めているうちに、病院へ到着する。

 さあ、いよいよ私のボラ部としての初めての活動が始まろうとしていた。


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