第11話 第二王子殿下、毒殺未遂事件?(前編)
『退学』『死亡エンド』などの危機を乗り越え、ついに学園滞在期間が初めてひと月を超えた。
嬉しくて、ついニヤニヤしてしまうのは仕方ない。
兄が、朝からご機嫌な私を遠巻きに眺めていた。
◇
カリカリカリ……
ボラ部の部屋で、私は一心不乱にペンを走らせていた。
先ほどから、病院で
それにしても、書いている途中からずっと感じる横からの視線。
気になって仕方ない私は、一度手を止める。
両手を上にあげて体を伸ばすフリをしながらさり気なく顔を向けると、やはり相手と視線がぶつかる。
いつもの定位置、執務机の椅子に座っているヒース様がサッと目を逸らした。
先日の活動以来、ヒース様の様子が本当におかしい。心ここにあらずで、どこかソワソワしているのだ。
これが、普段から落ち着きのないランドルフ様であれば全然心配はないのだが、ヒース様だから気になってしまう。
どこか、体の具合でも悪いのだろうか?
それとも、何か心配ごと?
しかし、個人のプライベートに踏み込むのはよくないと思うので、私はそっと様子を観察することしかできない。
「……ルミエール」
どうしたものかと考え込んでいたら、ふいに名前を呼ばれた。
あれ?と思って反応が遅れたのは、ヒース様から名を呼ばれるのが初めてだったから。
「何でしょうか?」
「先日、俺が『アストニア領へ行ったことはあるか?』と尋ねたことを覚えているか?」
「はい、覚えています」
ヒース様から聞かれ、行った覚えのない私は「ありません」と答えた。
「もう一度確認だが、君が五歳の頃だ。どうだ、覚えはないか?」
私が五歳の頃とは随分具体的な話だが、やはり記憶にはない。
「そうですね……。先日は話をしませんでしたが、実は僕、その頃の記憶が曖昧なのです」
「記憶がないのか?」
「いえ、記憶がおぼろげと言いますか……おそらく、後発魔力が発現した影響ではないかと思いますが、詳しいことはわかりません」
本当は前世の記憶が戻ったからだと思っているが、このことをヒース様へ話すことはできない。
兄とは違い、変なやつだと思われてしまうだろう。
「そうか……それは、残念だ」
私の返答に、ヒース様は落胆の色を隠さなかった。
◇◇◇
今日の薬学の授業は、待ちに待ったポーション製作だ。
普段の教室ではなく、調合室へ移動しての作業になる。
病気や魔力回復用のポーションは、製薬スキルがないと作ることはとても難しいらしい。
でも、今回のものは、前回の授業で採取し乾燥させていた薬草を使い、自分の魔力をこめるだけの超簡単なお手軽ポーションとのこと。
しかし、自身の魔力が注入されているので、自分で飲めばそこそこ元気になる効果はあるというのだ。
前世でいうところのエナジードリンクのような物だと解釈した私は、いつものように勝手に『E(エナジー)ドリンク』と命名してみた。
Eドリンクの作り方はとっても簡単。
乾燥して
あとは、それを
個々の魔力の違いなのか、できあがったEドリンクの色が皆それぞれ異なっている。
基本的に色は薄めなのだが、それが黄だったり、緑だったり、青だったりと実に様々だ。
シンシア様は淡いピンク色で、可愛らしい彼女を表現したかのような色にほっこりしたり、カナリア様のが鮮血のような赤色だったことに、妙に納得したり……
そして、私のはというと、そのまんま私を表現した色……『白』だった。
思わず、「〇ルピスだ!」と叫びそうになったことは内緒の話。
Eドリンクをその場で飲む者もいたが、私は家に持ち帰りルミエールへ見せて情報共有をしなくてはならない。
引継ぎを円滑に運ぶためにも、常日頃から準備を怠ってはならないのだ。
身代わり生活も一か月半近くになり、折り返し地点に入ろうとしている。
学園滞在期間は、おかげさまで順調に更新されていた。
できれば、このまま何事もなく三か月が無事に過ぎてほしい。
◇
やはりと言うべきか、ポーション製作の後片付けをまた押し付けられた……が、今回はシンシア様にも手伝ってもらった。しかも、なぜかカナリア様も手伝ってくれることに。
「平民の男子学生と子爵家令嬢が二人きりでいるなど、お茶会の話題をわざわざ提供するようなものね……」
ぶつぶつ言いながら、慣れない手付きでカナリア様が器具を洗っている。
打算的に私たちと一緒にいると言う彼女だが、意外に結構面倒見のいい人なのだとわかってきた。
私が女であることを知られたときも、平民の男子学生(私)と一緒にいるシンシア様を見かけ心配になってこっそり様子を窺っていた(本人談)そうだし、昼食を私たちと一緒に取るという話も、もちろん下心はあるのだが、やはり噂にならないようにとの配慮から。
彼女の見た目と公爵家令嬢という立場で勝手に『悪役令嬢』キャラだと思ってしまったことが、本当に申し訳なく感じてしまう。
兄と入れ替わった後のことを考え、私も「今後は、あまり人前で二人きりになるのは止めましょう」と以前提案したところ、「友人ですのに、そんな寂しいことを仰らないでください」と涙目で言われてしまった。
「貴族社会では、細かいことを一々気にしていたら生きてはいけないのですよ」とも言ったシンシア様に、案外彼女も貴族令嬢らしいたくましいところもあるのだと感心した私は、もうこの件に関しては何も言わないことにした。
そんな私たちに、カナリア様は終始呆れた様子だったが。
何だかんだとやり取りをしながら三人で器具を洗い終わり調合室へ戻ってきたら、誰もいないはずの部屋に黒山の人だかりができている。
一体、何事?と思いつつ覗き込むと、ユーゼフ殿下が青ざめた顔をして床に座り込んでいた。
「「「!?」」」
ここは一年生が薬学の授業をしていた場所なのに、なぜ二年生であるユーゼフ殿下がいるのだろうか。
しかも、驚くほど顔色が悪い。
器具を持ったまま私たちが立ちすくんでいると、人だかりから外れたところにヒース様とランドルフ様の姿が見える。
急いで器具を片づけ、事情を尋ねることにした。
「何があったのですか?」
「ユーゼフがちょっとな……。ただの腹痛だから問題はないが」
「問題はないって……僕の治癒魔法でよろしければ、治療しますが?」
「側近が持ってきたポーションを『腹が痛くて飲めぬ!』と我が儘を言ったのだから、治癒士が来るまで放っておいてもいいが、あれでも一応王子だしな……。世話をかけてすまないが、やってくれるか?」
「わかりました」
ヒース様が傍に付き添っていた側近へ話を持ち掛けたが、治療するのが平民の私であることに難色を示された。
まあ、この国の王子様だし仕方ないよね……と思っていたら、ユーゼフ殿下たっての希望により一転して許可が下りる。
かくして、側近たちに監視されながらの治癒魔法だったが経験値がある私は問題なく行使でき、ユーゼフ殿下の顔色はすぐに良くなった。
それにしても、第二王子様が体調不良なんて国の一大事だと思うのだが、ヒース様はいつも通り……いや、いつも以上に呆れて投げやりな感じだろうか。
隣にいたランドルフ様も珍しく苦笑いを浮かべていて、本当に何があったのだろう。
「やれやれ……ひどい目にあった」
ユーゼフ殿下は立ち上がると、私へにっこりと微笑む。
復活した麗しいお顔に、カナリア様から公爵家令嬢らしからぬ変な声が聞こえた。
「まあ…でも、ルミエールを救ったと思えば、私の溜飲も下がるというものだ。それで──」
ユーゼフ殿下はある一角へ鋭い視線を向ける。よく見るとそれは、私に片づけを押し付け先に教室へ戻ったはずの一年生全員だった。
殿下は先ほどとは打って変わり、その表情は非常に厳しく威圧感があり、かなりご立腹の様子。
「──薬草の中に毒草を紛れ込ませた不届き者は、誰だ? 即刻、名乗り出よ!」
(えっ、毒草!?)
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