第5話 魔力の測定(前編)


 私がノックしようとボラ部のドアに拳が触れたところ、ガチャっと扉が勝手に開いてしまった。

 許可も得ずに開いてしまったドアを前に、どうしていいかわからない。

 ドアの隙間からおそるおそる顔を出すと、昨日と同じく執務机にいたヒース様と目が合う。

 後ろに控えている侍女のテレサさんと二人して、怪訝な顔でこちらを見ていた。


「君は、さっきから何をしているんだ? さっさと中に入れ」


「ドアに手が触れたら勝手に開いたのですが、中に入ってもよろしいのですか?」


「開いたなら、問題ない」


 ヒース様の許可を得て、ホッと安堵しつつ隙間をすり抜けると、今度はバタンと勝手にドアが閉まる。

 前世の自動ドアのようで、どんな仕組みになっているのか非常に興味深いが──


「ドアノブに付いた魔力残滓だけで、登録ができるのか……」


 ヒース様は大きな独り言をブツブツと呟いていて、いま質問をするのは無理そうだった。

 しばらく待っていたが、独り言が一向に終わりそうもない。仕方なく声をかけた。


「あの……ヒース様?」


「ああ、君に説明をしていなかったな。これは魔力登録をしている者が触れると、ドアが開く仕組みだ」


 こちらまでやって来たヒース様が、ドアを指さし説明をしてくれる。


「この部屋は稀にユーゼフも出入りするから、部外者が簡単には立ち入れないよう、いろいろと細工がしてある。まあ、一種の防犯対策だな」


「でも……昨日、僕は結構簡単に立ち入ったと思うのですが、それでも防犯の役割を果たせているのですか?」


よこしまな感情を持つ者は、ここまでたどり着けないようになっているらしい。開発者いわく『個々の魔力から漏れ出る強い感情に反応する』とか言っていたが、詳しくは俺も知らん」


「何ですか、それ……す、すごい!」


(ファンタジーの世界って素晴らしい!!)


 さすが異世界だと感心し、同時に納得もしてしまう。

 学園内とはいえ護衛も付けずに王子様が平民にほいほい近づいて大丈夫なのか?と、実はひそかに思っていたのだ。


「あっ……では、僕が昨日この部屋になかなかたどり着けなかったのも、多少はその影響を受けたからでしょうか?」


 そんな分かりづらい場所でもないのに、なぜか道に迷ってしまったのだ。

 それが影響のせいであるのなら、仕方ない。


「いや、たどり着けたなら、影響は受けていないぞ。おそらく、君の場合はその……アレだ」


 話の途中でヒース様は言葉を濁すと、目を伏せそっと視線を逸らす。

 その態度だけで、彼の言わんとする事がわかってしまう。

 他人へ事実を指摘しづらいのはわかる。でも、そこまで気を遣われるくらいなら、私はいっそのことはっきりと言ってもらいたい。


「……ただ単に、僕が方向音痴で道に迷ったということですね。それなのに、ヒース様に気を遣わせてしまい、大変申し訳ありませんでした!」


 潔く事実を認めたら、ヒース様が突然背を向けた。

 何か起きたのかと見ていたら、肩が小刻みに震えている。どうやら、彼は声を出さずに笑っているらしい。


「ヒース様、笑うなら堂々と目の前で笑ってください。僕は、そんなことでは傷つきません」


「そ、そうか……気を遣ったつもりが、かえって気を遣わせたな」


 手で口元を覆ったままこちらを向いたヒース様は、一見普段通りに見える。しかし、眼鏡の奥のサファイアのような瞳は微かに潤んでいる。

 何がそんなにツボだったのだろうか。

 

「笑って悪かった。君の開き直った姿が、あまりにも清々しくて、つい……」


「そうでしたか。それは、大変申し訳なかったです───が」


「うん?」


「……いくら僕でも、さすがにちょっと笑いすぎだとは思いましたよ?」


「ぶはっ……」


 今度は堪えきれずに吹き出したヒース様を見て、してやったりと私はニヤリとする。

 笑われた仕返しに、ついいたずら心が芽生えてしまった。 

 ヒース様ならこれくらいのことでは怒らないだろうし、もし怒っても許してくれるだろうと思っていた。

「自分で自分のことを『寛容』って……」と楽しそうに笑う彼が可愛らしいなと思ったことは、もちろん秘密だ。


 ひとしきり笑ったヒース様は、スッキリした表情で私に向き直った。


「初等科のころ、友人が同級生にあることを指摘したら派手に泣かれてな、一緒にいた俺も先生に叱られて難儀したのだ」


「貴族のお子様は、繊細なのですね」


 その点、平民の初等科では何でもありだった。

 男子が髪を引っ張ったり、女子が仕返しに爪で引っかいたりとやりたい放題だったが、あれはあれで楽しかった思い出だ。


(そういえば、ハルは元気にしているかな。久しぶりに会いたいな)


 ふいに、幼なじみの男の子を思い出す。

 昔はルミエールとハルの三人でよく遊んだが、初等科を卒業してからはお互い家業の手伝いで忙しく、一度も会っていない。

 小さい頃はお揃いの服を着ていた私たち兄妹を、両親以外ではなぜか彼だけが見分けることができた。

 理由を尋ねても、「何となく、感覚で……」と答えを返してきたハルは、実家の工房でただいま修行中の見習い職人だ。


 ぼんやりと昔を懐かしんでいると、入り口のドアがスーッと開いた。


「ちわ~っす!」


 制服の上から黒っぽいローブを羽織った男子学生が、軽いノリで部屋に入ってきた。

 ドアが開いたということは、この彼も会員なのだろう。


「ヒース、遅れてごめん!」


「ああ、気にするな。こっちこそ、無理を言って悪かったな」


 ヒース様の反応から、仲の良い友人であることがわかる。

 よくよく顔を見れば、食堂でヒース様たちと一緒にいたあの男子学生だった。


「これが測定器だ。最近は使っていないけど、問題はないと思う」


 黒ローブくんから両手サイズの木箱を受け取ったヒース様は、部屋の中央に置いてある長方形テーブルの上に載せる。箱から中身を取り出し、さっそく確認を始めた。

 黒ローブくんも隣に移動すると、あれこれ説明をしている。


「ふむ……使い方は簡単だな。では、さっそく使ってみるか。君は、この椅子に座れ」


 命じられるまま、私は指定された椅子に座る。


「ヒース、もしかして……この子が新人くんか?」


 グレーの髪にダークグレーの瞳を持つ黒ローブくんが、興味津々の顔で私を見つめる。

 ヒース様やユーゼフ殿下と比べると少々童顔の彼の瞳の奥は、いたずらっ子ような好奇心で満ち溢れていた。


「ランドルフが、どうして彼を知っているんだ? 今日、初めて会ったばかりだろう?」


「ユーゼフが『研究会に銀髪・赤目の綺麗な男子が入ったぞ!』って言っていたから、会えるのを楽しみにしていた」


「アイツは相変わらず、口が軽いな……」


 はあ……とため息を吐いたあと、ヒース様はこちらを向く。


「彼は研究会会員のランドルフ。魔導師科の二年生だ。複数の研究会を掛け持ちしているから、この部屋に来ることは少ないが、これからよろしく頼む」


「僕はランドルフ・ローレンサスという。気軽に『ランドルフ』と呼んでくれてかまわないよ」


「ランドルフ様、初めまして。僕はルミエールと申します。よろしくお願いいたします」


 立ち上がって挨拶をするとランドルフ様が握手を求めてきたので、そのまま応じる。

 差し出された手をそっと握ると、グイッと手を引かれた。


「ひゃああ!?」


 いきなりギュッと抱きしめられる。これが貴族流の男同士の挨拶なのだろうとはわかっていても、思わず変な声が出た。

 その場で固まっているとヒース様がすぐにランドルフ様を引きはがしてくれたが、動悸が激しく、すぐには静まりそうにない。

 

「ランドルフ……おまえ何をやってるんだ?」


 ヒース様が低い声で話しかけると、辺り一帯の温度が急激に低下した……ような気がした。

 もしかして、彼から目に見えない冷気でも漏れているのだろうか。


「軽い挨拶のつもりだったが……ヒース、そんな顔で僕を睨むなよ」


「おまえもユーゼフも、まったく……。今度やったら、問答無用で氷像にしてこの部屋から叩き出すからな」


 いつもは穏やかなサファイアのような紺色の瞳が、今はなぜかルビーのように赤く、そしてドス黒く見える。


「ルミエールくん、さっきは申し訳なかった。次回からは、君に許可を取ってからにするよ」


 ヒース様に叱られたからか一応謝罪はしてくれたが、顔はニヤニヤしていてランドルフ様は全く懲りていないようだ。

 しかも、今度からはなぜか許可制となる。

 まあ、突然されるよりはマシなのだろうけど。


「そうですね。突然はびっくりしますので、事前に声をかけていただけると有り難いです」


 嫌なら自分が許可しなければいいだけの話と、深く考えることを止めた。真剣に考えるだけ無駄のような気がしたのだ。

 ランドルフ様は、ユーゼフ殿下とは軽さが異なるちょっとやんちゃタイプの男子のようだが、どこか憎めない性格をしている。


「では……気を取り直して本題に入るぞ。今日は、これで君の魔力調査をする」


 眼鏡を掛け直したヒース様は、測定器を指し示す。

 それは、手のひらより一回り大きいサイズの、金属でできた長方形型の四角い箱だった。

 数値を測れるメモリが二つ付いており、右側の隅に穴が一つ空いている。


「これは、ランドルフが魔導具研究会で製作したものだ。製作者本人はアレだが、腕は確かで性能面も申し分ない」


 ランドルフ様の「アレとは何だ、アレとは!」のツッコミを華麗に無視スルーして、ヒース様は説明を続ける。


「この穴の上に人差し指を置いて、しばらくそのままでいろ」


 私は言われるがまま、人差し指を置く。

 しばらくの間じっとメモリを見つめるが、特に変化が起こる様子はない。


「なあ、ヒース。やっぱり指に魔力をめないと測定───」


 しびれを切らしたランドルフ様が口を開いたとき、それは起きた。

 二つのメモリの左側から色が付き始め、徐々に右側へと移っていく。

 その後、途中で止まることなく全てに色が満ち、金属の箱全体が一度明るい光を放ったあと停止したのだった。



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