第4話 兄の思惑と、学園生活の開始


 家に帰ると、兄が仁王立ちで私の帰りを待っていた。

 これまで、出迎えをされたことなど一度もない。目をパチクリさせて思わず二度見してしまう。


「おかえり。帰りが遅いから心配したぞ」


 意外にも、兄は私のことを心配していたようだ。


「ただいま。研究会で話を聞いていたから、遅くなっちゃった」


「えっ!? 研究会って……学園のあの研究会のことか?」


「もちろん、学園の研究会のことだけど……ルミエールは何か知っているの?」


 あの研究会って他にもあるのだろうかと思いつつ頷くと、兄は真面目な顔つきになる。


「噂だけなら聞いたことがある。厳しい審査があって、なかなか入会できない研究会があるとかな……」


「へえ~、そんな噂があるんだ。でも、私が入った『ボラ部』は割と簡単に入れたけどね」


 面接みたいなものはあったけど、それほど厳しい感じではなかった。

 第二王子様が名誉会員を務めている由緒正しい研究会のようではあるが、ボラ部は平民の私でも簡単に入会ができた門戸の広い研究会ともいえる。


「おまえは『ボラブ研究会』ってのに入れたのか。じゃあ……」


 先ほどの表情からは一変。

 ニヤニヤしながら期待を込めた瞳で見つめてくる兄に、彼が何を言いたいのかをすぐに理解した。


「先に言っておくけど、私は三か月しか学園にいないんだから、なるべく知り合いは作らずおとなしくしているつもりだよ!(また、すぐに退学処分になるかもしれないし)」


 今回も第二王子様から貴族流の挨拶を受けたが、今のところ周囲には知られていない。

 ただ、もし知られたとしても、兄(男)に扮しているからこれまでのような大事おおごとにはならないだろうとは思っている。

 しかし、まだまだ油断はできない。

 


「ははは……まだ初日だからな。でも、これから期待しているぞ、我が妹よ!」


 これほどはっきりと「なるべく知り合いは作らない!」「おとなしく過ごす!」と宣言しているにもかかわらず、兄はまだあの話を諦めていないようだ。

 心底うんざりしながら、私は以前に兄と交わしたやりとりを思い出していた。



 ◇◇◇



 兄のルミエールは父の血を色濃く受け継いだのか、かなりの野心家だ。

 自分たちが魔力持ちだとわかると、両親へ頼み込みすぐに入学の許可を取った。

「せっかく魔力を持っているのだから、家業に役立てるように一緒に頑張ろう!」と、兄からは何度も入学を勧められたし、私としても家のためになることには協力を惜しむつもりはない。

 しかし、兄には別の思惑があることも知っていた。


「精々、周りに愛想を振りまいて、将来の顧客をぜひ獲得してきてくれ。そして、願わくは……貴族と縁続きになれるように」


 つまり、私に学園で『上客』と『結婚相手』を見付けてこいと言っているのだ。


「ハハハ……またまた、お兄様はご冗談を」


 口調だけは、嫌味を兼ねてお上品に。しかし、視線は鋭く兄を睨みつけた。


「別に、おまえに正妻になれと言っているわけじゃない。平民では無理なこともわかっている。だから、愛妾となってくれれば十分だ」


 このルノシリウス国は、日本と同じ一夫一妻制だ。しかし、妾を持つことも公認されている。

 たとえば、正妻に子供ができなくても、妾が産んだ子を正妻の子として認知することは可能なのだ。

 とはいえ、前世の記憶を持つ身としては、どうしても受け入れがたいことも事実。


「おまえは中身はともかく、俺と同じでその見た目は良いのだから、黙っていればコロッと騙される奴が一人くらいはいるかもしれないだろう?」


 顔は笑っていても目は全く笑っていない兄に、彼の本気度を見た私はそっと目を逸らしたのだった。



 ◇◇◇



 次の日、私は教室に一番乗りをしていた。


 昨日の入学式あとのホームルームのような時間に、席決めが行われた。

 決め方はというと……身分の高い者から順に好きな場所を選んでいき、唯一の平民である私は一番最後、誰も選ばなかった残り物の席という、実に単純明快な方法だった。

 これは何度ループしても変わらないし、「学園の理念はどこへ行ったかしら?」と声高に無駄なツッコミをする気もない。


 その窓側の一番後ろの席に座りしばらくボーっと外の景色を眺めていると、廊下が騒がしい。入り口に目を向けると、騒々しい女子学生たち四人組が入ってきた。

 彼女たちの中心にいる人物は、公爵家令嬢のカナリア・シーエスタ様だ。

 昨日配布された研究会についての用紙の裏には、引継ぎ用の秘密メモがある。

 全員の名前と身体的特徴(髪や瞳の色など)、実家の爵位、席次表などだが、彼女に関してはいちいち確認するまでもない。

 その存在自体が、非常に目立っているから。


「カナリア様は、どちらの研究会へ入会されるのですか?」


 茶色に近い赤髪を何本も縦ロールに巻いた公爵家令嬢を、青と水色と橙の髪色のこれぞ、ザ・お嬢様を体現している女の子たちが取り巻いている。


「わたくしは、ユーゼフ殿下が名誉会員をされていらっしゃる奉仕活動研究会に入りたいと思っておりますの」


「カナリア様自ら奉仕活動に従事されるなんて、素晴らしいですわ! ぜひ、わたくしもご一緒──」


「まあ! 貴女、お一人だけ抜け駆けですの?」


「奉仕活動研究会は入会条件が大変厳しいと聞いておりますが、カナリア様なら問題ございませんね」


 ホホホと笑い合っている彼女たちを眺めながら、私は一人首をかしげる。

 ボラ部の入会条件が本当に厳しいのであれば、平民の入会など絶対に許可されないはずなのに。

 心の中で疑問に思いつつ、手元にある秘密メモに目を通す。

 公爵家令嬢を必死で盛り立てている取り巻きは、たしか侯爵家×1、伯爵家×2の令嬢たちだったはず。

 実は、私は同級生たちのことをあまり知らない。絡まれた記憶もほとんどない……ゼロではないが。

 いつも半月くらいで退学になっていたということもあるが、私を退学に追い込んでくるのは一つ上の二年生。

 ヒース様やユーゼフ殿下と同級生の貴族令嬢たちだったから。

 

 余談だが、そんな私がなぜ皆さまの爵位名を知っているのかといえば、頼んでもいないのに親切な方々が全員分の家名と爵位を毎回わざわざ教えに来てくれるからだ。

 一年生の中で唯一の平民である私は、『己の立場を、十分にわきまえよ!』ということらしい。

 

 どこの世界でも、ループを何回しても、群れた方々がすることは変わらないな……なんて思いながら視線をずらすと、同じようにぽつんと一人ぼっちの女子学生が目に留まる。

 シンシア様だ。

 彼女は少しおどおどした感じの女の子だから、小説の登場人物に例えるなら、男性が庇護欲をそそられる年の離れた妹か幼馴染キャラだと(勝手に)思っている。

 そう考えると、公爵家令嬢は典型的な悪役令嬢キャラで、もしかして卒業パーティーではリアル断罪イベントが行われるかもしれない。

 暇にあかして、脳内で勝手な妄想を繰り広げていた私だった。





 今日から本格的に授業が始まった。

 現世で勉強をしていて、いつも思うのは前世の義務教育の有難さ。

 学ぶ内容は違えど考え方の基本は同じため、苦労することなく授業についていくことができる。

 まあ、過去に何度も同じ授業を受けているのもあるけど。


 興味深いのは、地理の授業だ。

 初等科の授業にはなかった、各貴族の領地について学ぶことが大変面白い。

 貴族社会で生きていくためには重要な授業なのだろう。他の授業と比べると、どの子も皆真剣な表情だ。

 私は、今回初めて知り合ったヒース様の実家の場所を地図で確認してみる。

 王都から北上し国境に至る街道のちょうど中間地点に、アストニア領はあった。

 第二王子様のご学友だからそれなりの家だろうなと思っていたアストニア家は侯爵家で、領地はかなり広大だ。

 中央には大きな湖があり、夏は避暑地、冬は氷上スポーツを楽しむ観光地として有名とのこと。

 主な産業は農業と観光業とあるが、私は訪れたことがあるのだろうか。

 幼い頃は、父の買い付けに兄と旅行気分で同行しいろいろな領地へ出かけていたはずなのに、やはり、五,六歳頃の記憶だけが今も曖昧なままだ。

 原因の一つは、前世の記憶を取り戻したからだと思っているが、本当のところは今もわからない。


 魔法に関しての授業もあったが、まずは座学から入るため、実技まで行き着くには時間がかかるのだ。



 ◇



 お昼の時間になった。

 王立学園では食堂で学食を食べることができるのだが、ここだけは初等科と高等科共同で使用するためかなり広い。

 食事はビュッフェ形式で食べ放題。しかも、無料である。ちなみに学費も無料。

 すべて税金で賄われており、これは貴族も平民も同様だ。

 ユーゼフ殿下の父である現ルノシリウス国王ことヨーゼフ陛下は、将来国を支える人材を育てることに注力しているという。

 その思想は、息子であるユーゼフ殿下へしっかりと受け継がれていると感じた。


 感謝の気持ちをこめ、日本式に両手を合わせ「『いただきます』」と言ってから食べ始める。

 内容は前世でいうところの洋食が中心だが、パスタ料理っぽいものはあるのに米料理がないのが非常に残念だ。

 飲み物はコーヒーか紅茶、もしくは水か果実水。

 食事のときは甘くないものがいいので家でもずっと水を飲んでいるが、記憶が戻ってからは無性にお茶が飲みたい衝動にかられている。

 緑茶でも、烏龍茶でも、麦茶でもいいから、この世界で調達できないだろうか。

 一家離散問題とは別の、切実な悩みだ。


 食堂の隅に座り一人で食事をしているため、ゆっくり食べているつもりでも食べ終わるのは早い。

 食後の水を飲みながら、暇なのでいつものように周囲の人間観察をしてみることにした。

 高等科だけでなく初等科の学生もいるため、前世の小学生っぽい子たちについ目が向いてしまう。

 白基調でブレザーの大人っぽい高等科の制服に対し、紺基調の初等科の制服はセーラーでとても可愛らしい。平民は制服自体がなかったので、新鮮に映る。

 

 背筋をぴんと伸ばした姿勢だけでなく食事マナーも良い貴族の子供たちを、お姉さん目線でニマニマしながらしばらく眺めていたが、混雑してきたので席を立つ。

 食器を返却し教室へ戻る途中、一際大きな取り巻きが囲んでいるテーブルの横を通りかかる。

 興味本位に輪の中心を覗いてみると、ユーゼフ殿下とヒース様の姿が見えた。

 二人以外にもう一人見知らぬ男子学生がいたが、他は全て、初等科・高等科入り交じった女子学生たちだ。

 うんざりと死んだ魚のような目をしたヒース様と目が合ったので、「モテる方は、本当に大変ですね」の意味も込めてペコリと会釈をしておいた。


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