第3話 王立学園高等科 奉仕活動研究会(後編)


 紺色の双眸そうぼうが、私を静かに見据えている。

 まなざしは穏やかで、私が嘘をついたことをとがめている様子はない。

 それでも、理由を口にできない私は、つい金髪くんのほうをチラッと見てしまった。


「……なるほど、そういうことか」


 突然、納得したように頷いた緑髪くんは苦笑している。


「安心しろ。アイツは名誉会員だから、ここにはほとんど顔を出さない」


「えっ?」


「部屋に入ったら第二王子がいたから、驚いたのだろう?」


「えっと……」


 その通りなのだが、肯定していいのかわからない。

 

「では、まずは君がこの研究会を選んだ理由を聞かせてもらおうか」


 私の返答を待たずに、緑髪くんはさっさと話を進める。

 要注意人物の第二王子様は、研究会にほとんど顔を出さないとのこと。

 ならば、私としても元から話を聞くつもりだったので、特に異論はない。

 

 それにしても、研究会の活動内容の説明ではなく、いきなり志望動機を尋ねてくるなんて、緑髪くんはまるで前世の面接官のようだ。

 私は背筋を伸ばし、口角を上げ、笑みを絶やさないよう意識しながら口を開いた。


「理由は、人の役に立ちたいと思ったからです」


「ほう、それは殊勝な考えだが、実際にどんな魔法が使えるんだ?」


「それは……わかりません」


 私の返答に、緑髪くんが「君な……」と言いながら一度額に手を当てたあと眼鏡を直した。


「では、持っている属性は?」


「申し訳ありませんが、それもわかりません」


「あのな……ふざけているなら、ここから出て行ってもらっても構わんぞ」


 緑髪くんは顔に青筋を立て、先ほどとは違いピリピリとした雰囲気を醸し出している。

 質問に対してわからないことばかりでまともに答えられず、どうやら彼の怒りを買ってしまったようだ。

 私は、これまで魔力についてきちんと調べたことは一度もない。

 属性が判明する前に退学処分になっていたから、魔法に関する授業もほとんど受けていないのだ。


 こちらとしてはふざけているつもりはないが、怒らせてしまったのであれば仕方ない。

 「お邪魔しました」と二人へ辞去の挨拶をして席を立つ。

 何事もなく三か月間を乗り切るために第二王子様との関わりがなくなったのだと思えば、悪くないのかもしれない。

 ただ、研究会の活動自体には興味があった。

 前世のボランティア部のようなことを、こちらの世界でもおこなってみたかった。

 

 ちょっと残念に思いながら、再びドアへ向かって歩いていく。


「……おい、ちょっと待て。出て行けと言われて、本当に出て行く奴があるか?」


「えっと……ここに、一人おりますが?」


「さっきは、俺が悪かった……だから、戻ってこい」


 緑髪くんが、気まずそうに眼鏡をいじりながら口をもごもごさせている。

 その仕草が先輩なのに可愛らしく見えて、思わず「ふふっ」と声が出た。

 別にこちらも彼の態度に気分を害したわけではないので、おとなしく椅子に座り直す。


「それで……さっきの話の続きだが、君は自分の属性などを、なぜ知らない?」


「実は、一度も調べたことがないのです」


「うん? たしか君は光…いや、検査で魔力持ちと判った時点で、担当官が詳しく調べるはずだが……」


 首をかしげる緑髪くんの隣に第二王子様がやってきた。しかし、先ほどまでのキラキラ笑顔は影を潜め殺伐とした険しい表情。

 殺気まで感じさせるような雰囲気に、こちらまで緊張感を覚える。


「……職務怠慢だな。おそらく、彼が平民だからと侮ったのであろう。身分に関係なく、魔力持ちは国にとって重要な人材であるのに」


 固く握りしめられた拳が小刻みに震えている。

 第二王子様は、かなり立腹しているようだ。


「さっそく父上に進言して、他に事例がないか徹底的に調査をさせるつもりだが、ヒースの意見は?」


「俺に異論はないが、一つだけ質問をしてもいいか?」


「何だ?」


「どうして彼が平民とわかった? 学園内で家名を名乗らないのは、よくあることだよな?」


 前世と違い、平民には家名がない。

 それに対して貴族には家名があり、それにプラスで爵位名がつく。

 貴族が学園内であまり家名を名乗らない理由は、『学園内では、己の身分に関係なく対等な付き合いをしよう!』という学園の理念があるからだ。

 もちろん、平民の私は貴族の方々と対等な付き合いができるなど微塵も思ってはいないが。


「なんだ、そんなことか。答えは簡単だ。母上の話題にのぼらないからだ!」


「はあ? おまえの言っている意味が、俺にはさっぱりわからんが」


 どうだ!と言わんばかりの顔で言い切った第二王子様に対し、緑髪くんは心底戸惑っているようだ。

 

「母上の趣味が、人でも何でも『綺麗なものをでること』なのはヒースも知っているだろう? こんな遠目からでも目立つ容姿をし、年も私と一つしか違わぬ彼が、母上の目に留まらぬはずはないのだ。だから、貴族ではないと判断した」


「おまえ基準であることは理解した。俺には、全く参考にならないこともな」


「ヒースが納得してくれて良かった。では……改めて、私の自己紹介をしておくか」


 突然、第二王子様が私の前にひざまずきそっと手を取る。


「私の名は、ユーゼフ・ルノシリウス。この研究会の名誉会員を務めている。以後、お見知りおきを……ルミエール」


 指先に軽くキスをされ、彼から何度目かの貴族流の挨拶を受けた。

 油断していたから頭が一瞬にして真っ白になり脳内は一時活動停止……そして、すぐに再起動した。


「こ、こちらこそ……よろしくお願いいたします。第二王子殿下」


「うむ、よろしく頼む。ただ、私のことは『ユーゼフ』と呼んでくれ」


「かしこまりました……ユーゼフ殿下」


 満足げに頷いたユーゼフ殿下は「ヒース、あとはよきに計らえ」と言い残し、颯爽と部屋を出て行く。

 あっという間の出来事に、私は椅子に座ったまま呆然と見送ることしかできなかった。


「驚かせて悪かった。アイツは、昔から少々軽薄なところがあってな……」


 緑髪くんがいまだ呆気にとられる私を見て、申し訳なさそうに言葉を繋ぐ。

 ユーゼフ殿下が軽薄なことは、私もよく知っている。

 ループして学園に通うたびに彼は平民のルミエラになぜか興味を持ち、貴族流の挨拶も何度か受けた。

 そのせいで私は周囲の貴族令嬢たちの不興を買い、実家の商会を潰され、我が家は何度も一家離散させられたのだ。

 今回も同じような状況になったが、この部屋には緑髪くんと侍女だけで他に目撃者はいない。

 さらに、私は男に成りすましているから貴族令嬢たちの不興を買うこともないはず。

 多少状況が好転したことに、わずかな希望が見えてきた。

  

「少し驚いただけですので、僕はもう大丈夫です」


「それなら、良いが」


 笑顔を返すと、緑髪くんはホッとしたようにぎこちない笑みを浮かべた。


「それにしても、貴族の方は男女問わずあのような挨拶をされるのですね。全然知りませんでした」


「あ~、あれは……」


 私の問いかけに、なぜか今度は困ったように目を泳がせる緑髪くん。


「君の顔があまりにも……だから、つい、いつもの癖が出た、と思う。普通は……男にあんな挨拶はしない」


「えっ!?」


「大丈夫だ! アイツは昔から女好きだから、問題ない……はずだ」


(これって、私が男装していても全然安心できないのでは?)


 全くフォローになっていない彼の言葉に、不安はますます募っていくばかりだ。


「さて、俺も改めて自己紹介をしよう。俺は、ヒース・アストニアという」


 緑髪くんの名前は、『ヒース・アストニア』。

 初めて会った人だから、きちんと名を覚えておこう。


「ユーゼフから許可が下りたから、今日から君は『奉仕活動研究会』の正式な会員だ。活動は随時行っているから、できるだけ参加をするように」


「はい、頑張ります!」


 今日は話を聞くだけのつもりだったが、いつの間にか入会が決まっていた。


「それと、魔力のことだが、属性や魔力量を一度きちんと調べたほうがいい」


「僕も、そう思います」


 学園に通うならば、必要不可欠なことだ。

 自身の程度を知れば、今後学園内で活動するときの基準にもなる。

 そのためにも、しっかりと確認をしておきたい。


「測定器は担当部署へ申請を行えば貸してもらえるが、時間がかかる。だから、今回はが自作した物を借りることにする。準備しておくので、明日またこちらに来てくれ」


「かしこまりました。アストニア様、よろしくお願いいたします」


「俺には、かしこまる必要はないし、名も『ヒース』でいい」


「ありがとうございます。ヒース様」


 彼は言葉遣いが乱暴なときもあるが、平民の私に対し見下すことなくきちんと対応してくれる。

 しかも、わざわざ測定器まで用意してくれるなんて、本当に良い人だ。


 こうして、私は『奉仕活動研究会』こと(勝手に言い換えて)『ボラ(ンティア)部』の一員として、今後活動していくことになった。



 ◇



 後で思い返してみれば、この時の私はかなり浮かれていたのだと思う。

 王族が名誉会員を務める研究会に平民が入ったら、周囲がどのような反応を示すのか。

 これまでの経験から考えれば、すぐにわかったはずなのに。

 

 その後、自分が次々と面倒ごとに巻き込まれていくとは想像もせずに───



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