第2話 王立学園高等科 奉仕活動研究会(前編)


 貴族用初等科と同じ敷地内にある高等科は、いくつもの建物に分かれている。


 入学式後、小広間に集められた同級生たちを眺めていたが、平民用初等科と比べるとやはり驚くほど生徒数が少ない。

 こちらの世界でも、貴族社会内は少子高齢化が進んでいるのか……なんて毎度同じ心配をしていると、担当講師による学園の説明が始まった。

 

 この学園のことは、説明を聞かなくてもよく知っている。

 四年制だった初等科に対し高等科は二年制。

 最初の一年間は全員共通の講義を受け、二年生からは個々の希望に沿った専門分野を選択する。

 入学試験はないが長期休暇の前に学科試験はあるので、その頃には兄と入れ替わっておいたほうが良い。


(まあ、その学科試験までたどり着いたことは一度もないけどね……)


 ため息を吐きながら、私は家から持参したメモ帳に内容を書き取っていく。

 三か月後に兄が困らないように、円滑に引継ぎができるように、毎回決して準備は怠らなかった。

 兄の意見に従い、メモを書いている字は日本語だ。

 商売人の彼らしく、「外では誰が見ているかわからないから、情報漏洩に気をつけろ!」とのことだった。

 

(悲しいかな、このメモ帳が活かされたことも一度もなかったけど……)


 なんせ、私の学園生活はいつも半月くらいで終了してしまうのだ。

 ついついマイナス思考になってしまうのは、ループしすぎて心が折れかけているからかもしれない。

 

 気持ちを切り替え、今回も一言一句書き漏らすまいと必死になってペンを動かしていると、足元に何かが転がってきた。

 拾い上げた私に「あ、あの……申し訳ございません」と背後から声がかかる。

 声を聞くだけで、顔を見なくても誰か分かる。今回も彼女に出会えたことが本当に嬉しい。

 少しウェーブのかかったミルクティーのような淡い茶色の長い髪を揺らしながら慌てた様子でやって来たのは、ライムグリーンの瞳がとても印象的な可愛らしい女の子だ。

 彼女の名は、シンシア・レスティ。子爵家の令嬢で、私にとって唯一の友人だった。


「ぺ、ペンを拾っていただき、ありがとうございました」


 震える声で礼を言うシンシア様に「どういたしまして」とペンを渡す。

 上げ底靴で身長を高くしているとはいえ、私が多少見下ろしてしまうくらいのかなり小柄な女の子なのだ。

 ちなみに、前回はハンカチを拾ってあげて、それがきっかけで仲良くなった。

 このまま、以前のように親しくなりたい。でも、今の私はルミエラではなくルミエールだから、声をかけることができないのが残念だ。

 何度も何度も頭を下げるシンシア様に笑顔を返し、再び説明に耳を傾けた。


 講義に関して一通りの説明が終わったところで、『研究会について』と書かれた用紙が配られる。

 通常の講義とは別に、各研究会に所属し活動をするというもの。

 話を聞いた限りでは、前世での部活と委員会を合体させたような感じ……らしい。

 なぜ曖昧なのかと言えば、私はこれまで一度も研究会に入会したことがなかったからだ。

 

 研究会への参加は自由で、強制ではないと用紙には記載されている。

 魔法研究会、魔導具研究会、社交研究会、騎士研究会など、本当に様々な研究会がある。

 一つ一つ内容を確認していると、ある研究会に目が留まった。


『奉仕活動研究会』


 その名の通り、病院(規模の大きい治療院)や孤児院への慰問や街の清掃活動などをしている研究会のようだ。

 非常に興味をひかれるが、やはり入会を躊躇してしまう。

 これまで、私は学園内でひっそりと目立たないようにしてきた。それは、ある人物に自分の存在を認識されないようにするためだった。


(う~ん、どうしよう……)


 散々悩み、散々迷う。

 そして、話だけでも聞きに行くことを決めた。

 きっと、これまでと同じような行動をしていても未来は変わらない・変えられない。

 だったら、開き直って少しくらいは学園生活を楽しむのもいいかもしれない。半ばヤケクソ気味のような気もしないでもないが。

 それに、今回の私は女ではなく男の恰好をしている。

 深く関わらなければ、きっと大丈夫だろう───楽観的にならなければ、今度は私が闇堕ちしそうだし

 

 兄からは、学園では好きに過ごしていいと言われている。

 あれこれ制約をつけて登園拒否をされては本末転倒になりかねないと兄は懸念しているようだが、一度引き受けたことを投げ出すようなことはしない。

 今回こそは!の強い思いもある。


 不本意ながら男装で始まった学園生活ではあるが、せっかく通うのであれば前向きに。

 女であることがバレないよう注意しながら、一家離散(バッドエンド)を回避すべく頑張りたい。



 ◇



 うろうろと道に迷いつつ、私はようやく目的の部屋の前にたどり着く。

 『奉仕活動研究会』のドアプレートを確認してからノックすると、しばらくして「どうぞ」と女性の声と共にドアがゆっくりと開いた。


 部屋は、二十畳ほどの広さがあった。

 長方形の大きな机と数脚の椅子、応接用のソファーとローテーブル、一番奥に、執務用の重厚な造りの机と手前に座り心地の良さそうな椅子が置いてある。

 中にいたのは、ドアを開けてくれたメイド服姿の侍女らしき中年女性、緑髪と金髪の二人の男子学生の三人だ。

 侍女は私を部屋へ招き入れると、部屋の隅に静かに控えた。


 執務机で作業中の短髪・緑髪の男子学生は、銀縁の眼鏡をかけた優等生タイプ。

 眉間にしわを寄せ難しい顔をして手元の書類を読んでおり、私には一切視線を向けない。

 金髪の男子学生はソファーに腰を下ろし、優雅にお茶を飲んでいた。

 洗練された所作には品があり、豪奢な長い髪は後ろで一つに綺麗にまとめられている。


(まさか、嘘だよね……)


 目の前の光景に愕然とした。

 なぜこの部屋に金髪くんがいるのか、こんな偶然があるなんて聞いてない!

 このまま「部屋を間違えました!」と出て行こう。

 それがいい。


 サッと向きを変え、すぐさま行動を開始する。

 三歩戻れば出口だから、すぐに廊下へ出られるはずだ。

 

(一歩……二歩……さ───)


「こんにちは、美しいお嬢さん。奉仕活動研究会へ、ようこそ」


 ───ただし、彼に声を掛けられなければの話である


 そして、声を掛けられたら、絶対に無視することはできない。


 金髪くんがお茶を飲む手を止め、まばゆいばかりの笑顔を私に向けた。

 キラキラ光る金髪に茶色の瞳。男性なのに美しいと表現したくなる麗しいかんばせが、私を真っすぐに見つめる。


「あ、あの、僕は男なのですが……」


「ああ、申し訳ない。たしかにその制服は我々と同じで、その声も男の声だ」


 緊張で声が震える。

 いきなり『お嬢さん』と言われ、もう変装がバレたのかと焦ったが、彼が見間違えたらしい。

 この学園内での私の恰好は、兄の制服を着用し、背中近くまであった長い髪を兄に合わせて肩ぐらいまで切ったあと一つに縛り、身長を伸ばすためにあの靴を履いている。

 しかし、『ボイスチェンジャー』のような変声機はないため、意識的に声を低くして喋っているのだ。


「申し訳ございません。どうやら部屋を間違えたようです。では、僕はこれで失礼いたします」


 女とバレていないとわかり、いくぶん落ち着きを取り戻す。

 ごくごくさり気なく、うっかりを装い、そそくさと退散しよう。

 くれぐれも粗相のないように。


「……待て。其方を、このまま帰すわけにはいかない」


「えっ!?(どういうこと?)」


「ヒース、入会希望者だ」


 金髪くんの呼びかけに緑髪くんが顔を上げ初めてこちらに視線を向けたが、私と目が合うと大きく目を見張る。

 どうやら、彼がそんなに驚くほど、私は存在感がなかったようだ。


 金髪くんは、にこやかに微笑みながら私を手招きしている。天使のような笑顔が、私には悪魔が地獄へと誘っているように見える。

 座りたくないけど、座るしかない。

 私を執務机の前にある椅子に座らせると、金髪くんはまたソファーへ戻っていった。


「ユーゼフ、彼は『部屋を間違えた』と言っていなかったか?」


「でも、貴重な人材だぞ。彼が入会するよう、おまえが説得しろ」


「……わかった」


 二人の話が纏まったところで、緑髪くんがこちらを向いた。

 待っている間、私は身動ぎ一つしていない。

 この場からどうすれば脱出できるのか、そればかりを考えていた。


「俺の名はヒースだ。魔法科の二年生で、この研究会の副会長を務めている」


「初めまして、ルミエールと申します。本日入学しました一年生です」


 高等科は、二年生になると専門科目を選択する。

 卒業後、騎士を目指す者は騎士科、魔導師なら魔導師科、魔導具師なら魔導具師科というように分かれており、魔法科は文官を目指している人が多いそうだ。

 まあ、三か月後にいなくなる私には、まったく関係のない話ではあるが。


 余談だが、この国では十五歳で成人と認められ、卒業後は結婚も可能となる。

 貴族令嬢の中には、在学中に婚約、卒業と同時に結婚という永久就職をする人も少なからずいるそうだが、これも平民である私には一切関係のない話だ。


「それで、君は他に入会希望の研究会はあるのか?」


「いえ、特には……」


「一つ質問だが、どうしてこの建物に来た? この研究会に用事でもない限り、ここに来ることはないと思うのだが」


「それは……」


 緑髪くんが鋭い質問を投げかけてきた。

 たしかに、この建物内に他の研究会や学園の施設は入っていない。


「扉の前にも『奉仕活動研究会』とはっきりと書いてある。だから、部屋を間違えようがない」


 緑髪くんが私を真正面から見据える。

 サファイアのような輝きを放つ綺麗な紺色の瞳が、眼鏡のレンズ越しに見えた。




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