ループn回目の妹は、兄に成りすまして学園へ通うことになりました

gari

第1話 プロローグ


 まだ少し肌寒い朝。石畳にコツコツと靴音が響いている。

 中世ヨーロッパのような街並みの中を、一人の少年が足早に歩いていた。


 肩まで伸びた白に近い銀髪を一つに縛り、くっきりとした二重ふたえの赤褐色の瞳。

 彼は周りを行き交う髪や瞳の色がカラフルな人たちの中にあっても、一際人目を引く美少年だ。

 注目を集めているのは、その容姿だけでなく身を包んでいる服にも理由があった。

 ジャケットにズボンの上下ともに白基調の地に紺のラインが入った大人っぽいブレザーの制服は、王立学園高等科の学生であることを証明している。

 

 少年が暮らしているルノシリウス国の王都にある『セントラス王立学園』は、貴族の令息・令嬢が通う学校として有名だ。

 十歳から通う初等科は全員。十四歳から通う高等科も、学生のおよそ九割以上を貴族階級が占めている。

 そんな彼らは、どこへ行くにも馬車での移動が当たり前。もちろん、徒歩で通学する者などいない。

 それなのに、馬車にも乗らず従者もおらず一人で黙々と歩いている学生がいれば、周囲の人々が「貴族なのに、なぜ?」と疑問に思うのは当然だろう。

 しかし、彼らは大きな勘違いをしている。

 

 そもそも、少年は貴族ではない。

 もっと言えば、『男』でもないのだから───



 ◆◆◆



「……ルミエール、ルミエラ。こんなことになって、本当にすまない」


 従業員が居なくなり、商品棚もすべて空っぽの静まり返った店内。

 やつれた顔をした父が、おもむろに口を開いた。

 この近辺では大店おおだなと言われた商会の経営者として、常に身だしなみには気を遣っていた。

 そんな父が、今は見る影もない。

 髪はボサボサ。目は落ちくぼんでおり生気がない。

 隣に立つ母も同様で、化粧っ気のない泣きはらした目は真っ赤でまぶたは腫れている。

 いつも自信満々な兄は、うつろな表情で下を向いたまま。


 「おまえたちには苦労をかけるが、頑張って自分たちの人生を歩んでいってほしい」


 「父さん、私たちのことは心配しないで」


 今の私には、これしか言えない。

 

 父さん、母さん、ルミエール、今回失敗してごめんなさい。

 でも、次こそは成し遂げるから!

 今度こそ、『一家離散エンド』を回避してみせるからね!!

 


 ◇◇◇



 すべては、この言葉から始まる。


「ルミエラ、来月のことだが……」


 兄のルミエールが口にするこの台詞を、私は何回聞いただろう。

 両手の指で数えきれなくなった時点で止めてしまったから回数は覚えていないが、再びこの時に戻ってしまった。

 また、ここからやり直しだ。

 

 なぜか、いつもこの場でおやつの自作クッキーを食べている私は、食べる手を止め兄の言葉に耳を傾ける。


「三か月間だけでいい。俺に成りすまして学園へ行ってくれないか?」


 今回の作戦はどうしよう……と考えていたところで、あれ?と思う。


「えっ、今なんて言ったの? 『』って言った?」


「違う。『』と言った」


「ごめん、意味がわからないんだけど?」


 行儀が悪いなと思いつつクッキーを一枚摘まみ、口をモグモグさせながら首をかしげる。

 兄は、これまでにも無茶苦茶な要求をしてくることはあった。


 自分が学園に行っている間、「俺の代わりに、店の経営を頼む!」

 学園へ通えない自分の代わりに、「おまえが、学園で貴族と繋がりを作ってこい!」

 

 ────などなど。


 しかし、ここまで意味不明なものはなかった。

 今までになかった、新たな展開だ。


「もう一度言うぞ。俺に成りすまして学園に通ってほしい。大丈夫、俺たちは双子だから絶対に誰も気づかない」


「いやいや、誰だって気づくでしょう? だって性別が違うもん」


 いくら双子で顔が似ているといっても、兄は男で私は女。

 体つきは華奢で背も低いし、声も違う。髪だって長い。

 しかし、次々と相違点を挙げていく私に兄は首を横にふった。


「ルミエラ、おまえならできる!」


「……無理」


「最初から、そんな弱気でどうするんだ?」


「だから、私には絶対無理~!」


 こんなこと、やる前から結果は見えている。

 私が女とバレて、学園は退学。自暴自棄になった(闇堕ちした)兄のせいで家業が潰れる。そして、一家離散。

 

 学園を退学になる理由はその都度変わるが、変わらないのは『私が学園を退学になったら、一家離散になる』という結末。もう何度も経験済みだ。

 成功の可能性がないこの計画だけはなんとしても阻止しなければ!と意気込んでいる私は、きっぱりと断りをいれる。それなのに、兄は絶対に諦めない。

 思い返してみれば、兄は昔から諦めの悪い男だった。


「はあ……」


 長く続いた言い合いのあと、兄は疲れたようにため息を吐き黙り込む。

 これまで、あの手この手で私を言い負かそうとしてくる兄が、今日はなんだか様子が違う。

 まさかの展開に「もしや……初めて勝った?」と内心驚いていると、兄は先ほどまでの胡散臭い笑顔を消し去り、冷静な顔で私の顔を見据えた。


「おまえのせいで、店の従業員とその家族が路頭に迷ってもいいんだな?」


「!?」


「俺がやらなければ、うちは潰れて……最後は一家離散だ」


 ……うん、その結末知っている。

 だって、それ経験済みだから。

 


 ◇◇◇


 

 我が家は、町で比較的規模の大きな商会を営んでいる。

 祖父が興した小さな食料品店を、何でも扱う総合商会にまで発展させたのは二代目である父。そんなやり手の父が倒れたのは、つい半月前のことだった。

 原因は、働き過ぎによる過労。

 幸い命に別状はなかったが、しばらくの間静養するため、父に代わり兄が店の経営を担うことになった。

 三代目としてこれまで店の経営にも携わっていたので、これに関しては何も心配はない。ただ一つ問題となったのは、来月に迫っていた高等科への入学をどうするのかということだった。



 ◇



 この国では、三歳と初等科を卒業する十三歳のときに、魔力持ちかどうかを検査することが全国民に義務付けられている。

 とはいえ、魔力があるのはほぼ貴族関係者で、平民が発現するのはごくまれ。それなのに、一か月前の検査で私たちに後発魔力があることが判明してしまう。

 平民でも、魔力持ちは高等科への入学が特別に認められる。つまり、選ばれし者というわけだ。

 貴族と平民で学園自体がきっちりと分けられていた初等科と違い、高等科は身分に関係なく一纏めになっている。周りがほぼ貴族の中に、ポンと平民がほうりこまれる現状。

 それは、私にとっては未知の世界で恐怖以外の何ものでもない。

 当然、進学を拒否したが、兄は自分の経歴に箔がつくと進学を希望した。


 ところが、着々と入学準備を重ねていたところに発生した父の急病。

 これが経営者交代ならば兄も諦めがついただろうが、たった三か月間だけの代理だ。

 今を逃せば、二度と高等科への進学は叶わない。そんな兄が目を付けたのが、進学をせずに家業の手伝いをすることを決めた私だった。

 双子だから顔はそっくりで、父の方針で同じように教育を受けてきたため、多少兄には劣るが成績もそれなりに優秀。魔力は発現しているし、違いといえば男女の体格差くらい。

 つまり、これさえカバーできれば、見た目は完璧な兄ルミエールのできあがりだった。



 ◇◇◇



 額に手を当てた兄が、「父さんがここまで大きくしたのに……」とつぶやきながら窓の外へ視線を向ける。

 朝から降り出した土砂降りの雨は止むこともなくずっと降り続いていて、まるでこの家の未来を暗示しているようだった。


「…………」


 もう、何も言葉が出ない。

 これまで、私は何度も未来を変えようと頑張ってきた。

 私ではなく、予定通りに兄だけを学園へ通わせたことも何度もある。

 もちろん、その逆……どちらも学園へ通わなかったこともある。

 

 しかし、結果はいつも同じだった。


 『兄が学園へ通えば、店が潰れる』ことは確定。

 商会には父の右腕の番頭もいるが、最終的な決定はすべて経営者が行うため、父や代理の兄も不在では店が回っていかないのが実情だった。


 そして、『どちらも学園に通わなかったら、自暴自棄になった兄のせいで家業が潰れる』ことも確定。

 私が学園を退学になったときと同じ状況になるというわけだ。

 兄は学園へ通うことを非常に楽しみにしていた。商会をさらに発展させるべく、学園で貴族との繋がりを作るという野望まで持っていたのだ。

  

「商会を潰すわけにはいかないから、高等科への進学はあきらめるしか……」


 柄になく、生気のないうつろな瞳。

 これは、言うまでもなく『自暴自棄(闇堕ち)エンド』の気配。ならば、私も覚悟を決めるしかない。


「……わ、わかりました。やります! やればいいんでしょ!! 三か月間だけ、ルミエールの代わりを立派に果たしてみ・せ・ま・す!!!」


「よくぞ言った! さすがは我が妹だ。大丈夫、おまえならできる!!」


 兄の表情が、コロッと満面の笑みに変わる。

 満足そうに頷きながら私の肩を叩く兄をジト目でにらみつけたが、言質げんちは取ったと見事に無視スルーされた。

 結局、いつものように丸め込まれてしまった。

 所詮、私では兄に太刀打ちできないことはわかっている。

 わかっているが、おとなしく言うことを聞くのはしゃくなので、毎度些細ささいな抵抗を試みてしまう。


「おまえので作ったあの靴を履けば、身長問題はすぐに解決だ。よかったな!」


「ハハハ……」


 前世の知識が、こんな不本意な形で自分の役に立つ日が来るとは。

 あまりの皮肉さに、乾いた笑いしか出ない。

 

 実は、私は前世の記憶を持っている。

 思い出したのは五,六歳のころだったが、その前世の記憶に上書きされてしまったのか、その頃の現世の記憶だけが今も曖昧なままなのだ。

 私が前世の記憶持ちと知っているのは、兄のルミエールのみ。両親は知らない。

 ある日を境に、突然人が変わったような私に気付き問いただしてきた兄へ、正直に話をした。

 

 前世では、日本という国に住んでいたこと。

 こちらの世界は、前世で読んでいた小説の中に出てくる異世界によく似ていること。

 

 最初は気持ち悪がられるかと思ったが、兄はとても興味を示しいろいろと前世の話を聞いてきた。

 経営に携わるようになってからはそれらをもとに商品開発をするなど、家業に多大な貢献をしている。

 兄が言う『あの靴』もその内の一つである『シークレットシューズ』のことで、身長に悩む世の老若男女たちの支持を集め商会のヒット商品となっているものだ。

 

「これで、俺も心置きなく仕事をすることができる。感謝の気持ちとしておまえにご褒美をやるから、何がいいか考えておいてくれ」


「……わかった」


 ご機嫌麗しい兄へ告げたい。

 私が今一番欲しいのは『学園へ通わなくてもいい権利』と『一家離散が回避できるすべ』だと。

 でも、そんなことは口にできないので、ここは素直に頷いておく。

 

 私が学園へ行けば、また『彼』と関わりを持ってしまうことになるのだろうか。

 関わったら最後、我が家を一家離散へと追いこむきっかけとなる要注意人物。

 来週からのことを思うと、天気の悪さも相まって非常に気が重い。

 せっかくだからご褒美に高い物を要求してやろうと、策略を巡らせることで気を紛らわせたのだった。



 ◆◆◆



 私は黙々と道を歩いていた。

 

 学園近くになると、横を通り過ぎて行く馬車から高等科の制服を着ている私に対し遠慮のない視線を感じる。

 それは、馬車の窓からだったり御者からだったり、とにかく、あまり気持ちの良いものではない。

 徒歩通学をしていることが、さぞかし物珍しいのだろう。


 我が家にも馬車はあるが、一台だけなので通学に使用することはできない。

 そもそも、お尻の痛くなる乗り心地のあまり良くない馬車は好きではない。

 前世では、出かける時は徒歩か自転車か公共交通機関だったから、現世でも歩くことは決して苦ではない。

 ただ、自転車みたいな移動手段があればいいなとは思っているので、今度絵を書いて兄に相談しようと心に留め置く。


 こうして徒歩約三十分の道程を歩き終えた私は、学園の門をくぐったのだった。



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