第6話 魔力の測定(後編)


「ヒ、ヒース……これは」


「予想通りか……」


 興奮を隠しきれないランドルフ様と、思った通りだと大きく頷き納得しているヒース様。

 二人の反応にはかなり温度差があるなと、私は呑気に眺めていた。


「それで、僕の魔力について何かわかりましたでしょうか?」


 メモリを見てもさっぱり理解できない私は自分で考えることを早々に諦めて、二人に意見を求める。

 一瞬顔を見合わせた二人は、まるでタイミングを計ったかのように同時に口を開いた。


「ルミエールくん、君は全属性持ちだ!!」


「君はどうやら、全属性のようだ」


 やはりここでも、大興奮状態のランドルフ様と落ち着いているヒース様に分かれた。


「えっと、それはすごいこと……なんですよね?」


 つい疑問形になってしまった。

 全属性持ちというと、小説の中では召喚された勇者とか、自分のような異世界からの転生者が持っている設定が多かったと思うが、この世界ではどうなのだろうか。

 この国の基準を知らないので、こっそり探りを入れる。


「貴族でも、全属性持ちはなかなかいないんだぞ! しかも、君は魔力量も多いんだ!! これは、すごいことなんだよ!!!」


 どうやら、この国でも珍しいことのようだ。

 興奮し鼻息の荒いランドルフ様の様子に、さすがの私も察する。

 いわゆる『チート能力』と呼ばれる物をまさか自分が持っていたなんて、想像もしていなかった。


「君は、あまり驚いていないのだな?」


 訝しげな顔をしたヒース様へ、肯定の意味をこめて大きく頷き返す。


「そうですね、全属性や魔力量が多いと言われても、実感は全くありません。なんせ、魔法を行使するどころか、魔力を感じたことさえありませんので」


 つい先月、後発魔力があることが判明したが、ただそれだけ。

 平民は貴族と違い、周りに魔法や魔力の使い方を教えてもらえるような環境はないのだ。


「魔法を行使したことがない? そんなはず……いや、平民であればそうだな。ただ、魔力の流れだけは掴んでおかないと、講義のときに困るぞ」


「じゃあ、さっそく僕がルミエール君に手取り足取り……」


 自分の出番だとばかりにニコニコしながら近づいてきたランドルフ様の腕を、ヒース様が思いっきり引っ張った。


「ラ・ン・ド・ル・フ」


「わ、わかっている。ちゃんと許可をもらうつもりだったぞ!」


 おそらくランドルフ様は、先ほどの約束を綺麗さっぱり忘れていた模様。

 慌てて言い訳を始めた彼を「信用できん!」と一刀両断したヒース様は、私に視線を向けた。


「君に魔力の流れについて教えたいが、その……直接手に触れながら教えるのが一番効率的だ。だから……いいか?」


「いいか、ですか?」


 いいか?とは、どういうことなんだろう。

 意味がわからず私が首をかしげていると、ヒース様は軽く咳払いをした。

 困った表情でこちらを見ている。


「だから、俺が君の手に触れてもいいか?と尋ねている」


「ああ……そういうことですか。もちろん、構いませんよ」


 私の周囲は、家族を含め直球で物言う人が多い。

 遠回しに言われると、理解するのに時間がかかってしまう。

 いきなり手にキスをしてきたりハグをしてきたりする誰かさんたちとは大違い。ヒース様は紳士だった。

 目の前に両手を差し出すと、ヒース様は自分の両手を上にして、それぞれ手のひら同士で重ねた。


「今から、君に俺の魔力を少しだけ流す。血の繋がりのない他人の魔力に体が反発して、おそらく違和感があるだろうが、体内魔力の動く感覚をつかむまでの辛抱だ。では、流すぞ」


 目には見えないが、両手から何か温かいものがじんわりと入ってきているような感じがする。

 私の指先は前世の冷え性を受け継いでいるのか、年がら年中冷たい。その指先がお湯に浸けた時のように温かくなってきて、次第にそれが体全体へ広がってきた。

 まるで、ぬるま湯にどっぷりと浸かっているような心地良さ。目を閉じたら、そのまま眠ってしまいそうだ。

 ヒース様は違和感があると言っていたが、そんなことは全くなかった。


「おい、大丈夫か?」


 ヒース様から声をかけられ、ハッと意識が戻ってきた。

 もう少しで立ったまま寝てしまうところだった私は、無理やり意識を覚醒させる。


「すみません、ボーっとしていました」


「そろそろ気分が悪いだろう。無理をせず、一旦休憩するぞ。テレサ、お茶を頼む」


 ヒース様は手を離すと、テレサさんへ目配せをした。





「ねえ、ルミエール君、感覚はつかめた? 気持ち悪くなかった? 今はどんな気分?」


 ソファーに座り、テレサさんの淹れてくれた美味しい紅茶を飲んでまったりとしている私に、ランドルフ様が次々と質問を浴びせてくる。

 彼は魔導師科を専攻しているだけあり、魔力に関することには興味があるのだろう。


「えっと……魔力の流れはまだ掴めていませんが、気分は悪くありません。どちらかと言えば、良いくらいですよ」


 温泉の炭酸泉に浸かったあとのように体がポカポカして、血行が良くなった気さえする。

 もしかしたら、魔力は体に良い作用があるかもしれないと思うくらい調子が良いのだ。


「……………えっ!?」


 私が上機嫌で答えたのに、ランドルフ様はなぜか絶句。

 隣に座っているヒース様にいたっては、手が滑ったのかソーサーの上にガチャンとカップを落とした。

 普段使いでも明らかに高級品そうなカップ&ソーサーの無事を、ひっそりと心の中で祈る。


「なあ、ヒース……ルミエール君が女の子だったら良かっ───」


「……余計なことは言うな」


「はい、はい、」


 ランドルフ様が言いかけた言葉を途中で遮ったヒース様は、目を閉じそのまま黙り込む。

 その後、ランドルフ様がいくら話しかけても彼は曖昧な返事しかせず、結局、本日のボラ部はここでお開きとなったのだった。



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