第15話魅惑

現実は……とてもまばゆい光を放ち、俺達を見つけるんだ。

どんな小さな罪もかくせないように。


whOlE*lOttA*lOvE

Stairway to Heaven (Remaster)

https://www.youtube.com/watch?v=iXQUu5Dti4g



教授は言い切った後も俺から眼を逸らさないる。

これは……俺の知っている教授じゃない。

「どうしてそんなことを……そんな風に」

なにをどう言えばいいのかわからない。

『なんて顔すんだよ』

俺も教授から視線を外せない、こんなに見てはいけないと思っているのに。

「ハル、わからないの? ほんとうに?」

教授の表情と声が、俺の体と心のどこか奥をどうしようもなく掻き乱している。

「俺、俺は何度も言ったよハルに……俺は」

眩暈がする、いやそうはっきりとした眩暈というのではない、ただ脳がぴりぴりといやに不安定な信号でいっぱいになるんだ。

この顔は教授なのか?

だめだ見えない、俺は目を擦りながらうなじを折った。だがどこを見ているのか自覚できない。すると、教授との過去の情景が乱雑に浮かんでくる。

「ま、まって」

思わず声が漏れた。

俺は怖れている、なにかが起こる、そんな気がする。不安しかない未来が迫ってくるようで、不意に顔をあげて教授のことを確認しようとした。


……大きく切れ長で睫が多く綺麗に並んで下を向いている眼。いつも重そうに瞼をあげる教授。

どっきりとするほど色っぽく人を見る眼、少し斜視で、どこを見ているのか考えさせる視線、みなが言う知的なイメージ。

それから、いつも艶艶と濡れている厚い上下のクチビル。俺達は似ているとよく言われたが、教授のクチビルは特別人の眼を惹く。

初めて逢ったときから同じ種類の顔だと周りから言われることが多くて、なんだか親近感を抱いていた。男らしさを比べられることがなく、それが心地よかったからだろう。

だけど俺は、教授の、このクチビルがもつ独特の雰囲気は、俺なんかとは違ってなにか本当に特別な意味があるものだと感じていた。


教授は大声をあげたり、大口をあけて笑ったりはしない。いつも口を結んだまま笑うんだ、瞳を伏せて。閉じたままのことが多いクチビルなのに、たまにそのクチビルを割ったすきまから覗く舌が赤くて、真っ赤で、舌の先が細くて、なんだか……妙な気分になるんだ。

そう……教授のクチビルから眼が放せないときが何度もあった。

『ダメだ、何か起きたら俺は……』

呼吸を忘れる、俺は教授の顔を見たままきっと苦しそうな顔をしている。

「厭なら言わない」

哀しそうにふつりと言う教授。

「あっ、ああちがう、俺なんだろね、ごめん」

何が言いたいんだ、俺は。

「いいよ、もう」

教授が眼をこする。

「あ!」

教授を、泣かせた?

嫌なのに、厭だったのに、泣き顔をみるのは、泣き顔にさせるのは。

「わかった、わかったから言ってくれよ。約束したもんな、悪かったよ俺」

俺は聞きたい、とも思っている、この先を。

なんとなくおぼろげに感じてるコノ感覚を、この感覚の正体をハッキリさせてみたいのかもしれない。

「そうだよ、約束だもんな。話して?」

俺は覚悟を決めていた。

いや、もう知っているんだよ、この先を。


そうだよ、な。

何度も、何度もお前は言っていたよ、な?

俺に『スキ』を。


「イイの?」

「うん、イイよ」


俺は、まるで呪文を待つように、教授のことを見つめて息を殺した。


「アリガト」


教授は長くて細い指先で涙をすくうと、また、ゆっくりと俺の瞳を見つめなおしてくる、見つめられて俺は、気持ちが浮ついたようになって、少しだけ、ほんの少しだけだけど視線を外したくなった。


「ずっと……なんだ、オレ、ハルが」


紅く染まりはじめる眼のふち、


「ハルがスキだ」


教授はかぼそい声で言った。

この瞬間、俺の体はさっきよりも強い浮遊感をおぼえた。胸の奥では電気の吹き溜まりがぴりぴりと音を立てるみたいにざわついている。そして脳内はまるで蕩けるようにただたゆたう、スキという言葉の前で。


イヤ、じゃない。

イヤになんかにならない、あのクラスメートに告られたときとは違う。ドキドキするんだ、心地いい快感がある。童貞を失ったときより、あの体験より、先輩に抱きしめられたときの、あの興奮よりも!


甘酸っぱいものが胸を駆け抜けている、俺はもう、教授から眼が放せないでいた。

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