第13話友情

現実は……とてもまばゆい光を放ち、俺達を見つけるんだ。

どんな小さな罪もかくせないように。


whOlE*lOttA*lOvE

Deep Purple - Child In Time - Live (1970)

https://www.youtube.com/watch?v=OorZcOzNcgE



 アンと別れた俺は教授の家へむかった。だめもとでも会えたらいいなって。

いつもの近くの公園から電話する、教授の家は3階だてで各フロアに電話があった。3階の電話は教授の部屋へ繋がる。教授は携帯を禁止されていたから、いつも直接部屋へ電話するしかなかった。

……プルルル

頼りない呼び出し音が想像していた教授の顔を、不安げ、な表情だと思わせる。

「ダレ」

無機質な声。

「ごめん俺」

「ハル!?」

教授が少しだけ声を高くした。

「そう、ごめんな、寝てた?」

俺は声を小さくして尋ねた。

「はは、大丈夫、起きた」

クスクス笑う教授の声に少し安心した俺。

「どした?」

今度は教授が声を小さくする。

「あのさ、会いたいんだけど?」

訊く、というよりお願い、少し強く言った。

「待って、時間は……ああママに訊くから待ってて」

もう、10時をまわっていた。

教授が受話器を置く、保留音、聞き覚えのある曲が流れている。

「ハル、今どこ? いるか公園? 迎えに行くから!」

教授が早口でそう言って電話を切った。


俺は公園で待った、いろんなことを考えながら。

いっぱい話そう最初から話そう……そうだ、いろんな話をしてやりなおすんだ、だなんて試験前の自分を立て直して気合いを入れるときみたいな気分、なんだか新しいスタートが待っていそうで俺は一人で胸を躍らせていた。そう、俺は、この時からもう自分のことしか考えられていなかった。


教授が見える、走ってくる、ステップ音が俺の心臓みたいに小刻みだ。

「ンハァー、ハヤク! 親父今帰る、から!」

「?」

「いえにぃ……ンふーっつ、きてっ!」

「イイの?」

と言うか言わないかで教授が俺の手をとって走り出した。

途中で教授が振り向き手を放す、『早く』と俺に言い、俺達は更に速度を速めて教授の家へ向かいバタバタと3階へあがった。

初めてだ、応接間を通らずにここへ来たのは。

「ママが親父がいないうちに上に行きなって」

と、息もきれぎれに言う教授。

「内緒?」

「うん」

胸に手をあてながら楽しそうに教授が言う。

「わかった」

楽しそうな表情につられて笑顔だが、内緒だと聞いて俺は声を潜める。

そんな俺へ向けてにっこりと笑う教授。

そうだこの顔、こんな顔をして俺のことを受け入れてくれる。俺はまじまじと教授の顔を見てしまっている。

「あは! だから声いいよ、フツーで。下には聞こえないよ!」

また教授が笑った、俺もつられて、また笑った。

「で、泊まんなきゃだね今日は。明日さ、朝は親父が出かけるからね、メシもそのあと。イイ? 大丈夫?」

「うん。悪いね」

初めて教授の部屋へ泊まる。

なんだか、少し緊張するな。


 10畳ほどのスペースは綺麗に片付いていた。

白と水色とオレンジで纏まっている部屋、地中海を思わせる部屋、なんとなくそう感じた。それから教授が俺にパジャマを貸してくれた。

うすい水色に黄色いラインをはさんだストライプが縦に走っている爽やかなパジャマだ。

けど、ちょっと小さいな。

俺も大きい方じゃないけれど教授はもっと小さかった。俺のことを女みたいだと言う奴がいるが、俺からすれば教授の方がその言葉にあっている気がする。

部屋中に、教授の匂いがする。

グレープグミの甘ずっぱい匂いだ。

「飲む?」

そう言って教授がお気に入りのレモンティをくれた。


会話が途切れる。


いっぱい話そう、なんて思っていたくせになにも浮かんでこない。どうしよう、なにから話そうかと迷っていると、

「J、あれからどうした?」

不安げに、俯いたまま教授が訊いてきた。

「すぐ帰っちゃったよ。んで、アンと俺も片づけを手伝って帰ったよ」

「J、なんて言ったの? ンと、俺と……俺とJのこと」

とても地下深いところから聞こえるみたいなくぐもる声。

「うん……なにも、だよ? なんもないよ、で、俺言ったんだ。教授と俺は友達だって」

教授がハッと顔をあげる。

俺のことをまっすぐ見た。

「どうして? どして? どんなハナシをしたの?」

しまった、余計なことを、焦る俺。

「あの、だからね、Jと教授のことはなにも、なにも言わなかったけど、お前と俺のことをなんかさっ、ん、誤解してたみたいでね」

どう説明していいのかわからず声が尻すぼみになる。

「ハルと、オレ」

教授は複雑な表情をしていた。

「ああ、なんか俺達がね……なんかあるみたいにさ……だからさ、友達だって言ったから」

俺はなるべく明るく答えた、つもりだ。

「信じた?」

俺はそこで思い出した。

Jはムカつくと吐き捨てて帰ったことを。でも、なににムカついたのかということを俺には説明ができない。

俺にうっすらとわかっていたことはカラダノコトを訊かれていたということだけ。

だけど俺にはわからないんだよカラダノカンケイというのがなんなのか。だから俺は『信じた?』と訊かれたことにもしっかりと答えることはできない、でいる。

そう、俺にはなに一つ、自分の言葉で伝えられることは一つもなかったんだよ……なに一つ理解できてはいなかったんだから。

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