第8話抱擁

現実は……とてもまばゆい光を放ち、俺達を見つけるんだ。

どんな小さな罪もかくせないように。



 教授のベースカバーが、蛍光灯でキラキラひかる。

俺の前を歩く教授。速くもなくゆっくりでもなく修行僧のように、黙々と歩いている。俺達はいつもの公園にたどりついた。

教授はいつもブランコに乗る、俺はいつも柵にまたがる。

教授のこぐブランコがうすい音でないていた。

教授がまず俺に謝った、俺は慌てて本当に誤解だと説明した。

「わかってる。そうじゃなくてさ、 黙って帰ったことだよ」

「ああ、なんだそっちか」

俺が妙に上ずった声でそう言うと途端に、なんだか2人で馬鹿らしくなってきて、同時にふきだした。今度はいつもの俺達がそこにいた。

「で、カノジョ? なの?」

俺はごくごく自然に訊いた。

「あ、チガウ。紹介ってか、誘われて」

「そか。だいじょうぶ、だったの?」

「うーん、うん。 悪くなかったぜっ」

教授は小さく笑ってすぐにこう言った。

「だってずっと、ずっとこのままじゃヤバイじゃん? オレラ」

『ヤバイ』と言ったのは教授が自分のことを指して言っているんだということはわかっている、だけど、これは俺のことでもある。かける言葉がなかった。

「……」

「けっこーなオバサンでさ。体中舐めんだよ」

「……」

「で、何回も何回もタタセルンダ」

「……」

「ってか、タッタ。はは。オレ、男だ、マチガイないよ」

「……」

「……けどさあ、けどオレがなめんのマジでヤでぇ……ハイタ」

「……」

「なのにさババァさ……オレの」

「も、イーよっ!」

「……うぅぅ」

「いいよ、もぅ」

教授が嗚咽をこらえている。

俺は、ブランコへ向かった。教授へ近づいて腰をかがめて、教授の左肩に右手を置きぐっと握った。教授は俯いて右手で顔を覆っている。不規則に肩が上下するたびに、教授が声を漏らす。

胸が騒いだ。

なんとかしてやりたい、わかってるよって言ってやりたい、俺は理解しているんだってそう言ってやりたい。と、俺は教授のことを引き寄せようとした、教授を抱きしめようと。

教授はおでこを俺の胸にあずけた。

そのせいで互いに直に体は触れなかったけど、俺は右手を教授の肩から背中にまわしてふんわりと抱きしめた。

思わず抱きしめた教授は、見た目よりも痩せているような気がした。

……甘い、甘い匂いが鼻をぬける、いつものグレープグミの匂いだ。

「アリガト」

申し訳なさそうにしずかに教授が俺から離れた。心臓が少しだけ……高く、跳ねている。それから俺達は、近くの自販で紅茶を買って、ただ、しずかに笑いあってしずかに別れた。


 家に戻っていつものように真っ先にシャワーを浴びて、そして、いつもより早めに部屋へ入った。

複雑だった。

頭の中で色んなことがぐるぐるとめぐった。

『俺達はやっぱり普通じゃない』

といつのまにか自分へ言い聞かせるように、ぽつり、とつぶやいていた。

本当だ、このままじゃいけない、俺達は大人になる。このままじゃ……いったいどんなことになるんだ?

教授の泣き顔が俺のことを不安にさせる。と、同時に、やわらかく、ふんわりとあったかいものが俺に、俺の腕にまとわりつく気もする。

教授を抱きしめたときの感触、心臓が勝手にトクトクと音を速めている。いけないと思っていても、ピリピリとした気持ちいい刺激が、腰をなでるように広がりはじめる。

『あ……センパイ』

俺は覚えたての快楽を、自分で呼び起こそうとしている。あの女がしたように、左手でゆるくいいところを握って、刺激する。徐々に、にぶくソコが疼きだす。

『もっと欲しい』

俺は、右手で強く握りなおした。

一気に熱を上げたくて。

『ぁ、あ、はぁっ』

左腕にまで力が入る、もう、この快感を手放せない。

すると教授の泣き顔がよぎった……が、振り切るように手を速めてしまう俺。


『ンンッ、くーッ……』


覚えたての興奮と快感に負けてしまう自分。オオツ先輩のことを想う自分、男に対する欲求……吐き出された自分の欲が情けなく見える。

泣くことも笑うこともできない

教授を抱きしめた俺は、俺自身を抱きしめたかったのかもしれない。

例え、どんな風にイき果てても虚しい快楽の果て。

だって俺はまだ、本当の快感を知らずにいたんだ。

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