Piscine

 十年前ぐらいに念願のマイホームを買いましてね。

 当時勤めていた部署でそのことを話したら、じゃあ今日は祝い酒だな!ってなって、仕事終わりに飲み会になって。

 みんな普通に祝ってくれたんですけど、その時の上司だったF部長って人だけが、ずっと「ちゃんと曰くとかないか確認したか?」「ちゃんと不動産屋に話を聞いたか?」って何回も何回も訊いてくるんです。


 その家は中古だったんですけれども割と新しくて、前に住んでいた人とも少しやり取りをさせて頂いたので、何も問題はないんですよ。

 でもそれを伝えても、「大丈夫か?本当にちゃんと確認したか?」みたいなことを言ってくる。


 表情を見ても真面目に言っている感じだし、それにF部長って気さくではあるんだけど、そういう変な冗談を言うタイプじゃないんですよ。

 だから、なんかあったんですか?って訊いてみたんです。

 そしたら、F部長が

「いや、家買った奴にこういう縁起でもない話をするのは良くないかなと思ったんだけどさ…」

 って言いながら話してくれた話なんですけど。


 そのとき既に五十代だったF部長が新入社員だったころの話だ、って言いますから、今からだと…もう数十年ぐらい前の話だと思います。


 F部長のお友達に、不動産屋さんに就職した人がいまして。引っ越しのときにはいつも世話になってたらしいんですけど。


 で、何回目かの引っ越しのときに、物件の内見を終えて外に出たら、もう結構…夜の七時ぐらいだったらしくて。

 そしたら、その友達が

「もうこの後は店じまいで予定もないから、ちょっと曰く付きの家を見てみないか?」

 って言い出して。…今で言う事故物件ですよね。

 その物件の鍵とかを持っていたわけじゃないから中にも入れないし、だから肝試しとまでは行かない。けど、まあ夏だし、ちょっと話のタネにそういう家を見に行かないか、となったらしいです。

 で、F部長もちょっと面白そうだな、と興味を持ったらしく、じゃあ行こう、と。


 社用車を走らせながら、友達がその物件の曰くを語ってくれて。


 なんでも、その家には若い夫婦とその子供…二、三歳ぐらいの小さい子供の三人で住んでいたらしくて。

 でも夏のある日に、庭にビニールプールを出して家族三人で遊んでいたら、親二人がふっと目を離した隙に、子供がビニールプールの中で亡くなってしまったらしいと。溺死なのか、それとも別の理由なのか、そこまでは友達も知らなかったみたいですけど。

 それが原因で夫婦も…当然ですがちょっと病んでしまって、夫婦生活が上手くいかなくなって、それで離婚して空き物件になったんだ、と。

 それで、事故とはいえ人が亡くなった物件なので、所謂…心理的瑕疵物件ってやつですね、そういう扱いになっていると。やっぱり子供が亡くなったらしい、というのは一軒家の購入を希望する家族連れにはやはり印象が悪いらしく、一向に買い手が付かない。


 そういう話をしてくれたらしいです。

 …こういう話、不動産屋さんって物件の購入を検討している人以外には言っちゃだめですよね、多分。まあ、緩い時代でしたから…。


 で、話をしているうちにその家の近くに着いて。

 車を降りて、二分ほど歩いて、友達が

「ああ、あの家だよ」

 って指差した方に歩いていって。

 そしたら、その曰く付きの家の脇に街灯が立ってて、ちょうどその家の辺りが照らされていて。お、様子見れるじゃん、ってなって敷地内をちょっと覗き込んで。

 柵越しに家の庭をちょっと覗き見たそうで。

 そのまま二人ともすぐ逃げ帰ったらしいです。


 なんでも。

 誰も住まなくなって何年も経っている家の庭には絶対にあるはずのない、真新しいビニールプールが一個、ぽつん、と置かれていた、と。


 それ以来、F部長は引っ越しをする時にはとにかく慎重に下調べをするようになったそうで。

 F部長が体験談を話し終わった後に、

「だって…こんなの、生きた人間がやってる嫌がらせだったら本当にヤバいし、そうじゃなかったらもっとヤバいだろ?」

 って言ってたのがとても印象に残ってます。

 本当に…どう解釈してもダメな話ですもんね、これって。

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Quiet Places 高橋知秋 / 野沢塩 @shio_chiaki

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