Télévision
なんか、子供のころにテレビが苦手で。今はそこまでではないんですけど。
でも、普通…逆じゃないですか。子供なんてみんなテレビが好き…今はそうでもないかもしれないけど、そういう世代でしたから。
だから学校行っても全然友達と話が合わなくて苦労したんですよね。周りはみんなアニメとかバラエティとか見てるから。
まあ、話題振られても「興味がないから」で乗り切ってたし、それでなんとかなってましたけど。
で、なんでテレビが苦手になったかと言うと。
これ、…記憶の…なんていうのかな…僕の中の記憶のせいなんですよね。
いつ頃の記憶かは、正確には分からなくて。感覚としては…たぶん四歳ぐらいだと思うんですけど。
昼間―正確な時刻は分かりませんが、午後の二時とか、本当に真昼間の感じです。
何故か、僕は家にひとりきりで。前後の記憶は欠落しているので、何故ひとりでの留守番だったのかはわかりません。
で、なんとなくの好奇心で二階に上がっていく。
階段を上がり切って、二階の廊下を見たとき、ふいに、テレビを見よう、と考える。
僕の実家は二階建てなんですけど、二階に姉の部屋があったんです。
姉と僕は八歳ぐらい離れていて、当時すでに姉は中学生ぐらいでした。だから姉の部屋には小さいブラウン管のテレビがあった。
何故一階のリビングの大きいテレビではなく、姉の部屋の小さなテレビを見ようと思ったのかは全然わからないんですけど…悪戯が好きな子供だったので、折角家にひとりでいるんだから、という意識がはたらいて、少しでも背徳感がある方を選びたかったのかもしれません。
それで、姉の部屋の扉を開けたら。
誰かが部屋の真ん中にいる。
最初は姉も留守番をしているのか、と思うんです。でも、髪形も背格好も明らかに姉じゃないんですよ。
え?と思ってよく見ると、それは明らかに家族と関係ない女の人で。
こちらに背を向けているから顔は分からないんですけど、どう見ても母親とも姉とも体系が違うし、それに全く見たことのない服を着ている。
全体的なファッションは覚えてないんですけど、薄緑色の上着を羽織っていたことはやけに記憶に残っていて…そんな服、うちにはなかったと思うんですよね。
で、彼女は何をしているのかと言うと、部屋の中心に正座をして、じっとテレビを見ているんです。
どんな表情をしているのかはわからないんだけど、全く身動き一つせずに、テレビを見つめていることだけは確かで。
それでブラウン管に目を向けると。
大勢の人がこっちを見て大笑いしているんです。
最初はバラエティ番組のスタジオ観覧の客の爆笑を映しているのかと思ったんですけれど、…長いんですよ。十秒経っても、二十秒経っても、三十秒経っても、ずっと大勢の人が狂ったように笑っている様子を映し続けている。
状況の異様さに呑まれていてわかってなかったんですけど、そこで初めて大勢の人の笑い声が、部屋いっぱいに響いていることに気づいて。
で、目の前の女性は、やはり身動き一つせずにそれをただ見つめている。
その状況が二分ぐらい続いたのかな。
子供心にいい加減頭がおかしくなりそうだぞ、と思ったその時。
目の前の女性が、ゆっくりと振り向き始めて―
そこで記憶が途切れてるんですよ。
子供の頃の僕は、これをものすごく怖い体験として記憶していて、だからテレビを見る度にこの記憶を思い出してちょっと憂鬱になっちゃってたんですよね。
そのせいで積極的にテレビを見る子供ではなくなった、っていう。
ただ、中学生ぐらいになったときには「あれは怖い夢かドラマのシーンか何かだったんだろう」ぐらいに思ってて。
相変わらずテレビを積極的に見ようとする人間ではなかったんですけれど、恐怖心や憂鬱さはだいぶ薄れてたんですよね。
でも、ある日の食卓で姉が急に、
「そういえば、あんたが私の部屋で倒れてたことがあったよね?」
って言い出したんですよ。
直感的に(絶対あのテレビの時のやつじゃん!)って思ってすげえビックリして。
「え、それいつ頃?」
って訊き返して、姉が
「えー?でもあれって大体あんたが四、五歳ぐらいの―」
と答えだした辺りで、急に母が物凄い真顔で
「その話は止めなさい」
って。
その話は止めなさい、って言った時に母が出してた雰囲気がものすごくて…それ以降、僕も姉もなんとなくその話題は避けるようになっちゃって、未だに互いに詳しいことは訊いていないんですけど。
ただ、またテレビを避けるようになるには十分すぎましたね、アレは。
で、さっきも言ったように、今はテレビに対する苦手意識ってそんなでもなくて。
僕は一人暮らししてるんですけど、いま住んでる家にも普通にテレビがあるんですよ。
今になって、あれ「テレビ」が怖いんじゃなくて「あの家でテレビを見ること」が怖かったんじゃないかな、ってちょっと思うんですよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます