Fenêtre

 子供の頃…というか幼少の頃ですね、私たち家族は所謂「転勤族」で。

 私が小学校に入ったのを機に、流石に多感な時期に転校ばかりはマズいだろうという理由で、父が会社にお願いして単身赴任で各地を回るスタイルに変わって、それで一家で引っ越しすることはなくなったんですけど、それまでは一家でいろんな地方を転々としてたんです。

 だから、幼少期の「地元の記憶」が、もう色んな家とか地方とかがごっちゃになっちゃってて。子供の頃のことだからなおさら。


 だからこの記憶も、何所の土地のどの家の記憶なのか、いまいち判然としないんですけど。


 たぶん四歳ぐらいの時だと思うんですけど、団地かマンションの、結構高い階…例えば八階とか九階とかの高層階に住んでいたことがあるんです。

 当時預けられていた幼稚園に行くために、古いエレベーターに毎朝乗っていたのを覚えていて。

 あと母がそこのベランダから下の駐車場に洗濯物を落としちゃった…ってことがあったのも、ぼんやりと覚えています。


 で、その家の…どの部屋かはよく覚えていないんですけど…とにかく、その家のどこかに大きな窓があって。

 そこから外を覗くと、向かいに建っている大きめのマンションが見えたんです。

 向かいのマンションは私たちが住んでいた建物の結構すぐ近くに建てられていて、…例えば、カーテンが開いている部屋の窓を目を凝らしてよーく見てみたら、あ、あの部屋いまテレビが点いてるな、って分かるぐらい近かったんですよ。流石にどういう番組を見ているかまでは分かりませんでしたけど。

 子供心に人の生活を覗き見ることに面白さを感じて、よく窓からマンションの様子を見ていたんですけど。


 …ある部屋の窓に、男の人が貼り付いていた記憶があるんですよ。

 その部屋の窓は、どの時間、どのタイミングで見ても必ず男の人が貼り付いていたんです。

 いえ、窓の外側に貼り付いてるんじゃなくて、内側…部屋の中からでしたね。

 こちらの建物を見つめる感じで、ガラス窓にべたりと…両手を顔の辺りまで上げた形で、貼り付いていました。


 当時はそれを全く不思議に思わなくて。

 まあ、そういう人もいるんだなあ、ぐらいに思ってたんですよ。テレビドラマでたまに見かける、おまわりさんの張り込みみたいな仕事をしてるのかな、って考えたこともあって。


 もうちょっと年齢重ねた辺りで不意にその記憶を思い出したときに、あれは流石におかしくないか?って思って。

 毎日どの時間に見てもいるって、それ自体おかしいじゃないですか。ずっと部屋に引きこもっている人だったのかな、とも考えたんですけど、どんなに部屋の中に引きこもっていたとしても、流石に部屋の中では移動するでしょう。


 え~、あれ何だったんだ?って色々考えているときに、気付いちゃったんですよね。


 その男性はいつ見ても、同じ服装で、同じ髪形で、同じポーズだったんです。

 薄いオレンジ色のシャツで。

 ツーブロックに近い、短い髪で。

 それで、両手を顔の辺りまで上げたポーズで。

 いついかなる時に見ても、必ずその見た目、その姿勢でした。


 いやいやいや、おかしいって、ってなって、一気に怖くなってきた時に、もう一つ思い出したんです。


 私とその人、必ず目が合ってたんです。

 つまりあの人は、私の方をずっと見ていた。


 それに気付いて以降は…この記憶についてはあまり深く考えないようにしています。人に話したのもこれが初めてで。

 …深く考えて、もっと細かいことを思い出したら、なんか良くないことが起きる気がして…。

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