Image fixe

 私が子供のころ住んでいた家ってのが、もともと父の両親が住んでいた古い家で。祖父は私が一歳か二歳ぐらいの時に亡くなっていて、祖母もその二年後ぐらいに亡くなっているんですけど。


 今から二十年ぐらい前…だから二〇〇〇年代初期ですか。当時の基準からしてもめちゃくちゃ古い家だったんですよ。なんて言うんですかね…そこまで大きな家じゃなくて小ぶりな家なんですけど…昔の日本映画に出てきそうな感じの雰囲気…って言ったら伝わりますか?

 まあ…めっちゃ古い家なんで、時間が経てば経つほどに虫が入ってきたり空調が効きづらかったり、そういうデメリットが目立ち始めたんですよね。あと単純に老朽化とかも不安で。

 だから、私が十歳ぐらいの時に流石に家を買い替えよう、引っ越そう、ってことになったんです。

 遠いところに引っ越すのは費用もかかるし、私と弟も転校しなきゃいけなくなるし、いろんな意味で負担があったんで、その家からそんなに離れていないところ…二キロぐらい先にあった、築年数が新しい空き家を父が買って。それが今の実家なんですけど。


 それで引っ越しの準備を始めたんですけど…何十年も住んでた家じゃないですか。一回もちゃんと荷物をひっくり返したことがなかったんですね。だからもう、本当に、本当に大変で。家族全員で毎日ヒーヒー言いながら作業してました。


 それである日、そういえば、あの箱開けたことないね、って話になって。


 もともと祖父の部屋だった…私が物心ついた時には既に物置部屋になっていた部屋があって。そこの押し入れの天袋に紙で包まれた箱が入ってたんです。

 小さいクッキー缶ぐらいのサイズの箱が、プレゼント用のラッピングみたいな感じで包み紙に丁寧に包まれてるんですけど…ただ、その包み紙が妙にテカテカした高級っぽい紙で、しかも真っ黒なんですよ。だからちょっと異様な雰囲気はあって。

 祖父は生前この箱について話したことが全くなかったらしくて…父も母も祖父が亡くなったあとにこの箱の存在を知ったらしいです。

 祖母も晩年は痴呆気味だったらしくて、箱のことを訊いてもあまりよくわからなかったみたいですね。

 あまりによく分からない物だったんで、遺品整理の際もあまり触れず、文字通り棚上げにしていたらしいんです。


 で、この箱をどうする、と。


 これ、「引っ越しハイ」みたいになってる今じゃないと一生開けないんじゃないか?って父が言って。中身が割と大事なものだったら大切に保管すればいいし、どうしようもないゴミみたいなものだったら捨てればいい、と。

 祖父はややケチなところがあって、普通に捨てていいものも大事に取っておくことがあったらしいんですよ。だから中身が全然ゴミみたいな…デパートの包装紙とか、雑巾みたいな端切れの可能性も全然あるんじゃない、ってなって。


 それで家族全員集まって、リビングで箱を開封することにしました。

「なんかエロい写真とかだったらどうする?」

 って父が笑いながら包装紙を剥がして。


 そしたら出てきたのが木箱だったんですよ。しかも割と頑丈そうな作りの。

 え、確かに硬くてちょっと重い感じあったけど、木の箱だったの?っていう。そこで「これ、なんか思ってたのと違うんじゃない?」みたいな空気になってきて。

 それで蓋を取って。


 結果から言うと、写真が二十枚ぐらい入っていました。

 全部が白黒写真で、…古い写真って、放置してると全体的に黄色っぽく?茶色っぽく?変色していくじゃないですか。その写真も変色していて。撮られたのはだいぶ前なんだろうな、と一目見てすぐわかる感じでした。

 …私たちが住んでいた、その家の狭い庭で撮られた写真だったんですよ。その家に昔ながらの縁側があったんですけど、そこが写っていて。右側には庭に一本だけ植わっていた柿の木も写っていて。


 そこに女の子が一人立っていました。小学一年生ぐらいの、割と幼い女の子。


 それを見た父が、

「え、これ誰?」

 って…。


 父には弟―私から見て叔父さんにあたる人はいたんですけど、女きょうだいは一人もいなかったんです。母が父にいろいろ訊いてたんですけど、父曰く、親戚関係の記憶を辿っても、思い当たるような人が一人もいないと。


 父が首を傾げながら写真を捲ったら、次の写真も…全く同じような写真で。

 庭に女の子が立っていて、後ろに縁側が映っていて、右に柿の木があって…構図がほぼ一緒なんです。

 ただ、最初の写真では柿の木に実が生ってなかったんですけど、その写真では柿の実が生っているのが写っていたんで、あ、季節が違うんだ、と。


 その写真を捲って三枚目の写真が出てきたときに、横で見ていた弟が

「へぇっ…」

 って急に変な声を出したんで、え、どうした?って訊いたら、

「え、女の子が一緒じゃん」

 って言うんですよ。

 それを聞いて、私と母は「あ~確かにずっと同じ子だよね、構図も似てるし」みたいな返しをしたんですけど、そしたら弟が

「違う、そんなレベルじゃない。全部一緒じゃん。立ってるポーズも一緒だし、表情も全く一緒だし、というかこれ服も一緒じゃない?」

 って言い出して。


 そこで父が手に持ってた写真を全部机に並べたんですけど、…弟の言う通り、本当に女の子だけが”全部一緒”だったんです。

 写真の構図は少しずつ変わっていて、微妙に傾いてたりとか、ちょっと家側に近かったりとか。それに庭に雪が積もっている写真もあったり、夕暮れ時に撮ったのか若干暗い写真もあったりして。だからそれぞれが別々のタイミングで撮られた写真であることは確かなんです。

 でも写ってる女の子だけは本当に”全部一緒”なんですよ。立ち姿、というかポーズも全く一緒、表情も一緒、髪形も一緒、服装もどの季節であろうと一緒。

 周りの風景は色々と違うのに、女の子だけがコピペしたみたいに一緒なんです。


 あまりにも一緒なんで、最初は合成を疑いました。…ただ、女の子もよく見ると完全に一緒じゃなくて、陰影とか、髪の靡き方とかが微妙に違うんです。

 特に雪が降っているときに撮られた写真をよく見ると、髪の毛に微妙に雪が乗っていたり、足先が微妙に雪に埋もれていたりして、見れば見るほど「女の子がそこにいるのを撮った写真」なんですよ。

 今みたいにPhotoshopとかがあるならまだしも…いや、白黒写真の時代にも合成はあったんでしょうけど、個人レベルでここまでの合成が出来るかって言われたら、流石に無理じゃない?っていう。

 ただ、合成じゃないとすると、全く同じ姿かたちの女の子がずっとそこにいたとしか思えない。そんなこと有り得ないじゃないですか。


 そしたら弟がまた。

「…これ、あんま言いたくないけど、季節が何巡かしてるってことじゃん」

 って言い出して。

 確かに、後ろに映ってる柿の木の茂り方とか実の生り方、あと風景の感じからして、その二十枚ぐらいの写真の中で何年かの時間が経過しているんですよね、多分。


「でもこれ、女の子成長してないってことだよね?」


 弟の一言で、リビングにエグいぐらいの沈黙が流れて。一分か二分かはみんな黙ってたかな。

 エラいことになったな、というのが正直な感想でした。


 で、これどうする?ってなって。もう引っ越し先に持って行くのは絶対に嫌だし、かといって捨てるのも気が引ける。

 本当にどうすればいいのか分からなくなったんで、明日いつもお世話になっているお寺に預けてこよう、ってことになったんですけど。


 次の日、夜になってお寺から帰ってきた父親が、

「いや~気持ち悪かったぞ」

 って言い出して。


 住職さんのリアクションがめちゃくちゃおかしかったみたいで。

 なんというか、…すごい感慨深げな表情をしていたらしいんです。厄介なものが持ち込まれたときとか、嫌なものを見たときとは明らかに違う反応をしたらしくて。

 父方の親族の葬式はだいたいそのお寺で上げていたんですよ。だから父は住職さんの反応を見て、直感的に「これは何か知っているぞ」と思っていろいろ質問してみたらしいんですけど、どの質問もいい感じに躱されちゃって、具体的なことは何も教えてくれなかった、と。


 その話をした後に、

「息子の俺にも教えてくれないことって何なんだよ」

 って言ってた時の父の表情が物凄くて。今でも強烈に覚えています。怒りとも悲しみとも取れない顔というか。あんな顔をした父を見たのはあれが最初で最後です。

 …思うんですけど、こうなると祖母も本当に痴呆入っていて忘れていたのか、それともボケたフリをして質問に答えなかったのか、もうわからないじゃないですか。

 住職さんの態度を見て、父はそれに気づいちゃったんじゃないかな、と思うんですよね、今思えば。


 この一件で家族全員その家に居続けるのが完全に嫌になっちゃって、予定を早めて最低限の荷物だけ持って引っ越し先の家に転居して、荷物は後から運ぶ形にしました。

 今でもこの話はうちの家族の中では…黒歴史というか、なるべく触れたくない、触れてはいけない感じというか…そういう話題になっていますね。

 人に話したのも今日が初めてです。


 その家ですか?引っ越しの直後ぐらいに取り壊されたんで、今はもう無いです。

 ただ、なんでか分からないけど跡地に一向に家が建たなくて、それも気持ち悪かったですねえ。そこは今はコインパーキングになってます。

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