Quiet Places
高橋知秋 / 野沢塩
Les relations
あの…。
これは前住んでた家の話なんですけど。
大学を卒業して、二年ぐらい就職浪人でフリーターをしてたんですよね。
仕送りは暫くゼロにはしない、けどもう大学卒業したら額を減らすぞって両親から事前に通告されてたんで、そうなるとちょっと家賃を安く抑えたいなと思って、一回り家賃が安い物件に引っ越したんです。
今思うと変なんですよねえ。けっこう駅近なのに相場より安いっていう。でもまあ安さ優先で、特に何があったのかとか訊かないで喜んで飛びついちゃったわけです。
住んでから…まあ、一週間とか二週間とかは何もない訳ですよ。むしろ安くていい物件見付けちゃったな!ってテンション上がってるぐらいで、それでバイトもシフトの自由が利くようなやつを選んでたんで、しばらくは暇そうな友達呼んで宅飲みしたり夜通しゲームしたりして、楽しく過ごしてたんですけど。
問題は一カ月経った辺りからで。
…こう…なんか、いるんですよ。誰かが。
よく「誰かがいる気配がする」、とかよく言うじゃないですか。こういう怖い話で。なんか、明確に気配がする!みたいな言い回しがありますよね。そういうんじゃないんです。
もう、いるんですよ。
例えば?…えー、難しいですけど、…例えば家族とか彼女とかと一緒に住んでると、ああ、いま人と一緒に暮らしてるな、って無意識のうちに感じるじゃないですか。一緒の部屋にいなくても向こうの部屋にいるんだよな、一緒に暮らしてるんだから当たり前だな、って。それが一番近いんですよね。
そういう感覚が、バイトから帰って来て電気点けるときとか、風呂上りに髪を拭きながら座椅子に座った瞬間とか、寝る前に歯を磨いている瞬間とか、ぼーっとテレビを見ている瞬間に、ふわっ、と降りてくるんです。
廊下、トイレとか、あと自分がトイレとかにいるならリビング…とにかく、いま自分がいるのとは別の場所に誰かがいる、それを当たり前のものと思っている。そういう空気に…全身を包まれる、みたいな感じですかね、言うならば。
で、一瞬後にすぐ我に返るんです。いやいやいや、俺いま一人暮らしだろ?って。えっ、何、今の?って。
最初はなんか疲れてんのかな、寝不足だからおかしくなってるのかな、って思ったぐらいだったんですけど、それがあまりにも続くから完全に気味悪くなっちゃって。
しかも最初に「俺以外に誰かいるな」って最初に思った時に、それがおかしいことだと気付けないのはそのまんまで。「そっか、トイレ入ってるのか」みたいなことを思った一瞬後に「いやいやいやトイレに誰が入ってるんだよ!?」ってなる、みたいなのをずーっと繰り返してて。
それで完全に気味悪くなっちゃって、そういえばこの物件安かったんだよな~、って今更思ったりして。
でも、なにかを見ちゃうとか、声が聞こえちゃうとか、そういうのじゃないんで、ズルズルと住み続けちゃったんですよね。家賃安いし、駅近いし、っていう。
怖い話とか聞いてて、怖い目に遭ったけど今もその家に住んでます、みたいな話を聞いた時に「よくその家に住み続けられるな!」みたいなこと思うでしょ?俺もそう思ってた側なんですけどね。結局いざ自分がそうなるとなかなか引っ越せないんだな~って実感しましたよ。
それで結局…十月に入った頃かな。
…あの家には春に入居したはずなんで、結局半年ぐらいズルズル住み続けてたんですね。今思うと。
その日はバイトがお昼ぐらいで終わりだったんです。
前の日に友達と遊んで夜更かしして、朝方に数時間だけ仮眠してそのままバイト行ったんで、もう終わったらとにかく眠くて。
家帰って軽くシャワー浴びたらもう起きてられないぐらいになっちゃって、そのままバターン、と寝たんです。
で、目が覚めて…寝ぼけながら目を開けて、天井を見たら薄暗くはあったんですけどまだ日が沈んでなくて。あ~、夕方ぐらいかな?って思いながら。
ぼーっと、こう…髪を撫でて。しばらくそのまま…こう、やっていて、急に気付くんですよ。
え、俺いま誰の髪を撫でてるんだ?っていう…。
普通に彼女と添い寝してるときみたいに、横にいる人の頭をずっと撫でてるけど、いや俺いま彼女いないじゃん、っつーか一人暮らしだよな?ってなって。どんどん眼が冴えてきて、それでもうグングン怖くなってくるんですよ。いやいやいやいや、意味わかんない、何?誰?どういうこと?ってもう完全にパニックになってきて。え、もしかしてずっといたのってこいつ?ヤバい!もうこの家いれない!って。
でも怖いから、その横にいる何かに悟られないようにゆっくり手を引いて、で、絶対その何かが寝ている方を見ないように体を起こして。
そしたらちょうど目の前のテーブルにスマホと財布と家の鍵が置いてあるのが見えて。帰ってきた時に眠くてフラフラだったんで、いつもだったらちゃんとしたところに置いてたその三つを、雑にテーブルの上に置きっぱなしにしてたんですよ。
いやもう、「寝る前の俺、でかした!!!」ってなって、すぐさま財布とスマホと鍵を引っ掴んで、急いで玄関まで行って、サンダル履いて、そのまま共用の廊下に出ました。で、鍵だけ閉めてバーッて外行って。
結局その日はそのままネカフェに行って寝たのを覚えてますね。
しばらくバイト先で寝かしてもらったり、友達の家に泊まらせてもらったりしながら、引っ越しの準備を進めて。
荷物を運び出すときまで一回も家に戻りませんでしたね。その荷物を運び出すときも、一瞬あの「自分以外に同居人がいる感じ」が降りて来る時があって、もうあんなことあったあとだから、めちゃくちゃ怖かったです。
それで別の物件に引っ越して、そういうこともなくなって、ってところで話は終わりなんですけど。
もしも髪撫でてるときに気付かずにあの部屋に住み続けてたら、俺はずっとあのよく分かんない何かと同居生活を続けてたのかな、と思うと今でもぞわっとする時がありますね。
そうそう、契約途中で引っ越したから本来なら違約金みたいなのかかるはずなんだけど、何故か解約のときにそういうの一切請求されなくて、それも怖かったんですよね。
その物件ですか?今もあるんじゃないですかね~。去年ぐらいにあそこどうなってるんだろ、って気になって地図サイトで確認したらまだ建物あったんで。
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