L'alimentation
イクラが駄目な人っているじゃないですか。赤い部分がこう…瞳孔に見えるとか、あるいは食感が駄目だとか、生臭くて駄目だとか。
でも私の友達はそういうんじゃなくてダメになったって言ってて。
私の友達…Oくんって人なんですけど、子供の頃は普通にイクラが好きだったらしいんですよ。回転寿司でも毎回三皿は食べるぐらい好きだったって。でも、中学生の時ぐらいに全然ダメになっちゃった。
それがなんでかってのを訊いてみたんですけど、それがなんかよく分かんない話で。
ある日夜中、トイレに行きたくなって目が覚めたと。それで自分の部屋から出て、トイレ入って、用を足して、じゃあ部屋戻るか、って廊下に出て。
そこで階段の方が明るいことに気付いたらしいんですよ。
Oくんの部屋は二階にあって、一階にご両親の部屋とか、あと台所があって。階段降りてすぐが台所だったらしくて。
じゃあ台所で両親がなんかやってんのかな?と思って、廊下に下げてある時計を見たら、最初暗くてよく分かんなかったんだけど、よく見たら深夜の三時ぐらいで。
…いや、流石にこの時間になんかやってるわけなくない?と思ったらしくて。
これ泥棒だったらいかんな、と思って、出来るだけ足音がしないように、ゆっくり階段を降りて。さっき言ったように階段を降りたらすぐ台所だから、なるべくむこうに勘付かれないような姿勢で、こっそり台所を覗いたら。
全然知らない人たちがいたらしいです。
見たこともない一家が、和気藹々と食卓を囲んでいる。全くの赤の他人であることを意識しなければ、ごく普通の一家団欒に見える。
でも、声が一切聞こえなかったそうです。
何やら会話をしている風の動きをしている、たまに身振り手振りも交えている、視覚には普通の風景が広がっているのに、そこに音が全くない。
冷蔵庫のモーターがやたら大きく聞こえた、って言ってましたね。それぐらい静かだったと。
え?ってなって。さすがに夢なんじゃねえか、いやさっきのトイレに起きたところから夢だったら鮮明すぎるよな、って。
そんなことを考えながら、目の前の一家を見てたら、何を食べてるのかが気になってきて。大皿が真ん中にあって、そこに赤いものが山のように盛ってあったらしいんですよ。あれなんだ?と思って目を凝らしたら。
皿の上に盛られているそれ、全部イクラだったらしいです。
大きな白い皿に、イクラが山のように乗ってて、それをみんなスプーンで取り分けて食べている。
いやいや、なんでイクラ?
しかもイクラオンリー?
なんか全部が意味分からなくて気持ち悪いんだけど。
そう思って見ていると、突然その一家の子供が、Oくんの方をぐるっと向いて。
え、ってなったら、
「みんなで食べるとおいしいね!」
って大きな声で言って。
その声につられるように、食卓を囲んでいた一家が全員、ぱ、ってOくんの方を見て。
それが全員、全くの無表情だった。
Oくんの脳裏には、歴史の教科書に載っている明治時代ぐらいの偉人の集合写真が浮かんだそうです。丁度あんな感じだった、と。
しかも全員無表情なだけじゃなくて、全く生気がない。肌の色もものすごい土気色で。
これじゃあみんなまるで死んでるみたい…
って思った瞬間にOくん、全身がぞわっとして、うわあ!ってなってそのまま階段を駆け上がって、自分の部屋に飛び込んで布団被ってガタガタ震えて。
それで気付いたら朝で。恐る恐る台所に降りたけど、なんてことはない、お父さんが新聞を読んでいる後ろでお母さんが味噌汁を作っている、普通の朝の風景が広がっていて。
だからOくん、もうあれ夢だったのかな?と思いつつ、朝ご飯食べるか~、って自分の席に座ったら、ちょうど目の前に乾燥してカラカラになったイクラが一粒転がっていたと。
それ見た瞬間にOくん、もう今日、何もする気なくなったな…ってなって、適当な仮病を使って学校休んで、自分の部屋で一日中ゴロゴロしていたそうです。
まあ、その家で変なことがあったのはその時が最初で最後だったらしいんですけど。
それ以来Oくん、イクラが駄目になっちゃったそうです。イクラを食べると、あの死んだような顔の一家が、じっと自分を見つめている映像が脳裏に浮かんでしまって、どうも…ダメだと。
まあ、食べ物嫌いになるのってそういう理由もあるんだなあ…っていう。
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