第8話 生意気なウサギ②
アタシはお腹いっぱいで苦しくなって、どうでもよくなってきた買い物を何とか終わらせた。
暫く2人は喋れない程にテンションが下がっていたが、時間が経つにつれてお腹に余裕が出来て来たのか、ぽつりぽつりと会話が始まる。
「兎月ちゃん、ほらたい焼きあるよ。食べたがってたよね?」
「う~、……無理」
アタシだって無理だ。苦しくなったお腹を撫でては、コメダさんはなんて強敵だったのかを再認識した。
そんな兎月ちゃんは、チラチラとスマホの時計を何度も確認している。
釣られてアタシも見ると、18時過ぎ。まぁそれなりの時間とは言えるし、アタシも荷物を持ちながら動きたくはなかった。
「そろそろ解散しよっか?」
言いにくそうな兎月ちゃんの代わりにアタシから提案する。
すると、もじもじとデカいウサギを撫でながら、兎月ちゃんは口をパクパクさせ、何やら言いたげだった。
「あ、あのね?迷惑かもしれないんだけど……もう少しお話したいなって」
「それはいいんだけど、荷物もあるし、カフェとか入ったら何か頼まないとだし。今水分すら口にしたくないレベルなんだよね……それに時間はいいの?気にしてそうだったけど」
デカいウサギをギュッと抱きしめながら、兎月ちゃんは寂しそうに、無理して作った笑顔を見せる。
「そう、だねっ!確かにワタシも時間がなかったわっ!」
「また遊ぼうよ。どこに住んでるの?」
「……今は静岡」
あれ?東京に静岡なんてあったっけ?でも聞いた事あるぞ……。
「…………静岡!?東京に住んでるんじゃないの!?――あっ」
アタシは急に記憶が蘇る。
『ここの、おやき?……処、しょ?のたい焼きみたいなの、すごくおいしいらしいわよっ?』
『商店街やブロードウェイがやっぱり人気みたいねっ!』
『マルイって初めて入ったぁ……人、すごいねっ!?』
何で気付かなかったのだろう。どう考えても東京に住んでる人とは思えない言動。
『後であそこ見よっ!』
『あれおいしそう!』
『ねぇねぇっ!見て!あれってなんだろう!?』
子供の様に目を輝かせては、遊園地に来たみたいにはしゃいで、それなのに今日1日したと言えば、コメダ珈琲で苦しくなるまで食べただけ。
楽しそうにする兎月ちゃんを、アタシは1人にしてた。
思う事はいっぱいある。考えれば考えるほど、またアタシの胸がズキズキと痛みだす。
「じゃあ、そろそろバスの時間もあるし、またね?二条……」
「あ、うん。また……」
兎月ちゃんは振り返ると、その背中は分かりやすく丸まっていた。
アタシも振り返っては頭の中で地図を広げ、家までの道のりを想像する。
大した距離もなく、帰るのに手間取る事なんてないはずなのに、アタシの頭の地図は、所々にノイズが走ってしまう。
えっと、確かここは真っ直ぐ行って。
『ふーふっふっ!ワタシは兎月・L・若葉よっ!』
疲れたし、さっきまでなんともなかった荷物も今は重く感じてしまう。
『二条!あれなんだろう!?』
なんだろう、モヤモヤする。
『住んでるのは静岡』
別にそこまで遠くないし、いつでも来れる距離だ。そんなの分かってる。
分かってはいるのに、アタシは買い物袋をその場に落としては、走り出す。
まだ見えるその丸まった背中を目指して、走った。
走ってどうする?追いついてどうする?
何を言えばいいのかなんて考えてない。あぁ、どんどん距離が縮まっていく。
どうしよう、考えがまとまってないのに、足が止まらない。
「うきゃっ!!何っ何!?」
「……」
「二、条?」
アタシは後ろからタックルするように抱き着いてしまった。
見なくても分かる。きっと兎月ちゃんは困惑した顔でアタシを見てる。
「行かんで、まだ別れとうなかっ!」
「ふぁ、えぇっ!?」
アタシが考えて、考えた言葉はきっとおかしかっただろう。でも分かりやすく素直な気持ちを伝えたかったのは事実で、意味は間違ってはいない。
でもこれじゃあまるで恋人だ。
けれど初めて東京で出来た友達だし、あながち間違ってないのでは?と無理に自分を納得させていた。
「ごめん二条。ワタシも同じ気持ちだけど、やっぱ帰らないと」
そりゃそうだ。アタシの我儘で困らせるのは良くない。
「うん、ごめん困らせた……」
「そういえば連絡先、交換してなかったよね……いい?」
「もちろん!」
何故忘れていたのだろうか?追いかけて良かった。危うく二度と会えない所だった。
アタシ達は無事連絡先を交換し、スマホに書かれた名前を見ると、どこか安心した。
「無事に帰ったら連絡してね?」
「そんな、戦争に行く訳じゃないよっ!」
だってこの子は何か、正直不安しかない。でも1人で来れてるって事はすごいなぁ。
「じゃあまたねっ二条!」
「うん、気を付けてね!」
2度目のお別れは、お互い手を振っては笑顔だった。
兎月ちゃんの背中も丸まっておらず、どこか軽快な足取りに見えた。
あっ荷物!
落とした荷物を思い出し、アタシも兎月ちゃんと反対方向に走り出した。
話したい事はもっとある。なんで東京に来たのか、なんでアタシに喋りかけてきたのか、聞きたい事が山ほどある。
でも、それはまた次に会った時の、お楽しみにしておこう。
ピロン
【本当は話す時間なんてあまりなかったの。まだお話したいって言って、困らせてごめんね。あの時は正直、二条の反応を見て「あぁ今日だけの友達なんだな」って思ってしまったの。でも二条が追いかけてくれてすごく嬉しかったわ!まだ離れたくないって気持ちはワタシだけじゃないんだって、本当に嬉しかったわ。試すような事、疑うような事をしてしまってごめんなさい。また遊んでくれたらワタシは、きっと、今日以上にはしゃぐと思うわっ!今日は本当にありがとっ二条!】
アタシは家に帰ると兎月ちゃんのメッセージを読んでは、今日という1日を後悔した日はなかった。
涙を流しながらアタシは返事を考えるも、なんて書けばいいのか、どうしたら兎月ちゃんの友達として喜ばせられるのか、文章にするのには時間が掛った。
【次はアタシの家に泊まりに来て】
それは、時間を使って考えた割にはあまりにも短い文章だった。
ピロン
【・L・】
なんだそれ。
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