第7話 生意気なウサギ①

 アタシは走り去る早見さんを見届けてから、家に残った荷物を整理する。

 ここに引っ越してきて、まだ2日。そうたったの2日しか経っていない。それなのにアタシはもう2人の女性を家に上げてしまった。1人は年下で、もう1人は年上。なんて凸凹した関係なんだろうとアタシは思わず吹き出してしまった。

 でも変な違和感とかは感じず、これが東京なのだろうかと変に納得してしまう。

 それにしたって早見さんのアレはなんだったんだろう?

 碧ちゃんが喋ったり笑ったりするのが、そんなに珍しかったのか?あぁでも声を上げて笑ったのは確かにレアなんじゃないかと思ったなぁ。

 あの性格だし、そんなに人前で笑いそうな感じはしない。でも微笑んだ顔くらいは見れるんじゃ……。うーん分からん。

 もしかして嫉妬という奴か?

 誰に?アタシに?早見さんがアタシに?

 ないないないない。嫉妬というのは主に恋愛絡みで起きる事で、後はライバル関係とか、見下した者が自分より上の存在になってしまった時とか?漫画知識だとこのくらいしか出てこない。

 しかもどれも当てはまりそうな感じはしない。


「うーんアタシあんまり頭良くないしなぁ……あれ?」

 気が付くと段ボールの中身はもう無くなっていた。

 考え事をしながらだと、あっという間に片付いてしまっていた。

「なんだ、やれば出来るじゃんアタシ」

 猫が伸びをするように背中を曲げて、声にならない声を捻り出す。

 ポキッとなる骨に、どこか分からない筋がほぐれていく。


「んっあぁ~……さてと、買い物がてら散歩でもしようかなぁ」

 スマホを取り出し、地図アプリで近くに何があるか確認する。

 ここは中野区だっけ?

 嘘!?新宿ってこんなに近いの!?電車で5分!?徒歩でも1時間!?

 行ってみたいけれど……電車怖いなぁ。

 ここに来るまでどれだけ駅員さんに尋ねたか。迷路のように複雑でアタシは一生ここから出られないんじゃないかと思ったくらいだ。

 まぁ徒歩でたった1時間なら歩いてもいいんだけど、荷物を持つとなるとちょっと面倒だなぁ。不安だし、まぁ今日は近辺で我慢しよう。


 アタシは買い物に行くだけだ。それだけなのに少しでも東京人らしく、上手く溶け込めれるように化粧と服装に時間を掛けた。


 そしていざ東京の世界へ飛び出した。




 うわぁぁぁああ!!ビルでっかあ!ほとんどビルだらけじゃん!

 駅周りってこんなにすごかったんだぁ!


 アタシは立ち止まって辺り一面を見渡すとビル、ビル、ビル。

 何階まであるのか分からないくらい、高い建物にアタシは圧倒される。

 道を行き交う人達はアタシみたいに上を向かずに、ただ前だけを見て歩いている。全く興味がないのか、見慣れただけなのか。

 あっちに行く人、こっちに行く人。これだけの人がいるのに、きっと皆の目的地はバラバラで、アタシは気になってしまう。あの人はどこに?この人は何しに?

 そんな変な事を考えながらアタシはキョロキョロと、まるで不審者の様な動きだったかもしれない。

 類は友を呼ぶ。そんな変な動きだったのか、アタシは変な奴に声を掛けられてしまう。


「ふっーふっふ!なにやらお困りの様子!どうやらワタシの力が必要らしいねっ!?」

「いえ結構です」

 アタシは上を向いたまま歩き出した。この街にはきっと沢山の面白いが集まってるんだろうと、期待に胸を躍らせる。

「無理はいけないよ?ワタシのこの悪魔と取引した、目ぇっ!!略して魔眼がきっと君の――」

「ほんと大丈夫です」

 アタシはスタスタと早歩きしているのに、しっかりと並走してくる謎の女。

 徐々にスピードを上げるも、謎の女は何故かちゃんと付いて来きた。

「まっ!待って!ねぇ!魔眼がねっ!?」

「人とっ待ちっ!合わせしてっ、るんで!!」

 いつの間にかアタシ達は走っていた。それでも謎の女は諦めずにアタシの横を走っている。

「待ってっ!1回!止まっ、てって!――!ぷぎゅっ!!」

 アタシの視界の隅に写っていた謎の女は消えた、変な音と共に。

 あまりにも不思議な音だったのか、ついアタシは振り返ってしまう。

 地面に俯せになったまま動かない謎の女は、黒髪ツインテールで、その縛った髪が前方に飛び出し、デカいクワガタに見えた。そのクワガタは少し震えているようだった。

 恐る恐る近づくと何かが聞こえてくる。

「な、なんですか?もう一度いいですか?」

 その場にしゃがみ込み、顔を近づけると謎の女も顔を上げた。

 眼帯をして、涙と鼻血で顔がぐちゃぐちゃで、ちょっと引いてしまった。

「なんでぇ逃げるのさぁ!」

 誰でも逃げるんじゃないのか?東京の人はあのまま会話するのだろうか?

「えー……つい?」

「起こしてっ」

「え?」

「おごじてっ!!」

 前だけ見て歩いていた人達が、アタシ達を見ていた。デカい建物なんか見向きもしなかったのにだ。それほどアタシ達に興味が湧くって事なのだろう。

 嬉しくない。恥ずかしすぎる。

「ほ、ほら?立てます?」

 謎の女に手を貸し、立ち上がらせると首から包帯で左腕が固定されていた。

 嘘……超怪我人じゃん。目だって眼帯してるし、そんな怪我人をアタシは転ばせてしまったの?

「あ、あの大丈夫ですか?ごめんなさいまさか怪我人だったなんて……」

「なぁに古い傷さ。君の気にするような事じゃない」

 鼻血を垂らしながらも謎の女は誇った顔をしている。

「さすがにそれで走るのは止めた方がいいかと……ティッシュどうぞ」

「あっどうも」

 謎の女はティッシュを鼻に詰めると、腰に手を当て、偉そうな顔をする。

「礼を言うわっ!ワタシは兎月うづき・L・若葉わかばミドルネームのLはラビットよ!」

「L?」

「そうっL!こう、文字で書く時、点を書くじゃない?そうすると、ほら!ウサギに見えない!?」

 兎月うづき・L・若葉わかばと名乗る女性は、紙に・L・と書いて見せてくる。


 見える。すごい!

「すごぉい!ウサギだぁ!だからRじゃなくてLなんですね!?」

「へ?」

「ん?」

「……」

「……」


「知ってたわ!うんっ!」

 兎月うづきさんは顔を赤らめ、力強く頷いていた。


 なるほど、兎月うづきさんの事はよく分かった、この人は痛い人だ。


「ちなみに歳って聞いてもいいですか?」

「19歳よ!今年20歳になるわっ!」

 同い年じゃん、同い年でコレかぁ。まぁ東京なら全然普通なのかもしれない。アタシもこのくらいしないと馴染めていけないのかな?

「君の名前を教えてもらっていいかな?」

「あ、すみません。二条つかさって言います。歳は兎月うづきさんと同じ19歳」

「二条ね、覚えたわ。これでワタシ達は同胞よっ!さぁっ話してちょうだい?」

「いや同胞じゃないし、結構です」

 アタシは軽くお辞儀をしてからこの場を去ろうとした。

 それでもこの痛々しい女はアタシについて来る。

 怪我してるんだから大人しくしてればいいのに、そもそも何故諦めないんだ?


「ねぇねぇ!ここの、おやき?……処、しょ?のたい焼きみたいなの、すごくおいしいらしいわよっ?食べていかない?」

 アタシは徹底的に無視を決め込んで、兎月うづきさんが諦めるのを願った。

 少し心が痛むような気がするけど、アタシだって今日は遊びに来た訳じゃない。知らない人だし、変な事に巻き込まれるのはごめんだ。


「商店街やブロードウェイがやっぱり人気みたいねっ!カレーパンやでっかいソフトクリームだって!ねぇねぇねぇ~!!どこ行く!?」


 無視無視。


 アタシは当初の目的地だった中野マルイに入る。ここなら雑貨もあるし、デパートだってある。とりあえずここならなんでも揃えられると、ネット情報で確認済みだ。


「マルイって初めて入ったぁ……人、すごいねっ!?ねぇどこから行く?」

「とりあえず日用品から回ろうかなぁって」

「んーそれだとぉ、4階かな?」

 しまった、つい返事をしてしまった。というかどこまでついて来るんだ……。

 アタシはまた無視を始める。兎月うづきさんはキョロキョロと片方しかない目を輝かせていた。

 時折大きな声で名前を呼ばれては

「後であそこ見よっ!」

「あれおいしそう!」

「ねぇねぇっ!見て!あれってなんだろう!?」


 まるで遊園地に来た子供の様な、はしゃぎっぷりだ。

 確かに目を奪われる事もあるが、アタシはここまで騒げないし、騒がない。何故なら?大人だから。

 ふふん。同い年との差が感じられてアタシは優越感に浸ってしまう。


「ネェ、ニジョー?キミはオナカが空かないカイ?」

 兎月うづきさんは大きなウサギのぬいぐるみを顔の前に持ってきては、下手な腹話術で話しかけてきた。

 全く子供にも程がある。アタシは商品を戻したいのに、兎月うづきさんが邪魔で戻せない。

 はぁ、無視無視。

 アタシはいらないはずのマグカップをカゴに入れ、レジの方へと進む。




「あっ………………」



 タッタッタッ




 後ろから駆け寄る足音が聞こえるが、アタシは気にしない。気にしないと決めたのに何故かアタシの胸に針が刺さる。

 だからといって初対面の人と買い物なんておかしい。

 さっき変な出会いをした人だよ?多分危ないって事はないと思うけど、それが普通でしょう?いくら東京だからと言ったってさ。



 アタシはチクチクと痛む胸を知らんぷりして、買い物を優先させる。

 後は適当に食材とかを買っておこうかなと、考えるが、少し小腹が空いているのは確かだった。

 かといって兎月うづきさんと一緒に食べるのはちょっと違う気がする。

 アタシはフロアガイドを見て、何か興味がそそる食べ物がないか見ていると、コメダ珈琲を見つける。

 視界の隅で兎月うづきさんを捉える。何故か少し離れた所にいた。

 なんなのさぁいったい!アタシに付きまとって何がしたいのよ。


 アタシは反応せず、足早にコメダ珈琲がある2階へ向かった。



「いらっしゃませぇ!お客様、2名――」

「1人です」

「えっ……あ、でも」

「1人です。アタシが2人に見えますか?」

「あ、にじょ――」

「あぁ~……かしこまりました。ご案内、致しますぅ」

 店員さん、困らせてしまいすみません。でも本当に1人なんです。後ろは背後霊か何かなんです。


 アタシはそのまま席に案内されると、兎月うづきさんも店員さんに対応されている。

 デカいウサギを抱えた怪我人。傍から見るとなんとも異様な光景だった。

 というか買ったんだアレ……結構高そうだけど。


「お待たせしましたぁ!お客様1名様でよろしかったですか?」

「あ、……あの、え、あ、」

「お客様?」

「あ、あ、あぁ…………じょぶすっ!」

「お客様!?」


 ジョブス?

 兎月うづきさんは謎の言葉を残し、お店から走って出て行った。

 これで諦めてくれるだろう。やっと変な人から解放されたアタシは、どっと体の力が抜けるのを感じた。

 メニューを手に取って見て見ると、お腹が空いているのか、どれも美味しそうに見えてしまう。

 ぐぅぅうう。

 小腹を満たそうと思っていたが、それでは済みそうになさそうだった。

 コメダって実は初めてなんだよなぁ。コーヒー屋さんなんでしょ?それなのに結構

 食べる物しっかりしてるんだなぁ。


 悩みに悩んだアタシはこのカツパンとシロノワールを頼んだ。のだが、少し気になった事がある。やはりコーヒーを頼むべきだったんじゃないかと後から悩んでしまう。




 待つ事10分ほどだろうか?店員さんがアタシの前に置いたのは、置いたの間違えてない?

「お待たせしましたぁこちらカツパンとシロノワールになりますぅ」

「あの、大盛とか、もしかして無料でやってます?ラーメン屋みたいな……」

「いえこちら通常サイズになっておりますぅ。ごゆっくりどうぞぉ」


 いやぁデカすぎるって、無理だよこんなの。

 後悔を感じながら、とりあえずカツパンを一口食べてみると、美味しい。意外といけるかもしれない?








 いける訳ないって……。普通の女の子ですよ?無理無理。

 はぁ、はぁ、と息を切らしながらカツパンと睨めっこをしていた。

 カツパンを持つ手が震えてしまう。アタシは何故か怒りが込み上げてきた。


「あのぉ、お客様失礼致しますぅ」

「……はい?」

「あちら本当にお連れ様ではぁ、ないでしょうか?」

 店員さんが視線を向けた先にアタシも顔を曲げる。

 ガラス越しに見えたのは、地べたに膝を抱えながら座る兎月うづきさん。

 嘘でしょ?なんでそこまでアタシに構うの?

 今日会って、少し話しただけじゃない。

「すみません!すぐ戻ります!」

 アタシは席を立ち、イライラした気持ちを抑えながら、怪我したウサギを迎えに行く。




「ネェ、ウヅキチャン。オナカ空いてないカイ?……思ったより、量が多くて」

 隣に置いてあったデカいウサギを顔の前に出しては、下手な腹話術で話しかける。ついでに本音も。


「……うん、うん!空いてるわっ!」


 寂しそうな顔をしたウサギは、一気に可愛い笑顔で頷いた。

 なんなのさ、もう。こんなのほっとけないじゃん。


 アタシはウサギの手を引き再びお店の中へ入る。

 店員さんにペコペコと頭を下げ、元居た席に座った。横には怪我したウサギにテーブルにはデカいウサギ。

 アタシはカツパンとシロノワールを兎月うづきちゃんの方に寄せた。

「食べ掛けでごめんね?でも触ってはないから!」

「ふーふっふっ!ワタシはそんな事気にしないわっ!だって、友達……でしょ?」

「友達?アタシと兎月うづきちゃんが?」

「え……違う、の?」

 アタシはびっくりした。

 友達っていうのはどうやったら出来るんだっけ?

 友達とは、たった数時間で出来るだっけ?

 友達って……


「ううん、違わないよ。アタシ達は友達だっ!」

「やぁったぁっ」

 兎月うづきちゃんの顔はものすごく緩んでて、口なんかもふにゃふにゃだった。


 友達なんて関係は過程や工程、条件なんてない。

 友達って言ったら友達なんだ。



「二条!コレすごくおいしいわっ!」

「でしょ!?でも量が多くて全部は無理だったんだよぉ!本来の姿はコレがね?ここまであったの!」

「それは……邪悪ね……」

「いや邪悪ってなんだ?」

「さすがにワタシでもこの量は無理よ……二条、限界かもしれないけど、そっちは任せたわっ!」

「いやぁでももう……う~、分かった!友達1人だけに無理はさせられない!」

「二条……ふーふっふっ!ならワタシも本気を出す時が来た様ね!?」

「……おい、ちょと待て」

 兎月うづきちゃんはしれっと眼帯と固定されていた左腕の包帯を解いた。

 目もちゃんとあるし、なんなら綺麗な目だ。左手も問題なく動いている。

 もしかしてファッションなの?それ?

「怪我してない、の?」

「え?してないけど」

「……全部、兎月うづきちゃんが食べてね」

「えぇ!?無理だよっ!」

「食べるまでこのウサギは預かった」



 最初は美味しそうに食べていた兎月うづきちゃんは次第に涙目になりながらもキチンと完食した。


「……兎月うづきちゃんごめんね。無視ばっかして」

「うっ……大丈夫、だよっ……」

 食べ過ぎてそれどころじゃないらしい。

 苦しそうな顔はどう見ても大丈夫には見えなかった。

「ううんアタシが大丈夫じゃないんだよ。だからコレ、良かったら貰ってくれるかな?」

 アタシは先ほど買ったマグカップをテーブルに置く。

 別に兎月うづきちゃんにあげようと思って買った訳じゃない。

 多分、何かの気まぐれで、何かの都合で、たまたま買ってしまっただけ。


「ウサギ……」

 このマグカップにはアニメ調のウサギの絵が描いてある。ぼけぇっとした顔なのに、眼帯をしてるウサギ。

兎月うづきちゃんに似てるでしょ?」

「こんなぽけぇっとしてないよ……でも、ありがとっ二条!大切にするねっ!!」

 まるでツーショットを撮るかの様に、マグカップを顔に近づけて兎月うづきちゃんはニーっと笑った。




 ぼけぇっとしたウサギと笑顔のウサギは、やっぱり似てる気がする。


 アタシが東京に来て、初めて出来た友達は、怪我を偽っていたウサギだった。




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