第5話 生意気な酔っ払い

 ガチャッと音がする玄関にアタシは振り向くと、そこには虎がいた。


「二条、お前碧に何かしたのか!?」

 早見さんがビニール袋片手にガサガサと音を立てながら靴を脱いでいた。

 いや何しれっと上がろうとしてるんだこの人は?ここはアタシの家で、上がっていいとは言ってない。

「え、ちょっと何ですか?勝手に入ってきて、何上がろうとしてるんですか!?」

「静かにしろ!碧は隣で勉強するんだぞ!時間帯も考えろ!」

 早見さんが机の上にある時計を指差す。アタシは振り返り確認すると、時刻は22時43分。確かにいい時間だ。

「そうじゃなくて!――!そうだけどっ、入ってくる理由が分かりませんっ」

 ハッとし、途中からアタシは声を押さえて喋る。

「まぁまぁとりあえず飲もうぜ」

 図々しくも早見さんは、座ってはビニール袋の中身を机に広げる。

 ポテチやチョコなどのお菓子と飲み物が並べられ、早見さんは1缶だけのお酒を掴むとゴクゴクと喉を鳴らす。

「あぁー!うめぇな!二条はコーラでいいよな?お姉さんの奢りだから遠慮するな!」

 どうせ無理にお酒を飲ますタイプかと思っていたけど、意外にもちゃんとしてた。

 まぁあっても飲まないけど。

「でも普通1.5ℓの買ってきます?買ってくるなら缶のとか持ち運びするサイズじゃないですか?」

 ビッグサイズのコーラ全部飲めというのだろうか?

 アタシはコップにコーラを注ぐ。

「だってそっちのが安いだろ?全部やるから気にするなよ」

 またまた意外な一面だった。倹約家なのかな?と思っていると細い物を咥えだし、カチッと小さな火が灯された。

「わぁぁ!!」

 ばちぃん!とアタシは咄嗟にタバコとライターを引っ叩いた。

 床に転がるタバコとライターを拾おうとする早見さん。

「あにすんだぁー」

「一言言ってくださいよ!タバコは別に平気ですけど、部屋が黄ばむのは嫌ですから!」

 別にタバコが臭いから嫌いとかではない。お父さんが家で吸っていたから免疫が出来ているだけで、でもアタシの新しい家が黄ばむのは許せない。

「えへへーうっそー!ココァ?なんだぁ?シガレットォォ?でしたぁっ」

 よく見るとただの白くて長い塊。ライターは本物だけど、まさかドッキリをしようとしてわざわざ買ったのか?てか酔ってる?早見さんもう酔ってないか?


「……雷花ちゃーん?引っ越してまだ椅子も座布団もないから、お尻痛い痛いなる前にお姉ちゃんの膝の上座ろっかぁ?」

 流石にドッキリでも酔ってないならこれで怒るはず。

「ガキ扱いすんらよぉ!?オレはおあえより年上なんだらなぁ~」

 早見さんはハイハイしながらアタシの膝の上に登ってくると、胡坐をかいたその窪みにスポッと早見さんは座った。

「お姉さんだからなぁ?次はちゃんと用意しとけろなぁ?」

 かぅっわいいぃ。何この生き物。ちっちゃいし、暖かいし、ちょっとお酒臭いけど、あぁずっと酔っててくれないかなこの人。

 アタシの上でお酒をちびちび。お菓子をぽりぽり。

 お母さんってこんな気持ちになるのかな?と初めてアタシの中に母性という感情が生まれた気がした。

「にじょー、碧に変な事言っただろぉ?さっき声かけたらすげぇ顔してたぞぉ?」

「そんな変な事言ってないと思いますけどねぇ?」

 酔ってる人にちゃんと伝わるのか不安だったけど、アタシは早見さんに細かく今日の出来事を話した。


「バカはおまえぇだよっ。ばかばかばかばぁかっ!」

 早見さんは膝の上でグネグネと激しく揺れながらバカを連呼する。

 お酒をグイッと煽って、「ぷぁぁっ!」と息を吐き出しては遠慮なくアタシにもたれ掛かる。

 金色の髪が少しくすぐったい。けれどその金色の頭にアタシは頬を乗せた。

 微かに香る早見さんの匂い。可もなく不可もなく、でも不思議と落ち着く匂いだった。


「碧はなぁ、なんて言うんかなぁ?友達ってのが出来た事がねえんだよ……」

「でも学校では友達と話すって言ってましたよ?」

「それノートの話だろ?」

 早見さんも聞いていたのか。でも流石に0人って訳じゃないでしょう?友達が1人もいないなんて、そんな事あり得るの?

「成績優秀で美人、話かければ全然応えてくりぇる。じゃあ何故友達が出来ないかって?」

 アタシは聞いていい話なのか、少し怖くなってしまう。

 落ち着け、すぅぅ、はぁぁ。早見さんの頭の匂いを嗅いで心を落ち着かせる。

「それはなぁ?」

「それは?」

「碧が凄すぎて周りの人間全員つまらなく見えるんだよぉ」


 碧ちゃんが凄い?確かに成績表はすごかったけど、そこまでの事なの?凄い天才って事?いまいち理解が出来ない。

「それと友達が出来ない理由って関係あります?」

「だぁからぁ、碧の態度が周りを突き放しちゃうんだってえ。本人は普通に接してるつもりだけどさぁ?言い方きつい時あるじゃん?眼つきも鋭くなったりぃ」

 あっ、あれは通常通りなんだ。確かにアレを受ける側は良い気持ちにはならないだろう。

「でもそれが原因なら碧ちゃん本人の問題ですよね?」

「お前もバカだなぁ?分かれよなぁ?いいかぁ?碧凄い!他の人間つまらない!つまらない物に対しては感情が動かない!そんな冷たい碧に周りは敬遠する!碧は友達出来ない!碧も人生楽しくない!」

 なるほど酔ってる癖に分かりやすい説明だ。

 でもコレってやっぱり本人の問題な気がする。だからと言って出来上がった性格を矯正なんて難しいだろう。

「難しいですね」

「そう、難しいんだよ……」

「あっでも早見さんは友達じゃないんですか?」

「…………オレはそう思ってるさ、でも碧はそうは思ってないんだよ」

 金色の頭に乗せていたアタシの顔が突っ掛かりを無くし、ガクッとする。

 早見さんは首は真下に向いて、小さく寝息を立てていた。


 時計の針は0時を回っていた。

 そうだよね。お仕事してたんだし、疲れてるよね。アタシもすんなり寝れそうだ。



 どうしよう。2階に連れて行く?おんぶくらいは出来そうだけど、勝手に入るのは何か気が引けてしまう。

 早見さんは勝手に入って来たけど……うーん。

 ごめんなさい、ちょっと床に寝転んでてくださいねー。


 ゆっくり優しく早見さんをころんと床に寝かせる。

 その間にアタシは布団を敷き、歯磨きを済ませた。


 もちろん一組の布団しかない。大人2人が一緒になって寝るのは無理がある。

 でも早見さんは大人でも、ほぼ幼児体系な為大人1.5人ってところだろう。

 別に変な事なんて考えてない。ただ勝手に体を触って鍵を見つけて、勝手に家に入って布団に入れるのは、ね?

 アタシだったら嫌だ。会ったばかりの人にそんな事してほしくない。


「雷花ちゃん、お布団ですよぉ?」

 早見さんを抱っこして布団に入れると、ダンゴムシの様に丸まっていった。

「これでアタシより年上だもんなぁ」

 どう見ても年上には見えない幼い顔。頬も指で触るとぷにぷにしてて、よく見ると薄っすらと化粧もしてあって、子供がお母さんの真似してるみたい。

 落としてあげたいけど、それで起きたら可哀そうだなと思いそのままにした。


「じゃあ、し、失礼します……」

 アタシはゆっくりと早見さんの隣に入り込む。

 いやアタシの布団だからね?全然問題じゃないし?アタシのが年下だし?むしろ早見さんには感謝してもらわないと。

「んん……」

 早見さんが寝返りすると、腕や足をアタシの体に乗せてきた。例えるなら木にしがみつくコアラの様だ。

 重くもなく、全然気にならなかった。むしろ程よい温かさがアタシに睡魔を送り付けて来た。



 寝るのがもったいなく感じてしまうけれど、徐々にアタシの瞼は落ちて行く。



 おやすみなさい。


 初めて家に泊まりに来た人は、会ったばかりの年上の人だった。



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