第4話 生意気なバカ

「あのね?……碧ちゃんって誕生日いつ?」

「6月25日です」

「血液型は?」

「A型です」

「好きな色は?」

「暗めの青です」

「ご趣味は?」

「特にないです」

「そうですか……」

「はい」

 下手なナンパはする、下手な会話はする、アタシってここまでコミュニケーション下手だったっけ?

 いや、これは碧ちゃんも悪いよね?話を広げようとする意志が感じられない!

 まぁアタシもお見合いみたいな質問で困らせているけど。

 どうしよう、他に聞く事が思いつかない。


「困ってるようなので、私からも質問していいですか?」

 碧ちゃんから聞きたい事があるのか、と嬉しくなるアタシはウキウキで「何でも聞いて!」と声を大にしてしまう。


「東京に何を求めて来たんですか?」


 その言葉にアタシの頭は揺れた気がした。お風呂の出来事がフラッシュバックする。

 アタシ自身も気になる題材だとは思ってる、けれど、空気が悪くなる題材だとも思ってる。

 アタシは心を落ち着かせて、同じ答えを口にした。


「だから東京で、楽しい人生を……」

「具体的には?」

「具体的……?」


 具体的に、アタシは、東京で楽しく、田舎じゃ出来なかった事を……

 アタシは改めて考えると碧ちゃんの言う具体的という物は何も出てこなかった。

 いや、ある事にはある。お洒落な服を着たり、おいしい物を食べたり、遊んだり、恋をしたり、東京という憧れの場所を歩いて、見て、楽しむ。でもそれは碧ちゃんの求めてる答えとは違う。


「……碧ちゃんは知ってるの!?東京の面白い所を」

 アタシは質問に答えずに聞き返す。

「だから東京には面白い所なんてないですよ。ただ」

「ただ?」

「私にとっては面白くない所です」

 どういう事?なぞなぞ?

 アタシはポカンとした顔でいると碧ちゃんは少し微笑んだ。

「せっかく上京してきたのに、あんな水を差すような事を言ってしまいすみません」

 碧ちゃんはアタシに頭を下げた。

 まだ頭の整理がついてないというのに、その謝罪にすら疑問を抱いてしまう。

「私にとってここはとても退屈な所で、それを楽しみにして来たというのに、私の思想をつかさに押し付けてしまいました。すみません」


「碧ちゃんは東京が嫌い?」

「別に嫌いではない、と思います。つかさが田舎は退屈と思うのと同じで、私にとっては東京が退屈なんです」

 碧ちゃんはコップの淵を指でなぞっていた。

 その目は無気力で何にも期待していない、悲しい目。

 地元にいた時のアタシと同じ。いや、ここまで酷くはなかった。何がどう退屈なのか、何をどうすればその退屈は解消されるのか、アタシには分からないし、導けない。


「碧ちゃん、友達は?アタシも田舎は退屈だったけど、友達と遊ぶなら田舎でも楽しかったよ!?」

「友達と言えるラインがよく分かりませんが、学校ではクラスメイトと喋ります。遊ぶ……体育とかなら一緒に運動をします」


 これはちょっと、いや、大分深刻だ。体育を友達と遊んだ?授業でしょそれは。

 こんなに美人なのに?普通周りがほっとかないんじゃ?

「えーと、学校では友達とどんな話をするの?」

「よく会話するのが勉強の事ですね」

「あ……まぁ!学生だもんね!そりゃあ勉強の話をするよねぇ?」

「はい。みんな勉強熱心でよく『月下さんのノートは分かりやすい』と褒められます」

「……ちなみに他にどんな事を?」

「……宿題を写させてく――」

「ノートの話はいいんだよ!!」

 アタシはつい机をバンッと叩いてしまう。

 一つ気付いた。碧ちゃんと出会ってたった1日だけど、どんな子なのか、はっきり分かった。

 月下碧という女の子は、無表情で美人で、高2なのに妙にしっかりしてて、生意気かと思ったらコミュニケーションが変におかしい、ただの

「もしかして碧ちゃんって、バカ?」


「――!!」


 そのたった2文字に驚くほど反応した碧ちゃんは、目をまんまるにして開けては固まる。

 でも次の行動は意外にも早く起こった。

 固まっていた碧ちゃんは動き出す。そのまま黙って立ち上がると、そのままアタシの家を出て、隣の家、碧ちゃん自身の家に帰って行った。


 確かにバカなんて言われたら怒るよね。アタシはなんでもっとこうオブラートに包めなかったんだ。

 バカをオブラートに、アホ?あんぽんたん?

 どんなに後悔しても吐き出した物を包むなんて出来ない。


「バカはアタシだよ……」


 ガチャ!

 タッ!タッ!タッ!

 勢いよくドアが開かれ、大きく踵を鳴らしながら碧ちゃんは、さっきまで座っていた場所に戻る。


 怒って帰ったかと思いきや怒りながら戻ってきた。


「これは小学生の時の通知表です。1年から6年揃っています」

 マジシャンがトランプをテーブルの上に広げる様に、小さな机に通知表が広がる。

「うわ、オール5なんて本当にあるんだ……」

 見た事のない成績表にアタシはびびった。細工でもしてあるんじゃないのかと思う程に。

「これは中学生の時のです。もちろんコレも全部5です。高校1年も5です」

 5、5、5、まじかぁ、すっげえなにこれ。

「撤回してください。私はバカじゃないです」


「……うん、ごめんなさい。碧ちゃんはバカじゃないです」

「次からはこの様な事は言――」

「碧ちゃんはおかしな子なんだ!!」

 アタシは今度こそオブラートに包んでから発言した。


「……無駄話が過ぎましたね。珍しいお茶をありがとうございました。では」


 また碧ちゃんは帰って行った。

 靴を履いて玄関のドアが閉まる時、碧ちゃんはジッとこちらを睨んでいる。ドアが閉まるまでずっとこちらを見ていた。


 こええ。そんなに怒る事だったかなぁ?



 するとまた玄関からガチャっと音がする。

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