第3話 生意気なお客さん
東京の銭湯とはどんな感じなのだろう?とアタシは微かに期待していた。
でも意外と田舎の銭湯と差は感じられなかった。
浴場もシャワーの配置なども似たり寄ったり。こうライトアップがあったり、ウォータースライダーがあったり、ボタンを押せば料理なんかも持ってきてもらったり、なんて流石にいくら東京でもないか。
そこまでお風呂に入りながら遊んだり、食べたりはしたくないし。
湯舟に浸かりながらアタシは、ベケェっと体を溶けさせて天井を眺める。
これから毎日通う事になるのかぁと思うと、少し面倒だなとさえ思ってしまう。
少し横を向くと碧ちゃんが目に映る。その距離大体2Mって所か?
アタシ達の関係はそのくらい開いているのではと、目視で確認出来る。
目を瞑ってただお湯に浸かるその姿は、修行僧?アタシが実家のお風呂みたいにだらけているのが、おかしいのかもしれないけど。
まぁでも、絵になっているとは言えるだろう。
「つかさは」
約2M先から声を掛けられる。多分聞こえにくいんじゃないかと思ったけれど、場所が場所だからか、ハッキリ聞こえた。
「つかさは、なんで東京に来たんですか?ご実家は九州、福岡でしたか?わざわざこんな所に来た理由ってあるんですか?東京じゃないと出来ない事があるとかですか?」
ハッキリと聞こえたけど、質問だらけでどれから答えればいいのか、何を聞かれたのか分からなくなってくる。
「別に大した理由じゃないよ、ってアタシからしたら大した理由だけどさ。まぁ多分分かってると思うけど、アタシの住んでる所は凄い田舎でさぁ。なぁんにも無いんだよ?遊ぶ場所も無くて、退屈で、虫もいっぱいいて、畑手伝ったりさ。だから思ったんだ」
アタシは包み隠さず話していた。田舎出身を恥ずかしいとさえ思っていたのに、スラスラと喋り続ける。まるで読み慣れた本を音読するかのように。
「何を思ったんですか?」
アタシは碧ちゃんの、その疑問に対して自信満々に答えた。
「退屈な人生は嫌だ!東京で楽しい人生を謳歌してやるぅ!てね!」
右腕を振り上げるとバシャア!とお湯が飛び散った。
簡潔に言うとこんな感じ。細かく言い出したらアタシ達はのぼせてしまう。
自信満々に答えたアタシの回答に、碧ちゃんはどう採点してくれるのか?
「……意外とつまらない理由ですね」
0点
茜ちゃんは湯船から立ち上がり、冷たい目でアタシを見下しながら、そう採点された気がした。
ペタペタと足音を鳴らしながら出て行こうとする茜ちゃんにアタシは、少しムキになってしまった。
「つまんないって何!?アタシがどういう思いで東京に来たかなんて碧ちゃんに関係ないじゃん!?」
少し所じゃないかもしれない。
「東京って、つかさが思ってるより楽しい場所じゃないですよ」
碧ちゃんは少しだけ振り返り、アタシの見間違いじゃなければ微かに笑っていた。
アタシはその笑みの理由が気になってしまい、当初の怒りはどこかに行ってしまった。
何故ここで笑う?笑う空気だったのか?よく分からなくなってきた。
アタシも碧ちゃんの後を追うようにお風呂から上がる。
曇りガラスの向こうに写る裸の碧ちゃんは、既に体を拭いていた。
カラカラと戸を開けると早見さんが一喝してくる。
「風呂ん中で叫ぶんじゃねぇよ!他の客に迷惑だろうが!」
自分が思っていたよりでかい声だったようだ。
「すいません……」
他の客って碧ちゃんしかいないじゃん。
アタシも自分のロッカーの前で体を拭き、着替えようとするが問題が発生する。
大事な物を忘れたとかではないけど、いや大事と言えば大事だ。
アタシの替えの下着についてなのだから。
あるにはある。新しいパンツはちゃんとある。でもこれは、サメパンだ。
碧ちゃんには既にバレているから、いいけど、いや良くないけどっ!良しとして、早見さんには見られたくない。かと言って早見さんの方を向きながら穿くのもおかしい。
お尻の方にプリントされているから、どうしたって見えてしまう。
穿かない?いやそれこそおかしすぎる。
「つかさ?着替えないと湯冷めしてしまいますよ。あ……」
既に着替え終わった碧ちゃんが隣に来て心配してくれるが、サメパンを見られる。
「やっぱりサメ好きなんですね」
「やけん違うって!」
「何してんだよー?騒ぐなって言ったばかりだろ」
早見さんまでも何故か近づいてくる。これが前門の虎後門の鮫って奴か……。
どちらに噛まれるかアタシ次第。
「では早見さん、おやすみなさい」
「おうっ気をつけてな碧!サメっ子も気を付けて帰れよー?」
「はい、お風呂ありがとうございました……」
帰り際早見さんにニタニタした顔で見送りされる。
お風呂に入ってスッキリのはずが、アタシの心はモヤモヤと曇っている。
「つかさ、アイス溶けちゃいますよ?」
「あぁそうだった」
アタシはアイスの棒が2本刺さっている、ソーダ味のアイスを取り出してパキッと2つに折る。
「はい、コーヒー牛乳じゃなくてごめんね。懐かしくてこっちにしちゃった」
「……」
無言で受け取る碧ちゃんは、どこか驚いている様子だった。
シャクっと一口食べると口の中がすぐに冷たくなる。溶けていったアイスが喉を通り、火照った体だからか、中からひんやりと微かに冷たさを感じる。
「うまぁっ、お風呂上りのアイスはやっぱいいねえ!」
「ちょっと冷たすぎるかもしれません」
文句を言いつつも碧ちゃんは、アイスに齧りつくのに夢中に見えた。
大人びた見た目だけど、細かい所はまだ幼さを感じた。
そうは言っても、たかが2歳差だ。
アタシも十分子供だし、大人大人なんて言ってるけど、完璧な大人とはなんだろう。
「つかさ、アイスありがとうございます。おやすみなさい」
気付いたらもうお互いの玄関前だった。
碧ちゃんはお礼をしてからドアノブを握ると、アタシも同じように握る。
「……何か?」
ドアノブを握ったつもりのアタシの手は、碧ちゃんの手を握っていた。
自分でも何故?と思った。無意識すぎるこの行動はどう収めればいいのか、2秒で考えろ。
「お茶のも!」
下手すぎるナンパみたいなセリフが出た。そりゃあ2秒じゃこんな事しか思いつかない。
碧ちゃんはもう片方の手を口に当てて、何やら考えている様子だ。
「ごめん!もういい時間だし、学校もあるよね。全然今じゃ――」
「いいですよ。勉強もありますし少しだけなら」
まさかのOK。それはそれでアタシも困る。
咄嗟に引き止めただけで、何を話したいとかもなく、お茶だってない。
「お邪魔します」
「どうぞ」
どうぞ、じゃない。なんで家に上げてるんだアタシは。
引っ越し初日で女子高生を2回も家に上げてしまうなんて。
椅子も無ければ座布団もない。そんな部屋の真ん中に碧ちゃんは正座する。
その姿には申し訳なさで胸が痛む。
アタシはなるべく時間を稼ぐ。数個あるコップの内どれが一番水道水が合うのか、どれが美味しそうに見えるのか……アタシは諦めてコップに水道水を汲んだ。
「……ごめん」
謝罪と共に小さい机にコップを置いた。
「透明なお茶なんて初めて見ました」
「……ごめんなさい」
恥ずかしい。茶葉なんてないし、飲み物なんて買いに行かないとない。引っ越し初日なんだから。
「くっ……あははっ!」
「ふぇ?」
目の前にいたのは碧ちゃん。無表情で冷たい目をしてて、生意気な碧ちゃんがいたはずなのに、今はハッキリと声を出して笑っている。
微かに上がる口角とかじゃなくて、目をぎゅっとして口を開けながら笑ってる。大爆笑とまでは言わないけど、確かに笑っている。
「――ハァ」
その笑い声はすぐに収まったけど、多分きっとこれは、いい物が見れたと確信した。
「頂きます」
いつもの無表情でコップを口に運ぶと、「水ですね」と当たり前の感想を教えてくれる。
「飲み慣れた水かもしれないけど、隣人の水道水です。滅多に飲める物じゃありませんよ?」
「そう言われると、確かに滅多に飲める物じゃないですね」
何か納得してくれた?もしかしてちょっとアホとか、天然入ってる?
「それで、何か話がしたいのでは、ないんですか?」
またピンチが訪れてしまった。
まぁただ、雑談をすればいいだけでしょ?今日知り合ったばかりとはいえ、もう一緒にお風呂だって入ってるんだ。何を今更怖気づく必要があるのか?
「あー、あ、あのぉね?」
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