第2話 生意気な番頭台

 碧ちゃんに手伝ってもらう事、約2時間。

 細かい物はまだあるにせよ、大抵の物は部屋に置かれていった。


「つかさ、冷蔵庫はここでいいですか?コンセントの位置的にここがいいと思います」

「あっうん。いいよ」

「つかさ、布団はここでいいですか?」

「あーうん。いいよ」

「つかさ、この収納BOXはここにして、服などを入れていってください」

「はい」

「つかさ」

「はい」


 アタシは碧ちゃんが聞いて来る事に答えていたはずだったのが、いつの間にか碧ちゃんに指示をされる側になっていた。

 いや、指示出来ないアタシが悪いんだけどさ。助かると言えば助かるんだけどさ。

 大人の威厳っていうのをさ?見せつけて――


「つかさ、それは今出さなくてもいいと思います」

「あ、すみやせん……」

 見せつけ、られた気がする。

 東京の子はやっぱり他と比べて、数段大人の階段を昇っているんじゃないか?



「今日はこのくらいにしましょう。残りは明日、自分でやってください」

 時刻は20時過ぎ。正直もう完璧なんじゃないかと思うくらい綺麗になった。

 とりあえず今日は寝る場所だけでもと思っていたのに、普通に人を入れても大丈夫なくらいだ。家具などの配置も気にならないし、最初の頃より広く感じる。

 隅にはまだ段ボールが2つほどあるけれど、これは碧ちゃんの言う通りいつでもいい物だ。

「碧ちゃんありがとー!まさかこんなに片付くとは思ってなかったよ!」

 生意気な年下だけど、アタシは素直に喜んだし、感謝した。

「いえ、想定よりも長く掛かりました。つかさは整理整頓が苦手なんですね」

 やっぱ生意気だ。

「すいませんねーほとんどやってもらってぇ」

 大して動いてなかったかもしれないけれど、アタシは額に汗を掻いている。おでこや頬に張り付く髪の毛が気持ち悪い。

 碧ちゃんも服をパタパタと動かし、風を送り込んでいた。

 テキパキと動いていたのだから、きっとアタシより汗を掻いているはず。

「あのさ、図々しいかもしれないけど、銭湯の場所案内も兼ねて、今から行かない?コーヒー牛乳くらい奢らせてよ」

「…………」

「あー、碧ちゃんの時間もらってばかりでごめんね。勉強あるよね?無神経だったね、お礼はまた――」

「そうですね、無駄な汗を掻いてしまったとはいえ、私もお風呂はまだなので、ちょうどいいかもしれません」

 本当にコイツは一々言葉に棘があるというか、生意気だ、って行くんだ。一緒に行くのは嫌なんじゃないかと思った。


 でも面白い事に顔色ひとつ変えないクールキャラと思いきや、意外と喋るんだよなぁ。


「では準備して来ますので」

「りょーかい、準備出来たら外で待ってるね」


 準備すると言っても、替えの下着だけでいいよね?服は今着替えちゃおう。あまり手に物を持つのも面倒だし。

 アタシは替えの下着とタオルを2枚バッグに入れて家を出る。

 空気が少し肌寒く、風が吹くと汗を掻いた頭が冷たい。

 すぐにお隣のドアが開き、碧ちゃんもバッグ片手に出てきた。

「行きましょう。こっちです」

 アタシの前には黒髪を揺らしながら歩く女子高生。ただ黙ってその背中を付いて行く。

 その背中は少しだけ丸まっているように見えた。



 アパートからほんの数分歩くと銭湯が見えた。

 碧ちゃんは自宅に帰るようにガラガラと戸を開け、中へ入って行く。続いてアタシも入り、靴を脱いでは、また戸を開けると大きな声で出迎えられた。


「おー!碧、今日は早いんだな!?」

「こんばんわ。早見さん」

 碧ちゃんが番頭台にいる女性に挨拶を交わす。

 そんな碧ちゃんの姿を見てアタシも「こんばんわぁ」と言いながら番頭台の女性の顔を視認する。

 その女性の顔を見るとアタシは一瞬、ギョッと固まってしまった。

 金髪に毛先がピンクと派手な髪色。虎の刺繍が施されたスカジャン。見た目はそう、言うなればヤンキー。それ以外の単語が思いつかないし、それ以外で表す必要もなかった。

「あぁん!?」と言ってるんじゃないかと思うくらいにアタシは睨まれる。

「ど、どうもぉ」

 軽くお辞儀をするも、睨まれたまま。この女性は番頭台にいる為、アタシよりずっと上から睨んでくる。自分より大きい存在から高圧的な視線は正直怖い。

「……~ぁしゃい、大人520円っす」

 何て?いらっしゃいって言ったのか?

 そもそもアタシは客だ。別に態度が悪かった訳じゃないはず。それなのにこんな態度をされる筋合いはないと思う。まぁ入居者だから無料だけれど、え?あ、520円?

 そうか説明しないといけないのか。でもなんか提示する物とか必要な気がする。

 あぁーどうしよう、どうすればいい碧ちゃん!?


「早見さん、その方は今日102号室に入居された二条つかささんです」

「そうなんか?じゃあ金はいらねえよ」

「あはは、ありがとうございます」

 ありがとう!碧ちゃん!一緒に来て良かった!


「この方は早見雷花はやみらいかさん。たまに番頭台のお仕事をしてもらってます。部屋はつかさの上の階、202号室です」

 なんと同じアパートの住民だったとは、アタシの上かぁ……騒がしそうな人だなぁ。

「おい、二条とか言ったな?お前いくつだ?」

「え、とぉ……19歳です」

「はっ、オレの3つ下か…………で、二条、お前碧とはどういう関係だ?」

 早見さんは番頭台から身を乗り出し、顔を近づけ、アタシにしか聞こえないくらいの声量で喋りかけてくる。

「は?え?関係?碧ちゃんとは今日知り合ったばかりなので、そこまで関係性は築けてないかと……」

 近い、怖い、嘘は言ってないぞ?確かに初日にしては、グンっと距離は縮まったかもしれないが、まだ友達の友達みたいな薄い関係性だ。


「……ふぅん。知り合ったばかりで下の名前で呼び合うのかぁ」

 なんだよ、そのくらい別に変じゃないでしょ?なんなんだこの人は?東京は生意気な奴ばかりの集まりか!?アタシは大人だぞ!?


「早見さん、ここのロッカー数日後に業者が来るそうなので、対応の方お願いしてもいいでしょうか?」

「ん?あぁいいぜ!張り紙しとかねぇとなぁっと、どこのロッカーだ?」

 早見さんは紙とペンを持ち、番頭台から降りて碧ちゃんの方へ向かう。

 トトトっと小走りする早見さんは、身長約170センチのアタシよりあんなに大きかったのに今は……


「……ちっちゃ!」


 ハッと思わず口に出してしまった言葉を、外に出て行かない様に口を押さえるが、当然意味もなく、その言葉はアタシの口から2人の方へ流れていく。

 碧ちゃんに駆け寄っていた早見さんはピタリと止まり、油のささってない機械の様にギギギと首だけが振り向く。

「二条、おめぇ……初対面の年上に対していい度胸だなぁ?」

 早見さんは凄く怒ってる。でも先ほどの怖さは微塵も感じられなかった。

 だって派手な髪色に虎のスカジャンを着ても、こんなにも小さかったら虎ではなく、猫やチワワに見えてしまう。

 年上だけど、もうただただ可愛い生き物。

「二条お前身長いくつだよ!?20センチの差がなきゃ大差ねぇん……だ、ぞ……」

 早見さんがアタシに近づく度に、その首の角度が上へ上へ上がっていく。

「え、と、170センチです」

 本当は169センチだけど、1センチなんてサバ読みにならない!靴履いたら170だし?

「……へぇ、ギリ、セーフだな!!オレは……170引く、えぇと……」

 早見さんはぶつぶつと両手でなにやら計算を始めている。

「オレは15――」

「つかさ、早見さんの身長は145センチです。25センチの差ですね」

 という事は151センチと嘘を付こうとして、計算してたのか。

 6センチもサバを読もうとするとは、早見さん無理があるよ。


「あーおーいぃ!!言うなよぉ!?」

 怒る後ろ姿はぷんぷんと怒る子供が連想される。スカジャンの虎もどこかしょんぼりしているよに見えてしまう。


「すみません。問題のロッカーはコレです」

 碧ちゃんは一番上のロッカーを指差すと、ひょいっと早見さんの体を持ち上げる。

「バカッ、他の奴がいる時はいいって!」

「平気ですから、早く張り紙してください」

「オレが平気じゃねぇって!あぁ!もう!」

 顔を赤らめながらチラチラとアタシを見る早見さんは【こしょーちゅー!】と書き殴った紙をロッカーに張り付けた。


 可愛すぎて、アタシの心は癒されていく。


 仕事を終えた早見さんはアタシを睨みながら「見てないでさっさと風呂入っとけ!」と威嚇してきた。

 アタシは笑うのを我慢しながら「はぁい」と返事をするが、早見さんにはバレバレだった様だ。

「笑ってんじゃねぇ!」

 そう一喝され、アタシと碧ちゃんは正反対のロッカーで服を脱ぎ始める。

 出会って初日に隣で裸になるのは少し恥ずかしい。別に変な気を起こすとかそんな事はないけれど、やはり美人なだけあって意識はしてしまうのではないかと思い、アタシは距離を置く事にした。

 まぁこれから一緒にお風呂に入るのだから、結局は目にしてしまうだろう。

 肌が綺麗でスタイルいいんだろうなぁと勝手に想像してしまう。


 って、早見さんもいるじゃん!

 アタシは横目で番頭台を視界の隅に収める。

 こちらを見てはいるけれど、顔の角度的にアタシを見てる訳じゃない。

 しっかりと視界に早見さんを捉えると、その視線の先は碧ちゃんだけをジッと見ていた。

 それに釣られてアタシも碧ちゃんの後ろ姿が視界に入る。

 白い背中に掛かる綺麗な黒髪は更にアタシの目を惹いた。後ろ髪を前に持って行くと両手を背に回し、スムーズにブラのホックを外す。

 高校2年生にしては凄く大人な下着だと思った。上下とも黒色の下着。レースが施されているのが見えた。

 アタシは今身に付けている下着に目を落とす。

 シンプルな白色でレースなんて物はないし、大人が付ける下着と言われたら、十中八九付けない下着だろう。

 年下にここまで見せ付けられるとは思わなかった。それでもアタシは東京で生きて行くのだから、この先絶対ちゃんと大人の女性になれる、なってやると決心した。


 ふとチラっと早見さんを見ると目が合ってしまう。

 その顔はニタニタと小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。

 アタシが碧ちゃんの体を見ては自分のと比べて、落胆している所を目撃されたとすぐに分かった。

 凄く自慢気な顔で笑う早見さんは、可愛さはなく、アタシはイラっとした。

 アタシは早見さんに向かって自分の胸を大胆に上げて寄せて見せ付けた。

 すると早見さんは真顔で自分の胸に視線を落とし、次に顔を上げると怒った顔に変身していた。

 アタシはニヤニヤと笑い返す。


「もう仲が良くなったんですね。先行きますね」


 アタシは自分の胸を押し上げては、グラビアみたいなポーズをしている所を見られた。

 碧ちゃんが先に浴場へ向かうと同時に、アタシの顔からはすぅっと笑顔が消える。黙々と下着を脱ぎ、ロッカーに投げ入れる。

 後ろからは微かに笑い声が聞こえた気がした。





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