第25話 修学旅行に行こう(上)

 旅行初日。出発は早朝だ。


 地元の駅から電車で二十分。ここから新幹線に乗って北へ行き、最終的にはバスでスキー場に。

 早朝から移動をして、お昼前にはホテルに着いた。うん、晴天に白い雪、肌を刺す冷えた空気が清々しい。雪だ雪だ、雪山だ。


 ホテルに集団チェックインし、割り当てられた部屋へとまずは荷物を運びこむ。

 一部屋あたり十人前後で男子と女子がそれぞれ二部屋。学年で五クラスあるから全部で二十部屋、それに教員が数部屋という規模の旅行である。


 食事は全て大広間ということで、到着後の軽い休憩を挟んでまずは昼食タイム。クラスごとに分けられ並ぶテーブルに自由着席での食事だから、当然のように僕の隣にはセフィアが来る。しかし周囲を見てみると、これを機会と思ったのか……意外な組み合わせのペアが多い。


 「はい、あーん」

 「いいよ、自分で食べるってば」


 周囲のそんなムードに当てられたのか、セフィアがおかずのニンジンを箸で摘まんで僕の口元へと運ぶ。家でさえ、こんなことはしないのに。


 「あんたらいつもそんなことしてるの?」


 向かいから、高山瑠奈とその取り巻きから冷たい視線が飛ぶ。


 「してないしてない、こいつなんか浮かれてるんだよ」

 「だって婚前旅行よ?いちゃいちゃしないと」

 「修学旅行です」

 「ゲレンデが溶けるほどロマンスの神様ありがとう」

 「どこでそういう知識を仕入れてくるんだ」


 余所のテーブルもなんか急に春めいている。端っこの方で、吉村をはじめとした陰キャ男子がひたすらに飯をかっ込んでいる。よく見ると、あの三つ子も一緒になってご飯をおかわりしていた。


 「▼食べられるだけ食べておくべし▼」

 「▼まるで天国。白いご飯食べ放題」

 「はー、来た甲斐あった▼」


 教室では割と陽キャ共がひっついて世話を焼いていたのに、なんでだろうと思って観察してみると……なるほど陽キャ男子は高山瑠奈の周辺に陣取っているのか。肝心の高山は女子軍団に囲まれて、男子を完全シャットアウトしているけれど。


 「ねえ約束して」

 「ん?」


 人の顔をぐいっと自分に向けさせるセフィア。食事中になんてことをするんだ。


 「今日と明日、講習頑張るからね。明日の午後とナイターと、明後日の午前中は全部デートだからね」

 「欲張りだな」

 「当然の権利です」


 つまり、今日の午後と明日の午前中が温泉チャンスということだ。近隣のホテルや旅館で日帰り入浴可能な場所はリストアップ済だし、ふひひ、自然に口元が緩んでしまう。


 「あらレイジ、そんなに楽しみにしてくれるのね?」

 「あ、あはは」


 昼食後、各自部屋に戻ってからウェアに着替える。ウェアもスキー板も私物の持ち込みは禁止で、全てホテルのレンタル品を借りることになっている。どちらもかさばるものだから、持ち込まなくていいのは楽だ。例えホテルの名前が、ウェアの背中にバッチリ入っていたとしても。





 「レイジ助けて」


 夕食時に再会したセフィアは、なんだかへろへろになっていた。


 「すごく疲れた」

 「斜面登るやつとか、案外つらいだろ」

 「あのカニ歩きほんとつらい。頑張っても頑張ってもちょっとしか登らないの」

 「まああんまり使う事はないテクニックだとは思うけどね」

 「あと方向転換。足が根っこからもげるかと思った」

 「スキー板が長すぎるとつらいんだよなぁあれ。でも、ちゃんと合うのを借りてるだろ?」


 なんか、ここまで体力と精神力を削られてるセフィアを見るのは、実は初めてかも知れない。僕は二軒ほど温泉を堪能してほくほくだけれど、慣れないスキー教室はそこまできついものなのか。


 「とにかく、風呂入ったら足腰を良くマッサージしておいたほうがいいよ。普段使ってない筋肉使うから、簡単に筋肉痛になる」

 「マッサージしてー」

 「ここでならいいぞ。軽くしかできないけど」

 「夜、部屋に行くからさぁ、二人きりでしっぽりと」

 「ダメ。てか無理」

 「じゃあ来てよ、押し入れを愛の巣にしとくから」

 「もっとダメだろ」


 そもそも、男子と女子の部屋はフロアで分けられている。見張りの教師だっているだろう。そこを掻い潜ることを喜びにするほど、僕は暇ではない。


 「むーん、夫婦の触れ合う時間が少ない―。レイジに色々相談と言うか、報告もしたいのに」

 「今できないこと?」

 「うーん……まあ今でもいっか。えとね、先週迎撃艦隊αの駐留星域にダグラモナスの大艦隊が不意打ちかけて、αが全滅したの」

 「えっ、それまずくないか?」

 「とってもまずいわよ。でも連中、星系には手を出さずにどっかに消えた」


 セフィアは僕の頭上に顎を乗せる。彼女が喋る度に、細い顎が僕の頭頂部をぐりぐりえぐって痛い。


 「問題はそこから。αの隊員を再生復活した時に、また遺伝子データへの不正アクセスがあったみたいなの。精神データの方には入れなくて諦めたみたいだったけど」


 確か、キツネ座人が掌握している再生復活のルール上、同一の意識データを複数の体に適用することは禁止されている。なので、肉体も精神も同じ人物が同時に二人以上存在はできない。


 「精神データの改変はあたしたちにもまだ不可能な領域だし、今回はサーバ側でアクセス弾いたらしいから今すぐどうこうっていうのはないと思うんだけどね。とりあえずこの学校関係者のバックアップ処理は、ハッキング元の特定が済むまでは差分モードにするって通告があったから覚えておいて」

 「差分モード?」

 「前回との差分だけバックアップするの。復元に時間がかかるから、あんまり好きじゃないんだけどねー……あれっ?」


 セフィアが僕の髪に鼻を埋めてくんくん嗅ぐ。


 「なんか匂いがいつもと違う気がする」

 「そうか?気のせいじゃないか?」


 ひょっとしたら温泉の匂いだろうか?シャンプーは家から小分けボトルに入れたのを持ってきて使ったので、もし匂いが違うとするとそれくらいしかない。


 しまった、本来なら入浴はこの後なんだ。


 くんくんくんくんくんくんくん。しつこく嗅ぐセフィアに、高山瑠奈がジト目を向ける。


 「セフィアん、なんか変態チック」

 「んん?ルナも旦那の匂いチェックは忘れたら駄目よ?健康状態も判るし、意外な所から秘密にも気づく」


 ちょっとギクリとする僕。いや別にやましい事ではないんだ、ただ温泉に入って回っているだけなんだ。しかしあのホテルの大浴場、眺望は素晴らしかったな……


 「秘密ねぇ、この男にそんな甲斐性あるのかしら」

 「なんだろこの匂い。どこかで嗅いだ気もするけどよく判んないな。でも今日はレイジ分足りないからもっと補給しなきゃ」


 どこかって言うか、ここ温泉郷だからその匂いだらけなんですけどね。一応誤魔化しに話題を変えよう。


 「とにかくあと半日、頑張って講習受けろよ」

 「あたしもう疲れてくじけそう。励ましのちゅーして」

 「そういうのは講習の卒業祝いだな」

 「約束だよ?」

 「ただし人前ではしない」

 「よーし頑張るぞ、明日はペアリフト乗ろうね!あとソフトクリーム食べたい」


 僕は頭からセフィアを引き剥がして、夕食の残りを食べ始めた。αの話も気になるけれど、それより明日の目標はこの温泉郷で一番の長い歴史を誇る旅館だ。その風格ある湯船に浸かることが。今回の旅行の真の目的だと言ってもいい。


 「なんだかな、二人して締まらない顔しちゃって」

 「このデレデレ夫婦め」


 高山瑠奈たちのそんな声なんか、全く気にならない僕だった。自力での旅行が難しい学生にとって、このチャンスは逃せないのだ!






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