第23話 正月休み余録

 しゅひゅん。


 セフィアと二人、昼ごはんのお雑煮を食べ終わったタイミングで、リビングに転移音が響いた。


 「あらお母ちゃん!」

 「おめでとう!来たわよ!」

 「お姉ちゃんも!」

 「おめでとうセフィア」


 二人とも今日はパリッとしたスーツに身を包んでいる。薄紫のお義母さんとミントグリーンのお義姉さん。できるキャリアウーマンそのものといった雰囲気だ。


 「はいセフィア、お年玉」

 「んもー、あたしもう自分で稼いでるからいいのに」

 「未成年のうちは黙ってもらっときなさい。はい、お姉ちゃんからも」

 「むーん、ありがと」


 セフィアがしぶしぶぽち袋を受け取ったので、僕も挨拶に回る。


 「明けましておめでとうございます」

 「レイジくん、おめでとう。はい、お年玉」

 「私からも、はい。おめでとう」


 二人は僕にもぽち袋を差し出す。しかし、お年玉って宇宙にもある文化なんだろうか?


 「さあさあ受け取って」

 「どうもありがとうございます」

 「いいのいいの、学生なら臨時収入は貴重でしょ?」

 「確かに。有り難く頂きます」


 ぽち袋を受け取ってから、僕はまず空になったお椀二つをシンクへと運んで急須にポットのお湯を注ぎ、お茶を淹れて二人に出す。ダイニングのテーブルが一気に賑やかになっていた。


 「お父ちゃんは?」

 「なんかまたグズグズ言ってるから置いてきたわ」

 「えー、可哀想」

 「いいのいいの、エリシエのお見合い写真が気に入らないって朝から飲んでるんだもん。婿さんとの初対面が酔っ払いとか、ありえないっしょ」


 話している内容は別として、しかしまあ美人揃いである。お正月から眼福、実におめでたい。キツネ座の人って美人さんしか見たことがないな。


 「それで今日は何しに来たの?」

 「うん、ただの暇つぶし」

 「なにそれ」

 「エリシエと二人で福袋いっぱい買ってさ、デザインとかサイズとか合わないのをあなたにあげようかと思って」

 「やだよー、変なシャツとかいらないし」


 露骨に嫌な顔をするセフィア。


 「いいじゃない、フリーサイズのTシャツならレイジくんも着られるし。ペアルック福袋もあるわよ」

 「もっとやだよー、なにそれ!?福袋でペアルックとか絶対売れ残りじゃん」

 「いやいや、ペアの下着だから」

 「余計に嫌だ!」


 ペアの下着でさらに福袋か。なんだかちょっと見てみたい気もするけど、ここまで拒絶するセフィアを見てしまうと、それにわざわざ反旗を翻す気にはなれない。しかもブツは宇宙福袋だから、想像を絶するものが出てくる可能性がある。


 この人たちの『宇宙なんとか』は大抵ろくでもないものだし。


 「ところでセフィア」


 お茶を一口含んでから、お義母さんが厳かに言う。


 「なあに?」

 「迎撃艦隊βのバックアップデータに、不正アクセスの形跡があったわ。気を付けなさい……と言っても無理だけど、一応耳に入れておこうと思って」

 「バックアップに?」

 「うん。遺伝子データの方だけだから、心配はいらないと思うけど」

 「ふーん……まさか、クローンかな?」

 「ちょっとでも知識があったら、そのままじゃ使い物にならないくらいは判ると思うんだけどね」

 「連盟派がまた何か始めたのかな」


 エリシエさんがやれやれといった顔をする。またあいつらが暗躍してるのか……


 「でもさー、軍のデータバンク読まれるってまずくない?」

 「どこまで連中の息がかかってるか判らないのが痛いのよね。うちの一族は大丈夫と信じたいけど」

 「私の方からも調べてはいるけど、なかなか尻尾掴ませてくれないわ」


 そういやこの人たち、軍の偉い人なんですよね。それでも政府絡みの話になると、どうにもならないのがシビリアン・コントロール。


 「不透明な資金も軍の中だけなら追えるけど、やっぱり迂回されまくるとつらいわ」

 「情報部に変な圧力もかけたくないしね」

 「一族には政治家いないもんね」

 「今さら政界進出もないもんだわ。それに『メルテリアラウスは自由を守るつるぎたるべし』ってご先祖様の言葉もあるし」


 この手の話になると僕は蚊帳の外だ。軍人ではないし、一族の薫陶も受けていない。だからせっせと空いた湯呑みにお茶を注ぐ。


 「昔、クローンに初期データだけインストールした複製艦隊計画っていうのがあったんだけどね。それとAI操艦を組み合わせるっていう研究レポートがちょっと前に発表されたのよ。ひょっとしたら、それ絡みで動いてるのがいるかも知れない」

 「やだなぁそういうの。魂の無い器が使い物になるとは思えないけど」

 「数を揃えればそこそこの戦果は期待できるわ。手早く数的不利を埋めたいなら、促成栽培のクローンは悪くない。ダグラモナスも連合軍も、人手不足はずーっと悩みの種だしね」


 そうだ。僕はお茶受けにと、まだ残っていた栗きんとんを小鉢二つに入れ、小さなフォークを添えて出した。


 「あら?ペロメッソン?」

 「ううん、違うの。地球のクリンキトロンよ」

 「栗きんとん」


 セフィアの変な発音を訂正しながら、僕は笑う。


 「あらあら?これ全部足取ってあるの?」


 やっぱり足があるのか。一体どんな原料を使っているんだペロメッソン。


 「これ植物なんだって!だから小骨もないよ」

 「あらあら美味しいわね!来年からうちのおせちもこれにしようよお母ちゃん」

 「そうね。長老方にも子供にもいいわねこれ。味もこっちの方が甘くていいし」


 小骨があるのか。小動物か小魚か。でも足があるって言ってたしなぁ。一体何者なんだペロメッソン。知りたいような、知らなくてもいいような。



 いや待て!今『うちのおせち』って言ったぞ!?危なくスル―するところだった。宇宙にもおせち料理あるのかよ!?そういやセフィアも普通におせちもお雑煮も作ってたし、いったい何なんだ宇宙……



 「それじゃレイジくん」

 「はい?」

 「政情が安定してる今のうちに、戸籍作りましょうか」

 「戸籍!?」


 ぎょっとする僕。お義母さんもお義姉さんもすまし顔だ。


 「だって貴方地球人じゃない。戸籍作らないと、連合領土に入国できないわ」

 「あー、そういうことなんですか」


 そうか、我が地球は未だ宇宙連合に加入できていない。国家として承認されていないのだから、正式な入国なんて出来るはずもないのだ。


 「一族に顔見せするなら、リモートじゃなくてやっぱりうちでやりたいの。宗家の嫁としては、そこは譲れないかなって」

 「お母ちゃん気合入ってるね」

 「だってだって、ずーっと欲しかった息子だもん。今からもう一人作ろうかって、お父ちゃんと相談してたくらいなんだから」

 「やめて、また女の子だったら目も当てられない」

 「やめて、三十手前で新しいきょうだいとか恥ずかしすぎる」


 娘二人は母の言葉に顔を真っ赤にして拒否をする。セフィアの言う通りに末っ子がまた女の子だったらという懸念もあるし、エリシエさんの思いも切実だ。


 「まさかお父ちゃん乗り気じゃないでしょうね?」

 「んっふっふー、そこはヒ・ミ・ツ★」

 「やめれー、仲が悪いより断然マシだけど、まだそういう風に仲が良いってなんかやだ!歳を考えれ!超高齢出産!」

 「うっさいわね、そんなこと言うなら彼氏の一人でも連れて来なさいよ」


 エリシエさんが黙った。


 「とにかくね、義理とは言え息子ができるんだから、お母ちゃんから一族のみんなに紹介したいのよ……えっと、ナガトが苗字だよね」

 「はい」

 「お母さんの旧姓は?」

 「確か、三笠だったと」


 なにか紙にさらさらとメモを取るお義母さん。


 「本当は違うけど、ナガト家もマハリマの一族ってことにしちゃいましょうか。新しく族名立ち上げてもいいけど、時間とお金かかるし」

 「はあ」

 「レイジ・メルテリアラウス・ミカサ・ナガト、ってとこかな。あ、地球の戸籍とはまだしばらく連携しないから、そのへんは気にしなくていいわよ」

 「うんうん。メルテリアラウスって入れとけば、長老様たちも喜ぶね」

 「わー、嬉しいなぁ。これであたしの連合籍も、正式にデ・ナガトに出来るのよね?まだ仮だし」

 「まずは戸籍生成が受理されてから、だけどね」


 楽しそうに笑い合う三人。まあこの期に及んで逃げるつもりはないけれど、なんだかすごく緊張してきた。どんどん堀が埋められて行く感じ。


 「そういえば、もうすぐ修学旅行ですって?」

 「はいそうです。スキー修学旅行」

 「あらいいわね、どこの惑星?」

 「いや、地球の高校なので日本国内です」

 「セフィアはうまく滑れなかったでしょ」

 「ふーんだ、初心者教室に申し込んだから大丈夫でーす」


 この家族団欒に、僕とその両親もそのうち入って行くことになるんだろう。地球に統一政府樹立の動きなんてものはさらさらなく、世界各地の紛争も消える気配がない。何もかもがうまく行く方法ってないものなんだろうか。僕はぼんやりとそんなことを考えていた。





 ちなみに、お年玉としてもらったぽち袋の中身は見たことのない、印刷されている肖像も誰だか知らない紙幣だった。二人が帰ってから中身を見てみたら、セフィアがなにやら憤慨している。


 「これ宇宙紙幣?」

 「うわっ!お母ちゃんもお姉ちゃんも、下心全開じゃないの!んもー!」

 「そんなにすごい金額なの?」

 「日本円で百万円づつくらいあるわよ!やだわもう、レイジに気に入られようと必死過ぎる母と姉って……とほほ」

 「まあまあ」


 ていうか、一目で価値を理解できない僕なのだから、作戦は失敗していると思う。


 「もう、レイジに色目使わないように厳しく言っておかなきゃ」

 「家族としての愛と思いたいんだけど」

 「それにしてはちと大げさよ。ま、どっちにしてもレイジはこのお金使えないでしょ?口座作って貯金しておくわ」

 「任せるよ」



 まぁそんな感じで、僕たちの冬休みは終わっていくのでした。




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