第22話 お正月と枕

 ぐもーーーん……


 除夜の鴨が遠くから聞こえる。


 年越しそばも食べて、あとは日付が変わるのをまったりと待つのみとなった。ああ、ゆったりとしたこの時間はたまらんなぁなどと考える。年寄り臭い?そんなことはないと思うけど。


 「レイジ、あと何分?」

 「あと一分切った」


 年が明ける。今年も色々あったなぁ。父さんと母さんがここにいないのは残念だけど、元気でやってるんだろうか。まぁ無理に会いたいとは思わないけど、電話くらい出てもいいだろうに絶対出てくれない。


 「ぴっ、ぴっ、ぴっ、よし、今だ!」


 スマホを見ていたセフィアが急に僕の腕を掴む。周囲の景色が一変して、僕とセフィアの二人は誰もいない戦艦のブリッジに転移した。




 「ぽーん!やった、あたしとレイジは年明けの瞬間、地球上にいませんでした!!」




 うわーそれ、小学生が時報でジャンプして言うやつだ!


 懐かしいやら、そんなこと本当にやるセフィアに呆れるやら。しかしまぁ、浮かれてはしゃぐ姿を見るのも和むものです。


 「新年明けましておめでとうございます」


 ぺこり、と頭を下げるセフィア。僕も慌てて頭を下げる。


 「明けましておめでとう。今年もよろしく」

 「よろしくねレイジ」


 とりあえず挨拶はこんなものだろう。


 「じゃ、とりあえず帰って寝ようか。初詣行くだろ?」

 「うん。それなんだけどさ、やっぱり振袖とか着た方がいいかな?婚約じゃ留袖はまだ早いよね?」

 「済まん、そのへんは判らん」

 「うーん、そしたら普通に私服でいいかな」

 「まあそんなに気合い入れるイベントでもないしな」


 がらんとした戦艦のブリッジ。人が誰もいないので冷え冷えとしている。


 「地元の神社でいいだろ?どこか行きたいとこある?」

 「ううん、あんまり混んでるとこ行きたくないから、地元でいいと思う」

 「なら帰って寝て、朝御飯食べてから初詣ってとこだな」


 んーっ、と大きく伸びをする僕にセフィアが歩み寄り、そしてリビングへと転移した。





 駅から商店街を抜けて少し歩いた、小高い丘の上に神社がある。隣町の神社に比べて規模は小さいけれど、参道には出店もたくさんあって賑やかだ。


 「ねえねえレイジ、恋愛占いあるよ!」

 「これ以上どうしようってんだ」

 「あっ、そっか。ねえねえレイジ、牛串だって!食べたい!」

 「これからお参りですよ?帰りにしなさい」

 「あっ、そっか。ねえねえレイジ、輪投げだって!やりたい!」


 まあ本当によくはしゃぐこと。こんなにキラキラされると色々やらせてみたくはなるけど、僕がブレーキにならないと。


 まずは手水舎で手と口を清める。寒い上に流水だからさらに冷たく感じるけれど、ああ清められたなという実感があって良い。セフィアはひしゃくに興味津々と言った感じだけれど、僕はあえて無視する。


 参道に人は多いものの、神社の境内はそうでもなかった。なので、僕とセフィアはすんなりと賽銭箱の前まで進む。


 「どうするの?」


 セフィアが小声で尋ねる。


 「まずは二回、軽くおじぎをして」


 ぺこり。ぺこり。


 「そしたら手を二回叩く」


 ぱんぱん。


 「そしたら手を合わせて目を閉じて、心の中で神様にお祈りをする」


 今年も仲良くできますように。っと。


 「神様へのお願いが終ったら、もう一度おじぎをしておしまい」


 ぺこり。


 「これが一般的な、二礼二拍手一礼ってやつね」

 「ほほー、だいたいこれなの?」

 「神社によって違うところもあるから、その神社に合わせたやり方が必要かな」

 「なるほどー。あっレイジ、おみくじ引こうよ」


 セフィアに引っ張られて社務所の方に行く。おみくじか、こういうのって大抵凶を引くパターンな気がするんだよな。


 「やった、大吉!」

 「小吉だ」

 「なになにー、恋愛運は……早く結婚しろだって!子宝にも恵まれるって!」

 「仕事・学業はぼちぼち、健康運まあまあ、金銭運悪くはなし……なんだこのぼんやりとしたのは」


 そう言えば、去年の破魔矢とお札は探したけれど見つからなかった。でもとりあえず、今年の分は買っておこう。それと、お守りコーナーを覗いたら『武運長久』なんてものもあったので、ひとつ買ってセフィアに渡す。


 「レイジ、これ」

 「うん、頑張ってくれてる君に」

 「ありがとう。嬉しい」


 胸の前に両手で握り、微笑むセフィア。ああ可愛い。


 「じゃ、お楽しみの出店を見ながら帰ろうか」

 「うん、いこいこ!」



 ……あれこれ食べ過ぎて、二人とも昼食いらずになってしまった。露店の食べ物って、三割増しで美味しく感じるよね。え、そうでもない?



 そんなわけで膨れたお腹を宥めつつ、リビングのソファでセフィアと二人のんびり。


 テレビも大して面白い番組をやっていない。まあ、家族団欒で話すネタにでもなればいいくらいなんだろうな、と無責任に思う。元旦から、なにか精神的に高尚でためになる番組とかやられても逆に落ち着かないだろうし。


 「おいで」


 セフィアが何か思いついたようで、僕を呼ぶ。僕は何も言わずに、膝立ちになって彼女の胸へ頭を預ける。するとセフィアは僕の頭を優しく抱いて、そして撫でる。


 「ゆったりしたお正月なんて、久しぶり」


 僕は返事をしない。多分セフィアは返事を求めてはいないと思ったからだ。


 「……いいよね?」

 「いいよ」


 クリスマスイブ以来、何が気に入ったのかセフィアは日に一度は僕の耳を求めるようになった。だけど自分の耳については何も言わない。あの不可思議な香りと味はなんだったんだろうと疑問にも思うけど、無理強いすることではないから要求がない限りは放っておこうと思う。


 しかし、僕の耳を舐め終えた後のセフィアはなんだか妙に色っぽくてドキドキしてしまう。瞳は潤んでいるし、肌もほんのり桃色に上気しているし、少し荒くなった呼吸もまたそそるものがある。 


 気が付くともう時刻は夕方を過ぎており、そろそろ夕食の時間になりつつあった。


 「さ、おせちの残り食べちゃおうよ」


 妙に生き生きしているセフィアと、なんだかぐったりした僕は……朝に引き続きおせち料理を食べた。出来合いのものをお重に詰め直しただけでも、それなりに立派に見えるものだ。


 「これやっぱり美味しい。ペロメッソンより気に入った」


 栗きんとんを箸でつまんで、セフィアが言う。


 「そりゃ良かった」

 「これ木の実なのね?ペロメッソンそっくりだけど、足も小骨もないから食べやすい」

 「足?小骨?」


 いったいそれは何なんだろう。口ぶりからすると、植物ではないらしい。どっちにしてもわけの判らない事象についての話になると思うので、ツッコむのはやめておこう。


 「冬休みはすぐ終わるけど、どっか行きたいとことかある?」

 「ううん、別にないかな。どこも人だらけでしょ?」

 「初売りの福袋とかは?」

 「いらないいらない、お母ちゃんとお姉ちゃんが毎年変なもの買って損してるの見てるからね」


 そういえば、あんまり物に執着しない子だと姉も母親も言っていたっけ。


 「ところでレイジ」

 「はい」


 ほぼ空になったお重を片づけながら、セフィアがもじもじし始めた。


 「今日先に休ませてもらっていいかな?」

 「どした?具合でも悪い?」

 「ううん、そうじゃないけど」

 「いいよ、片づけは僕やっとくから」

 「お願いします……」


 ふらふらと階段を昇って行くセフィアを見送って、僕はダイニングとリビングの片づけをしてから、ソファに腰掛けて一息つく。


 スマホのメッセアプリを見てみると、新年のメッセージでタイムラインが埋め尽くされていた。初めて見る名前もかなりある。普段は使っていない親族も挨拶しているらしい。今は特に動きも見えないので、僕もそれらに倣って、新年明けましておめでとうございますと書き込んでみた。


 一瞬の間があって、ぴょぴょぴょぴょぴょと連続でレスが付く。うわー、みんな待機してたのかよ!


 【今度酒でも飲もう】

 【ダメダメ、婿さんまだ未成年】

 【本家でお披露目してよ、ワシもう先長くないんじゃ】

 【そう言い続けてもう二十年】

 【ひぃマゴ抱くまで死ねん】


 はぁ。僕はため息をついてスマホの画面表示を消した。歓迎されないよりは全然いいんだけど、全肯定しかされないのもまた逆に疲れる。



 んーっ、んーっ、んーっ。



 スマホがマナーモードの振動をする。着信はお義母さん。出ない訳には行かない。


 「はい、もしもし長戸です」

 「きゃーんレイジくーん、あけおめ!ことよろ!」


 ……さすがに仕事中じゃないよねこれ?と少し不安になりながらも返事をする僕。


 「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 「うんうんするする!」

 「それで、何かありましたか?」

 「あーうん、ちょっと気になったことがあってね。セフィアがメッセに出てこないから、どうしたのかなーって思って」


 監視されている。


 「なんかですね、今日は疲れたみたいでもう寝てます」

 「えー、何かあったの?」

 「いえ別に。普通に初詣行って、あとは家でゴロゴロしてただけですけど」

 「子供作った?」

 「作ってません」


 ナチュラルにネタを突っ込んで来るな、この人は。


 「んー、何か変わったことあった?」

 「そういえば、ちょっと前から僕の耳を」

 「耳」


 電話の向こうで生唾を飲み込む気配がする。


 「はい耳です。舐めさせろと言うので、好きにさせてます」

 「わわわ、好きにさせたの?それでそれで?」

 「一回だけ、自分のもって言うから舐め返してやりましたが」

 「わふーーー!」


 なんかすごい反応が返って来て、僕は驚く。なにこれ?


 「あーでもレイジくん地球人だものね。だからか、うんうん」


 何か一人で納得している。


 「あのねレイジくん。それは、他の子に言ったらダメよ?あーお義母さんが聞いて良かったわ、エリシエにも言ったら絶対ダメよ」

 「つまり、何か意味があるってことですか?」

 「そうね、地球の似たような文化で言うならば……お互いに枕をYesにするってこと」


 枕?


 「やだわーあの子ったら!そりゃ先に寝ちゃうわもう!」

 「枕は地球の文化なんですね?じゃあ後で調べてみます」

 「忠告しとくけど。調べて色々判ったとして、セフィアには知らんぷりしてあげてね。今まで通りに接してあげてね」

 「知らんぷりですか?」

 「そそ。それが優しさってものよ」

 「はあ、判りました」

 「それで良し!まぁ理由が判ってほっとしたわ!新年早々何かあったのかと思っちゃった!」


 しかし宇宙の正月か。なんで地球とタイミング同じなんだろう?やっぱり合成宇宙餅の扱いとかコスモお雑煮の味付けの地域差で揉めたりとかするんだろうか。


 「やあ、ご心配をおかけしました。セフィアにもお義母さんが心配してたって伝えておきます」

 「ありがとレイジくん。それでねそれでね、ちょっと聞いて欲しいんだけどぉ」


 そこからがまた長かった。宇宙デパートで買ったコスモ福袋の中身が今一つだったとか、本家の新年会で用意したお酒が足りなくて追加で買いに行ったとか、軍本部での会合でエリシエさんが大量のお見合い写真を持たされて帰って来たとか。しかし、よくここまで喋るネタがあるものだ。


 近いうちにまた顔を見に行きますよ、という宣言の後に通話は終了した。まったく憎めない人だ。僕はそのままスマホで枕に関する情報を検索し……一人リビングで赤面した。思ったよりも耳は危険だ、これは悟られないように気を付けないと。




 しかしなんで、地球のそんな枕を知ってるのお義母さん!?




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