第21話 年末商店街とか
駅前の商店街で、一人で買い物をしているセフィアを見かけた。珍しく長戸の姿が無いので、私こと高山瑠奈は安心して彼女へと声をかけた。
「おーいセフィアん、おこんちわん」
「あららルナ、おこんちわん」
冬の寒い空気と薄い日差しに、セフィアの銀髪は綺麗に流れる。ほんとセフィアは可愛い。
「どしたの、買い物?」
「うん、おせちの材料とか買いに」
「えっ、まさか作るの?」
私は驚いた。まあ昨今のご家庭おせちなんて基本は出来合いの寄せ集めで、作っても黒豆くらいなものだろう。おせちまるごとセットだって売ってるし。最近では肉ばっかりとか洋風とか、既存の枠に囚われないおせちもあるって話だ。
「まさかー。切ってお重に入れるだけだよ。いくつか買うの忘れてたから、追加で買いに来たの」
「ふーん」
「伊達巻さんと紅白のかまぼこさんと、ペロメッソン」
「ん?最後がよく判らなかった」
「ペロメッソンよ、あの甘いやつ」
なんだろう。
「でもどこにも全然売ってないんだよね、伊達巻さんとかまぼこさんは見つかったんだけど」
「その、ペロなんとかって、どういうの?」
セフィアははて?といった顔をする。
「ペロメッソン知らない?あの、宇宙トゲトゲの中から抉り出した」
「いや、宇宙って時点で売ってないと思う」
「えー、あたしペロメッソン大好きなんだけどなぁ」
少なくとも長戸の好みではなかったようだ。てか、あいつ一応地球人だもんな。
「レイジにきいたら、似たようなものならあるって言ってたんだけど」
「似たようなもの?」
「そそ。ごろっとしててトロっとしてて、あまくてホクホクしてるの」
「色は?」
「黄色、かな。地方によっては金色」
ピンときたので、近くの御総菜屋さんにセフィアを引っ張っていく。
「これじゃない?」
私が見せたのは栗きんとんだ。おせちはだいたい甘いかしょっぱいかだから、色と味で候補なんて簡単に絞れる。ガラスのショーケースの中でトレイに乗っかっている、量り売りの商品だ。
「あーっこれこれ!ありがとルナ!おばちゃん、これ二百グラムちょうだい!」
「いやいや、味見もしないでいいの?」
「うん、だって見た目ほぼ一緒だし。足が生えてないくらいで」
もうツッコむのは止めることにした。
「今日は長戸は一緒じゃないのね」
「うん、レイジは朝から海賊のとこで餅つきだよ」
「宇宙海賊が餅つきかあ……」
あのなんだかパンクロッカーみたいな恰好をしたロリっ子と、手下らしい揃いの横縞シャツを着た中年軍団の姿を思い出す。なんだかんだで高校の周辺をうろうろしているあの連中って、本当に宇宙人なんだろうか?
ちらりと見るセフィアは実に楽しそうな微笑んでいる。だから、前から気になっていることをちょっと聞いてみようと思った。
「セフィアんってさ、長戸とほんと仲いいよね」
「うん!そうだ、ほら見て見て!婚約指輪!やっともらえたの~んふふ」
セフィアの右手薬指には、金色に輝く指輪があった。二学期の終了時にはなかった物だ。ちっ、クリプレかよ。ちょっと羨ましい。
「その、さ。別にあいつのことがどうとかセフィアんの価値観がどうとか言うんじゃないんだけど、あいつのどこがいいの?」
途端に、ぼっとセフィアの顔が真っ赤になった。照れているのかな。
「いやさ、別にセフィアんの判断にケチつけるわけじゃなくてさ。同じ地球人から見て、長戸って十人並みで特に選ぶ理由なんてないのよ。だからなんていうか、選んだ理由が気になって」
「そっ、それはなんていうか、こう。顔とか声とかそういうんじゃなくて、存在そのもの?」
「存在そのもの?」
「うまく説明できないんだけど、あたしたちの星の人間は、なんていうか、レイジみたいな人に惹かれるのね。波長が合う、みたいな?地球人で言う一目惚れに近いのかな、特にレイジはあたしたちを惹き付ける感じでね」
「あー、だからたまに見るお仲間も、長戸に色目を使うのかー」
「彼氏がモテモテなのは彼女冥利に尽きるんだけどね」
真っ赤に照れて下を向くセフィアもまた可愛いな、と私は思う。つまりは、同じ地球人では判らない何かに引っかかったということなのか。
なるほど、結局よく判らん。
「ずっと一緒にいて、喧嘩とかしないの?」
「するよ」
あっさりと彼女は認めた。
「まあ大抵、あたしの勘違いかワガママなんだけどね。でも最後には許してくれるんだ」
「ふーん」
陰キャのくせしてちゃんと彼氏してるのか。なんだかちょっと腹が立ってきた。
「こないだも特売の卵を十パック買って帰ったらすごい怒られた」
「いや、それは買い過ぎよ」
「だって個数無制限で一パック五十円だったのよ?近くにいたおばさんなんて二籠分くらい買ってたし」
「それは、近所の分まとめ買いしたんじゃないかな」
「うん、レイジにもそれ言われたわ。でも結局、それでタマゴサンドいっぱい作ってくれてね、ブリッジのみんなの差入れにしたんだ」
てへ、と舌を出すセフィアも可愛いな。絶対長戸なんかと釣り合わないと思う。どんなにフォローを入れても、だ。
「あとは子作りを執拗に迫ったら、しばらく口きいてもらえなかった」
「いや、子作りって……乙女が口にすることじゃないよ」
「ん?ルナはまだ、この人との子供が欲しい!って相手に出会ってないのかな」
「私はまだかなー。まだ彼氏もいないし」
「そっかー、まだなのかー。でもルナは可愛いから、そういう相手もきっとすぐ見つかるよ。募集かけたらすぐじゃないかな」
「そっかな、あはははは」
私には彼氏はいない。特定の彼氏を作る必要もないくらいに日頃の学校生活は充実しているし、周囲の視線を集めている自覚はある。だけど、特にときめく相手がいないんだから仕方ない。
小学生の頃に、クラスの男子に気になる子はいた。学級委員を自ら引き受けるような爽やか優等生に見えたけれど、確かクラスメイトを陰で煽って担任いじめみたいなことを主導していることが判ってしまったので醒めた。そういう二面性を私は好かない。人はやはり一本気でないといけない、と私は思うのだ。
だから私はセフィアの事を好ましく思っている。特定の相手以外からの何物も必要としていない。欲しいものだけ受け取って、それ以外に目もくれていない。真っすぐに自分を貫いている。そこが魅力的なんだ。
「あっ、そろそろ帰らないと」
私はスマホの時刻表示を見てそう言った。別に予定はなかったけれど、なにかいたたまれない気持ちになってしまった。あの陰キャとセフィアが育んでいる世界のようなものに、劣等感を覚えてしまった。私にはまだ、そういう相手がいないというただそれだけのことなのに、その差がとても深く広いものに思えてしまったのだ。
「あっほんとだ、結構話し込んじゃったね」
セフィアも自分のスマホを取り出して言う。長戸とお揃いだと教室で大騒ぎしていたやつだ。なんだかちょっと羨ましく思ってしまう。やばい、今日の私羨んでばっかりだ。全部あの長戸の奴が悪い。
「じゃあまたね、セフィアん」
「またねールナ!」
屈託ない笑顔でそう言うセフィア。あの輝く笑顔に負けない自分になりたい。そう思った。
家に帰ると、居間で大学生の兄がなにやら荷造りをしていた。
「お、るー帰ったか」
「あら兄さん、何してるの?」
「ああ、年末年始はサークルの旅行だって言ったろ?」
「あー、なんだっけ?氷の上で魚釣るんだっけ」
「ワカサギ釣りな」
兄は大学のテニスのサークルに入っていたはずなのに、なんでそんなことをするんだろう。
「テニスサークルの温泉旅行じゃなかったの?」
「温泉も行くよ。その前に、男だけでワカサギ釣りだ」
「なんで?」
「なんで、って言われてもな。女の子は魚釣りなんてしたがらないからだよ。るーだって、魚は食べても釣らないだろう」
「うーん、どうかなぁ」
そんなものかな。私にもし彼氏が出来たとして、彼氏が魚釣りをしたいと言ったら、私はどうするだろう。少なくともセフィアなら、なんだかんだ言って付いていくんだろうけど。
「あれ、彼女さんは行かないの?」
「あいつ寒いの嫌だって言うから、今回は不参加」
「温泉は?」
「温泉も。ひなびたいい宿なんだけどなぁ」
うーん、まあ当人同士が納得してるのなら、そういうのもアリなのかな?よく判らないけど。
「あいつ最近付き合い悪いんだよな。ひょっとしたら、このままフェードアウトってのもあるかも知れん」
「ちょっと兄さん、それでいいの?」
「いやまあ、いいか悪いかって言われたら良くないとは思うけどさ。あんまり無理強いはできないだろ?別に結婚してるわけでもないし。出来る範囲で付き合って、どうにもならないならそこまでってだけだよ。ま、別に喧嘩してるわけじゃないし」
「ふーん」
どうにも脳裏に長戸とセフィアがチラついていけない。
「るーは人の心配する前に、まずは自分が彼氏を作れよ」
「私に釣り合う男がいないだけよ、大きなお世話!」
私は、前に家に遊びに来た兄の彼女さんのことを思い出してみた。ショートカットで活発そうな、いかにもテニス大好きですっていう感じの人だった。そういう意味では、ファッション感覚でテニスを楽しんでいる兄とは、合わなくても仕方ないのかも知れない。
でも、二人はお似合いに見えたんだけどな。
その夜、ベッドの中であれこれ考えてみたけれど、結局結論は出なかった。当然だ、人と人との関わりなんてそれこそ人の数だけあるんだもの。何が正解で、何が間違ってるかなんて誰にも判らない。
ただ、セフィアには幸せになって欲しいけど、長戸が喜ぶ顔はあんまり見たくないと思った。
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