第20話 大クリスマス大パーチー
◆海賊戦艦アガルティア号の場合◆
「ポチムラさん!メリークリスマスです!」
「めりーくりすますデスヨ、ぽちむらサン」
「こらムーモ、これコーラじゃなくて黒酢じゃないか!」
「〽宇宙の海は~広いな大きいな~」
いかにも手作りと言った風のクリスマスツリーに、サンタ服を着た手下たち。朝から飲んでいるらしく、既に真っ赤な顔でご機嫌な連中ばかり。
「ポっポっポっ」
「はとぽっぽデスカネ」
同じく、非常に露出度が高く際どいサンタ服……服と言うよりもう布と紐を身に付けて顔を真っ赤にしたスランが、吉村を前にしてどもる。それをいじるムーモは通常営業で、酢をラッパ飲みしている。
「ポポポポポポチムラっ、よよよよよく来たな」
「お招きありがとう、スランちゃん。いつもに増して、すごい恰好だね?」
吉村はいつも通りの普段着だ。特に気負っている風もない。
「きゃぷてんハ年甲斐モナク張リ切ッテルンデスヨぽちむらサン」
「余計なことを言うなムーモ!」
「大将、お腹冷えませんかねその服」
「子供は新陳代謝が活発だから大丈夫だろ」
「お頭は子供じゃないと思うが」
めいめい勝手なことを言う手下たち。ここのクルーはみんなフリーダムだ。
「ポっ、ポチムラ!これ!」
スランが何か、綺麗に包装された箱を差し出す。包装紙の図柄はドクロマークだ。
「やる!受け取れ!そして開けろ!」
「えっ、プレゼントくれるの?ありがとうね!じゃあさっそく」
吉村は箱を受け取って、さっそく開封を始めた。
「あーっキャプテン、プレゼント交換はパーチーの最後でやんすよ!?」
「抜け駆けだー」
「うるさーい、これは個人的なブツなのだ!交換会用には別のを用意してあるわ!」
「個人的なプレゼントですと!?」
「キャプテンったらダイターン!カムヒヤ!日輪の輝き!」
「うっさいわ!」
吉村が箱を開けると、中にはなんと……黒光りする一丁のコスモガンがあった。グリップにはドクロのレリーフが彫り込んであり、まさに例の
「こっこれはまた、実に宇宙海賊っぽい銃だね」
「うむ。それはエネルキー弾とパラライザーを切り替えられる、我が海賊戦艦アガルティア号クルーの証だ。それでだな、その」
「うん」
「ポチムラ、お前を名誉クルーに認定する!だから、できたらもっと頻繁に来て欲しいのだが」
周囲の手下も黙って成り行きを見守る。不安げなスランに、吉村は笑顔で小さな包みを渡す。
「ありがとう、これからも寄せてもらうよ。じゃあこれ、俺から個人的にプレゼント」
「あ、開けても良いか?」
「どうぞ」
いそいそと包みを開けるスラン。中から出て来たのは、小さなドクロをあしらった髪飾りだった。目の部分に赤い宝石があしらってあり、角度によって光って見える。
「ありがとう。嬉しいな、大事にする。ずっと付ける」
すっ、と髪に飾りを付けて照れるスラン。周囲の手下がわっ、と歓声を上げた。
「親分、良かったっすね!」
「大将、似合ってまっせ!」
「おかしら可愛い!」
真っ赤になったスランは、この日一番の大声を全身から出して叫んだ。
「ええい、キャプテンと呼べ!!」
◆あの三人の場合◆
「▼じんぐるべーるじんぐるべーる▼」
「腹がー鳴るー▼」
「▼お前そればっかだな」
安アパートの一室に身を寄せる、アリサとマリサとクラリッサ。そしてそれを苦笑しながら見ているティグレン中尉。ちゃぶ台を囲んでのパーティーだ。
「ほらほら、ケーキ買って来たわよ。三号だけど」
「▼ちっちゃい」
「ごめんね、予算の関係でこれしか。あと、鶏の唐揚げとポテトもあるわよ」
「▼どっちも冷食じゃないか▼」
「だって、あのお爺さんのお店はもう予約締め切ってたんだもん。ほら、ジュースもあるわよ」
「地球に戻って来たタイミングが悪かったか▼」
なんとも侘しいパーティー風景だが、それでも三人はそれなりに楽しそうではある。
「▼でもまあ施設にいるより全然いいよな」
「判り味が深い▼」
「▼年明けにはスキー修学旅行もあるし、楽しみだ▼」
「スキー初めて▼」
「▼雪って冷たいんだろ?ミカンとか凍るらしいよ▼」
「シャーベットみたいになりそうね▼」
「▼バナナで釘が打てるかも」
わいわいしている三人組に、ティグレン中尉が背後の段ボール箱から何かを取り出して渡す。それは、少ない予算にティグレン中尉のお財布から足して買ったプレゼント。
「はい、クリスマスプレゼント」
「▼こっ、これは伝説の!▼」
そう、それは靴を模した容器にお菓子を詰め込んだ……
「「「クリスマスブーツ!」」」
三人の声が重なった。
「こっこれ全部食べていいのか!?▼」
「一度に食べちゃダメよ」
「▼こんな贅沢が許されるのか……さすが地球のクリスマス」
「そ、そこまでかな?」
「▼人生最良の日だ!▼」
「大げさだなぁ」
安アパートの三人+一人は明るく笑い合った。笑顔なら、それで良し。
◆あっちの三人の場合◆
「今年も今年でシングルベル」
「やっぱ合コンに来るようなアーティストって駄目だったわね」
「ぶら下がることばっか考えてる男は駄目だな。パトロン探しならともかく、ヒモになる気満々とかドン引き」
カラオケボックスの一室で、パーティーというより反省会になっている同期三人。
「ミコミコせっかく下着も気合い入れたのにね?」
「うるさい、メルだって結局買ったんだろうが」
「エリも妹の彼氏と電話して喜んでる場合じゃないわよ?」
「いいじゃん現実逃避くらいさせてよ。すごく癒やされるんだからあの子」
「まぁ、他人のものっていう距離感がまた背徳感を盛り上げるのは判る」
「わたくしはむしろ、自分の手の中に来ない安心感でちょっかい出してますわ」
「お前ら不純な……私は純粋に、義弟がかわいいだけよ」
曲も入れずに、お酒とおつまみで愚痴を垂れ流す美女三名。居酒屋でいいんじゃないの?と思う人も多いだろうけど、要は防音の部屋で思う存分愚痴りたい、というのが目的なので、それでいいのだ。
「補給艦隊の方からも合コンの申し込み来てるんだけど、あと何人か本部の方に出られる子いるかな?」
「補給艦隊ってうちのお父ちゃんのとこじゃん。何か仕込まれてそうで嫌」
「そういえばエリのお父さまがお見合いの話を持ってきて下さってるんでしょう?そっちはどうなのよ」
「んー、なんかみんな四十代だからパスしてる。前に一度会ってみたけどさ、話が続かなくてダメだった」
はぁーと大げさにため息をついて、グラスのカクテルを飲み干す。
「少しは噛み合う話題がないとさー。いつも軍務の話するわけにも行かないじゃん?」
「愛があれば歳の差なんて、とは言いますけどねぇ」
「まず愛を育む前の壁だな」
いつしか皆のグラスが空になり、おつまみの皿も搭載物資がゼロになっていた。
「飲み物とおつまみ注文しますわね?」
「同じ物を頼む」
「私も。あとピザ頼んでピザ」
来年こそは、抜け駆けしてでも幸せを掴みたい。それぞれそう思う、三名の美女であった。
◆主人公たちの場合◆
朝のうちから準備は済ませ、昼過ぎにはもうやることがなくなったので駅前のイルミネーションを見に行き、帰りに足りなそうなものの買い足しもした。夕方からは二人だけのクリスマスパーティーだ、なんか緊張する。
「クリスマスにカレー」
「お前のリクエストだぞ」
「えへへ、やっぱりレイジのカレーがいいんだもん」
「ま、ケーキもあるから、かろうじてクリスマス感は維持できてるな」
「うんうん」
いつもの時間に夕食を摂り、そしてそのままケーキとジュースで乾杯をする。
「……じゃ」
さっきから異様にそわそわしていたセフィアが、武骨な見た目の小さな箱を二つ取り出す。中身は最新式の、軍用婚約指輪だ。昨日届いた。
「婚約指輪って、どっちの手?」
「んーと、右でも左でも構わないらしいけど、結婚指輪と両方するなら右手がいいってさ」
スマホで検索した結果を僕は読み上げた。すると、最終形態は両手の薬指に指輪があるパターンか。
「なら右手だね。まずはあたしに……お願い」
「ああ」
僕は実用性第一と言った感じの小箱を開ける。そこにはセフィア用の、小さなサイズの指輪が金色に輝いていた。それを見て、ほうっとため息をついたセフィアが僕の前に右手をスッと差し出す。
「夢の階段をまた一歩、登るのね」
僕は苦笑しながら指輪をつまみ、左手で彼女の右手を支えながら……その細い薬指へ指輪を通した。セフィアの瞳から涙がひとすじ、つうっと零れる。
「ごめんね、嬉しすぎて。さ、次はレイジ」
僕も黙って右手を差し出す。涙を拭いたセフィアが、もう一つの小箱から指輪を取り出して、僕の右手薬指についっと嵌めた。
ふうっ、と僕も大きく息を吐く。
「これで売約済みね」
「売約済みって……まあそうなるか」
「ま、この指輪って無理に外そうとしても絶対外れない仕掛けになってるからね、無駄な努力はしないこと」
「えっ」
さも当然、といった風にセフィアは続ける。
「だってこれ、公式にドッグタグの代わりにもなる指輪だよ?簡単に抜けたら役に立たないもん。最初に嵌めた人以外には外せないようになってるの」
「いやまあ、軍用って時点でそういうのは予想してたよ」
「これで、どこにいても完全防御。スマホ連動で居場所もバッチリよ」
「信用ないのかな僕」
「そうじゃないわ」
セフィアが真剣な目をする。
「もう誘拐とかされたくないの。どこにいるか判らない貴方をただ待っているなんて嫌。いくら貴方が最重要警護対象と言っても、軍人のあたしみたいに専属の護衛官までは付けられないわ」
「セフィア」
「これさえあれば、居所サーチして殴り込んで奪回も余裕!亜空間シールドも電波ジャミングも光学迷彩だって貫通する最新の位置発信機だから、二十四時間監視体制でもう絶対に見失ったりしない」
「ちょっと怖い」
僕はそっとセフィアを抱く。
「冗談だよ」
「……うん」
ちょっと怖いというのは本音ですが。
「……うふふふふふふふ」
セフィアが右手の指輪をうっとり眺めて、何か気色悪い笑いをしている。
「ではそろそろ、日本のクリスマスの歴史と伝統に倣って、新しい家族の生産作業に入る、ということで良いですね」
「生産作業とかいうな、まだ作りません」
「あたしはレイジとの赤ちゃん欲しい」
「そう急がないでよ、僕はまだ、君と二人の時間を楽しみたい」
言っててこっ恥ずかしい。自分が赤面しているのが判る。そしてそんな僕を前にしたセフィアも、その白い顔をうなじまで真っ赤に染める。
「そっ、それなら仕方ないわね。それなら、今からちょっとあたしのワガママにつきあってもらって、いい?」
子供をあやすように、優しくセフィアが僕の頭を撫でる。
「うん」
僕がそう言うと、セフィアはふひひひと妙な笑い声を上げながら、僕の髪をくしゃくしゃに混ぜ始めた。細い指が僕の髪を漉いていく。
「指輪じゃ足りない、レイジが欲しい。でもまだダメなんだよね?だから待つよ、いいって言ってくれるまで待つよ。あたしは貴方のものだから」
かぷっ、と僕の右の耳にセフィアがかぶりついた。熱く柔らかな舌先が僕の耳孔をなぞり、吐息が耳朶をくすぐる。
「だから今日はこれで我慢する」
それからしばらく耳を弄ばれた。セフィアはなんだかすっかり高揚した感じで、まるでお酒でも飲んだかのように肌がピンク色になっている。
「はっ、反対側も、いいかな?いいよね?」
「反対側?」
僕の左耳はそれから約一時間に渡って、何かに取り憑かれたように陶酔した目のセフィアに舐められ、しゃぶられ、甘噛みされ、唾液でべとべとにされた。
「はーたまんない。レイジ大好き」
「そりゃよござんした」
「今度はその、あたしの耳を」
なんかすごく照れ照れな感じで身をくねらせるので、物はついでとばかりにセフィアの右耳をぱくっと咥えてみた。口の中に毛の感触。なんとも言えない、まるでとろけるようないい香りがする。こんな匂い、してたかな?
「きゃうーん!」
変な声を上げて硬直するセフィア。なんかちょっと面白いので、次は左の耳を咥えてみる。今度は匂いだけでなく、甘みすら感じる気がした。
「にゃふーん!」
今度は全身から力が抜けたらしく、へなへなと床にへたりこんでしまった。
「あ、あれ?大丈夫?」
「う、うん大丈夫」
まるで熱にうなされたように力のない返事をするセフィア。全然大丈夫じゃないように見えるけど……
「レイジ、少しゆっくりしたい」
「はいな」
僕はセフィアをソファに座らせて、部屋の隅のクリスマスツリーにつけた電飾のスイッチを入れて、照明を落とす。暗闇に明滅する色とりどりのLEDが、幻想的な雰囲気で部屋をいっぱいにする。
セフィアの左隣に座ると、彼女が僕の肩に寄りかかってくる。右手を彼女の体に回す。静かに、ただ静かに時が溶けていく。
こうしてイブの夜は更けていった。ええ大丈夫。何もありませんでしたよ。
「……意気地なし」
「そういうことを言うもんじゃありません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます