第18話 相談
「そろそろ準備が必要だと思うんですよ」
「いい心掛けね!」
電話の向こうのエリシエさんはうきうきと弾んだ声で褒めてくれる。
「でもどうなのかしら、あの子の喜びそうなものねぇ」
そう。僕はセフィアへのクリスマスプレゼントについて相談をしているのだ。
「あの子昔からあんまり物に執着しない子だったからなぁ。定番の指輪とかでいいんじゃない?」
「指輪ですか」
「位置発信機付きの軍用婚約指輪なら、安く手に入るわよ」
「なんですそれ、おっかない」
「怖くなんてないわ、高級将校って敵に拉致されることもあるし、もしもの時に役立つのよ」
「あー、だから軍用なんですね」
なんだか想像を絶する世界だ。そんなもしもはいらないなぁ。
「ネックレスとかもあるけど、やっぱり指輪が自然なのよね。二層構造になってて、名前を彫り込めばドッグタグ代わりにもなるのよ」
戦死前提かよ!
「もちろん婚約指輪だから、レイジくんの分もセットね。私のお勧めはそれかなぁ」
「なるほど」
「後でカタログ送っておくから、参考にでもしてね」
「ありがとうございます」
「いいのいいの。もし買うなら私に連絡ちょうだいね、激安で手配できるから」
「それって職権乱用ですか?」
「ふふふ、役得ってやつよ」
僕は丁寧に礼を言って電話を切った。新型スマホのお陰で、こうやってセフィアの親族に電話ができるようになったのは有り難い。正直、彼女についてはまだまだ判らないことが多いのだ。
ただし、これには弊害もある。
んーっ、んーっ。スマホがマナーモードの振動をする。僕は落ち着いてその電話に出た。
「はい長戸です」
「はーいレイジくーん、お義母さんですよー」
エリシエさんに電話をすると、大体いつもお義母さんからも連絡が来るのだ。
「ああどうもお義母さん、こんばんは」
「きゃーんお義母さん?もっと言ってもっと言って」
なんでここまでテンション上げられるのかが今一つ理解できない。
「お義母さん、何か御用ですか?」
「ううん、私の方からは特にないんだけどね?」
電話の向こうの空気が変わった。
「だからこの見積金額では稟議など通せないと言っているだろう!業者選定からやり直しなさい!」
うわー業務中じゃん。職場で私用電話かけて、きゃーんとか言ってるのかこの人。
「あーごめんねレイジくん」
「あのですね、一つお聞きしたいんですが」
「なになに?」
「お義母さんからの電話って、いつもエリシエさんにかけた後にかかってくるんですけど」
「あーその話」
やはり何かあるっぽいな。
「だってだって、エリシエがいつも『レイジくんから電話来ちゃったー』って自慢してくるから。ずるいずるい、たまにはお義母さんに先にかけてよー」
「あーいやその、相談とかで電話してまして」
「何よ、お義母さんには相談できないっていうの?」
「いや、そういうわけでは」
なんだかセフィアと電話してる気分になって来たぞ。なんだこれ。
「じゃあ今相談しなさい」
「あー、そのですね。今月末のクリスマスに、セフィアにプレゼントを贈りたくて。何か喜びそうなものを知ってたら教えて欲しいんです」
「そうねぇ、あの子昔から物に執着しない子だったからなぁ」
ああさっき聞いた話だ。でも親族二人が言うってことは、これは確かな情報なんだ。
「でもそうね、あの子あんまりアクセとかしないけど、ブローチとかいいかも」
「ブローチですか」
「そそ。軍用で位置発信機とか護身用フィールド発生器のついた可愛いのがあるの。もし良かったら、後でカタログ送るから参考にしてね」
「ありがとうございます」
「それで」
「はい」
ああ来るな。もうだいたい判るんだ。
「私へのプレゼントは孫でいいわよ。できたら男の子かな」
やっぱり。
「まだ早いです。あと一年以上は高校生なんですよ?」
「そうかなー、セフィアはこっちで高級士官学校まで飛び級で卒業してるから、地球の学歴はおまけみたいなものだし。もしあれなら、私がそっちへ子育てヘルプに行ってもいいのよ?あ、男の子がいいって言ったけど、女の子も大歓迎」
「まだそんな予定はありませんって」
「とりあえずやることやって、もし出来ちゃったら受精卵を凍結保存しておいて、後でゆっくり産むとかでもいいのよ?最近流行ってるんだから、そういうの」
「母親がそういうこと言わないでくださいよ……」
ほんとなんでここの人たちはみんな全肯定なんだろう。ぐいぐい来られると逆に引くんだよ……
とにかく僕はお義母さんに礼を言って電話を切る。ふう、とため息をついて僕は自室を出て、誰もいないリビングに移動する。もう夜だ、セフィアも自室に戻っている。僕はリビングの照明を点けて、お約束の到来を待つ。
しゅひゅん。二つの効果音が重なってるのだ。
「夜分遅くに失礼します」
「こんばんわです、旦那さま」
パジャマ姿のササメユキさんとネグリジェ姿のナミシマさんが転移してきた。はいそうです。エリシエさんに電話するとここまでが確実にセットなんです。もう馴れた。
「プレゼントをお探しとか」
「はい、何か喜ばれそうなものに心当たりでもあれば」
「そうですわね、わたくしなんかは花束が素敵だと思います」
「それはお前の好みだろう」
「いいえ、花束を貰って嬉しくない女の子はいませんよ」
しかし、ちょっと透けてるナミシマさんのネグリジェは目の毒だ。いや、目の保養か?あんまり見たらバレるだろうから、チラ見程度にしておく。
ササメユキさんのパジャマには謎のゆるキャラが全身あちこちにプリントされていて、クールな彼女の雰囲気とは正反対だ。実は部屋もファンシーグッズ山盛りだったりして。
「私は断然、防刃・防弾のインナーセットがおススメだ。最近のはデザインも可愛いし、ブラとショーツの間にも不可視のフィールドを形成するから、敵が多い日も安心だ」
「なんでミコミコはそう実用品一辺倒なのよ。もっとこう、可憐なものを」
「いやほら、昔のはスポブラとかぼパンだったけど!今のはこんななんだよ」
ササメユキさんが差し出すスマホの写真は、黒いスケスケの下着セットだった。うわお。
「これちょっと大人向けすぎない?……ってかミコミコ買ってるじゃんこれ」
画面を良く見るとそこは宇宙通販サイトの商品ページで、一昨日購入しましたと表示されている。
「わっ、わっ、見るなっ!」
顔を真っ赤にしてスマホを隠すササメユキさん。珍しいシーンだ。
「合コンに向けて気合い入ってるなー、わたくしも負けないように頑張らないと」
「こっこれは今着用しているものが古くなったので、試しに買ってみようと」
「恥ずかしがらなくてもいいじゃない、夜の戦闘服だと思えば。ぷくくくく」
「笑うなっ!」
ああ、もう脱線した。ということはそろそろだ。
ばたん、と上の階でドアの音がする。だんだんだんだん、と階段を駆け下りる足音が近づく。
「うっさいわ!!今何時だと思ってるの!!」
僕とナミシマさん、ササメユキさんはリビングの床に並んで正座させられている。その前に仁王立ちするセフィア。おっかない。
「なるほど事情は判ったわ。だけどまずナミシマ参謀」
「はっ、はい」
「その恰好はわざとね?」
ぎろり、とセフィアがネグリジェ姿のナミシマさんを睨む。
「ひぃぃ、お許しください奥さま」
「まだ結婚してないわ!」
あっ、セフィアもそういうツッコミ入れるんだ。ちょっと意外。
「ササメユキ参謀。あなたもね?意外性を見せてアピールとは考えたわね」
「ぐっ、ご明察恐れ入ります」
「ご明察じゃないわよ、何度も言ってるけど、これはあたしのだから!」
びっ、と僕を指さすセフィア。これって言われた……
[ごっ、ごめんなさい!」
「申し訳ありませんでしたっ!」
土下座する参謀二人につられて、僕までつい土下座してしまう。
「よし、以後気を付けるように!帰ってよろしい!」
「はっ、では失礼いたします!」
「失礼いたします!」
しゅひゅん、と二人の姿は消え、僕とセフィアだけが残された。
「レイジ、
時代劇の再放送でも見たのか?といった感じのセフィアの声には、怒りはない。僕は上体を起こす。すると、目の前にセフィアも正座している。
「全く、なんであたしに直接訊かないのよ?」
「そりゃなんていうか、当日いきなり渡してびっくりさせたいって思ったから」
「サプライズかぁ。あたしはレイジがくれるものなら、なんだって嬉しいよ」
「そっか」
「指輪、ネックレスにブローチに花束に下着。まあ強いてこの中から選ぶなら」
「選ぶなら?」
セフィアは頬を赤らめる。
「指輪、かな」
「指輪か」
「うん。そしたらあたしも半分お金出すからさ、お互いにプレゼントしようよ。つまり、婚約指輪。てことで、ね?」
目の前ですっごいもじもじされると、こっちも妙に気恥ずかしくなってくる。耳が熱くなる。
「そ、そうなるね。そうなっちゃうね。そういうことで、あはははは」
「そ、そうしちゃいますか。そうしちゃいましょうね。あはははは」
「あはははは」
冬の晴天は高く、そして清い。教室の空気もたまに入れ替えをするけれど、窓ガラス一枚隔てただけとは思えないほどに温度の差があって、窓を開けた日直氏はその冷たい風に身震いするとすぐに窓を閉めた。
あれから二人でデザインの選定と採寸を行い、一対の軍用特殊リングを発注した。護身用の機能も複数組み込まれた、最新モデル。市価の1/4で買えるって、いったいどういうカラクリなんだろう?
「イブまでには届くってさ」
エリシエさんからの電話を切って、セフィアは嬉しそうに言った。
「そりゃ良かった。イベントには間に合わせたいもんな」
「なんかあれよね」
「ん?」
「半年以上経って、やっと自然な距離感になってきたかなって」
「お前が最初ぐいぐい来過ぎだったんだよ」
休み時間で騒がしい教室の中。もう誰も、僕やセフィアに好奇の目を向けることはない。まあ最近教室に戻って来た三つ子がいじられてくれているので、そのせいもあるのかも知れないけれど。
ひくちっ、とセフィアが小さくくしゃみをしたので、僕はポケットからティッシュを取り出して差し出す。受け取って鼻の周りを拭いたセフィアは、そのティッシュを丸めてカーディガンのポケットに突っ込んだ。
「ゴミこっち」
「いいよ、すぐ捨てるから」
「ならいいけど」
期末試験、終業式、そして冬休み。お正月を抜けたら三学期で、すぐにスキー修学旅行がある。平穏な日常に違和感なく彼女がいるというのは、案外悪くはないものだ。
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