第17話 帰って来た三つ子

 宇宙連合政府は、正義と自由を尊ぶ組織である。


 様々な星系文化が力を合わせて勝ち取った、圧政と暴虐からの解放。それを守るための組織。

 愛とか勇気とか希望とか、そういった素敵なものを守る国家間組織なのである。




 ダグラモナス星雲人が、他星系の人間を工作員として使う。それは過去に例を見ないことだ。


 「▼こっこれが思想教育というやつか▼」

 「私はご飯さえ食べられたらそれでいい▼」

 「▼身も蓋もないこと言うな」


 囚人服に身を包んだ、同じ顔が三人。左の頬に▼、右の頬に▼、そして両方の頬に▼。見分けるポイントはそこしかない。


 「▼私たちはダグラモナス軍人としてだな▼」

 「▼でも見捨てられたっぽいし」

 「おなかすいた▼」


 ここがどこかは知らないが、連合の施設であることは間違いない。捕縛されて一か月、基本的には人道的な方法を選んで尋問が行われている。


 だがしかし。


 この三人は末端も末端、ほぼ何も知らなかったのである!


 しかも幼い頃に誘拐されてダグラモナスの施設で育ったので、シロフォン遊星人としての名前や家族、住んでいた場所の特定もできなかった。


 このようなケースは、マフィアや犯罪組織が孤児を少年兵に仕立てたり、自爆テロに利用する場合には散見されていたが、艦隊による惑星制圧からの資源略奪を直情的に行うダグラモナス星雲人がこんなことをするとは、全くの想定外もいいところだった。



 普通、そのような子供が保護された場合には、養護施設へと送られて社会復帰の訓練を受ける。だがそれはあくまで連合内に存在する反社会的組織が相手の場合で、ダグラモナスによる被害者と判った時点で、点在する施設たちは皆一様に門戸を閉じた。



 三人の扱いに困った連合軍と連合政府は、ある決断をした。

 三人の身柄を、確保された場所……地球へと送るという決断を。



 「というわけで」


 ネコミミの金髪。黒くメッシュを入れたシャギーの若い女性兵士が、明るく言った。


 「これから君たちは、またあの高校に通ってもらいます」

 「▼いや、通ってたのアリサだけなんだけど▼」


 クラリッサ(両頬に▼)が不貞腐れたように言う。


 「だから、最初は一日ごとに交代。残りの二人はこのメガネのVRカメラを通じて、授業を受けてもらいます」

 「▼勉強するの?」


 これはマリサ(右頬に▼)。


 「もっちろん。学生の本文は勉強ですからね」

 「でも、校内のイベント参加とかはどうするの?▼」


 アリサ(左頬に▼)は、行事カレンダーをちらりと思い出す。文化祭は終わってるけど、冬にはスキー修学旅行があったはず。


 「申請した予算が下りたら、全員行けるようになるよ。今の状態だと、じゃんけんで行く人決めてもらう感じかなぁ」

 「▼ひっどい。人権蹂躙だ▼」

 「▼そうだそうだ」

 「おなかすいた▼」

 「仕方ないでしょ」


 女性兵士は腰に手を当てて険しい顔をする。


 「なにもかも前例がないの。難民扱いでキャンプに収容するっと話もあったけど、あなたたちシロフォン遊星の戸籍もないじゃない。これでもすごーく配慮してるんだから」

 「▼へいへい▼」


 クラリッサがそっぽを向く。


 「▼でも私たちはあの学校を襲ったわ。そんな私たちを、あの人たちが受け入れるかしら」


 ふふん、とマリサが言う。


 「彼らがあなたたちを受け入れるか、受け入れないかは別の話よ。まずは彼らに謝罪して許しを請う。それがあなたたち三人に課せられた、償いの第一歩」

 「償いか▼」


 アリサの脳裏に、機関銃を向けた時に女子生徒が見せた恐怖の表情が、蘇る。


 「あなたたちにはね。同年代の少年少女との触れ合いが必要なの。だから復学。社会復帰の訓練みたいなものよ」

 「▼どうせ拒否権はないんだ、行けばいいんだろ▼」


 クラリッサが諦めたように言った。残りの二人も肩を落としてため息をついた。




 「というわけで」


 ひきつった笑顔で、教壇から担任の木下女史は続ける。


 「アリサさんたちが明日から復学します」


 木下女史の隣には、ネコミミの女性士官がぴしっと立っている。アリサたちの姿は、ない。


 「……ですよね?」

 「はい」


 話を振られたネコミミ女性が口を開いた。


 「自分は宇宙連合軍統帥本部、第八師団情報課のマーヤムラ・ロッコーヌ・ティグレン中尉であります。この度、三人の監視役としてこの惑星へ着任しました。皆様には色々と遺恨のある相手かとは思いますし、暖かく迎えて欲しいとお願いできる道理もありません。ですが」


 監視役ね。僕はそのネコミミの人をじっと見る。狐耳以外の連合軍人を見るのは初めてかも。


 「彼女たちは、ああする他に生きる方法を教わって来なかったのです。不幸なことですが、彼女たちは自分たちにできることをしただけなのです。出来れば、寛大な心で迎えて頂けると有り難い。自分はそのお願いに上がりました」


 ばっ、と頭を下げるティグレン中尉。沈黙が教室を支配する。



 ぱちぱちぱち。



 拍手だ。クラスメイト達はその出所を目で探す。後ろの方。


 アリサにマシンガンで撃たれた五十嵐まゆみが、少し微笑んで拍手をしていた。次いで高山瑠奈が、そしてセフィアが拍手を重ねる。こうなったら、もう誰も止められない。拍手の渦が教室を包み、そして木下女史は心からの笑みを見せた。


 「じゃあみんな、明日からよろしく頼むぞ!」





 「いいの?」


 ちょっと気になった僕は、休み時間にガムでフーセンを作っているセフィアに聞いてみた。彼女は最近フーセンガムの存在を知り、そしてハマっている。


 「いいんじゃない?中央が無害って判断したんでしょ」

 「あっさりしてんな」

 「一応資料は私のとこにも回って来てるけど、レイジも読みたい?」

 「何か判ったの?」

 「何も判らないことが判ったってだけ」

 「なんだそりゃ」


 ぱちん、と口の中で小さなフーセンを潰すセフィア。


 「ダグラモナスがどっかに工作員養成の施設を作ってる、ってことくらいかな?判ったのは」

 「またざっくりと」

 「星雲人のやりくちも色々変わったってことね」

 「ふーん。ところで僕にもガムくれよ」

 「中古でいいならあげるわよ」


 唇を突き出すセフィア。


 「なんでいつも中古なんだよ。新品くれよ」

 「柔らかくなってるからすぐ膨らむよ」

 「何よあんたら、いつも中古ってどういうこと?」


 あきれ顔で会話に割って入るのは高山瑠奈だ。


 「な、なんでもないよ、忘れろ!」

 「ポッキーゲームなら人前でもセーフだよねレイジ、またしよ」

 「ばっ馬鹿、何変な事言ってんだ!」

 「はいはいご馳走様。それよりセフィア、あなたは本当にいいの?あいつら戻って来ても」

 「うん、大丈夫。中央からの報告じゃ、彼女らに接触しようとするものは認められなかった。本当に使い捨てだし、何も知らないのよあの子たち」

 「ふうん、そう考えると可哀想ではあるのね」


 セフィアは黙って僕にフーセンガムを一枚差し出す。僕は受け取ってさっそく噛み始めた。いちご味だ。


 「ま、後は当人たちの出方次第じゃない?トラウマってほどじゃないけど、みんなショックは受けてたわけだし」


 高山瑠奈のそのセリフに、僕はセフィアは顔を見合わせて苦笑いをする。


 実はこのクラス全員に、心理的ショック緩和の記憶操作が日本政府からの依頼でされている。トラウマにならないよう、PTSDを発症しないよう。実弾の乱射は、普通の高校生の精神には負荷が高い。だからあの三人の襲撃は、みんなの中ではもうちょっとマイルドになっている。


 宇宙人であるセフィアとその関係者である僕。そして別口で宇宙人との繋がりを持つ吉村以外のクラスメイトたちは皆、その処置を受けているのだ。チョー怖かった、を怖かった、くらいに軽減する程度とは言え、記憶操作は記憶操作だ。あまり歓迎すべきものではないと思うけれど、未来に禍根を残すわけにはいかない。


 参っちゃうな。僕はまだ十分に噛んでいないガムを思い切り膨らませようとし、フーセンは半端な大きさで割れて顔に張り付いた。


 「あらあら、もう何やってんのよ」

 「まだ膨らませるには噛みが足りなかった」


 僕の顔からガムを剥がして、ひょいひょいとセフィアは自分の口に放り込んだ。高山瑠奈があきれ顔で、そんな僕たち二人を見比べる。


 「あんたたちほんとお似合いだわ」

 「ん?」


 きょとんとするセフィアに、やれやれと肩をすくめて高山瑠奈は自席へと戻って行った。


 「なんだろ?」

 「さあ」


 高山が去って初めて、僕は噛んでいたガムの大半をセフィアに回収されたことに気付く。しまった、つい普通に受け入れてしまった……!





 「狭い▼」

 「▼狭いね」


 アリサとマリサが愕然とする。ここは六畳一間の安アパート、その一室。


 「▼ここに三人で住めと▼」

 「そ。当面は順番で一人が登校して、残りの二人はVRで遠隔授業ね」


 事もなげにティグレン中尉は言う。


 「▼ここ、お風呂ないの?トイレもないし」

 「トイレは廊下の突き当りの共同トイレ。お風呂はちょっと行ったところに銭湯があるから、毎日入れるわよ」

 「▼戦闘!?▼」

 「違う、銭湯。あとで連れてってあげるわ」


 思ったより手がかかりそうだわ、とティグレン中尉は内心嘆息する。情報部員が周囲の警戒と彼女らの監視をしているとは言え、まさかこんな場所を宛がわれるとは。


 「▼テレビないの?」

 「ない。wi-fiはあるけど」

 「布団が一組しかないよ▼」

 「手配はかけてみるけど、しばらくそれで我慢して」

 「▼冷蔵庫の中身が空っぽだ」

 「越して来たばかりで、入ってるわけないでしょう」

 「洗濯は?▼」

 「近くにコインランドリーがあるわ」


 なんというかまぁ、貧乏生活だよなぁとティグレン中尉は思う。実は予算のほとんどは防諜に振り分けられており、生活予算はとても少ないのだ。


 「私の部屋は隣だから、何かあったらいつでも来てね。今日の夕食はあとで出前取るわ。それから、明日からの学校にはしばらく付き添うからね」

 「▼出前って、なに?▼」

 「中華かな。ラーメンとかチャーハンとか」

 「▼私ワンタンメン▼」

 「▼私タンタンメン」

 「私カントンメン▼」

 「ちょっとちょっと、あるか判らないわよ?後でメニュー持ってくるから、そこから選んで」


 まあ悲壮感が見えないのはいいことだ。ティグレン中尉は三人を見て、そう思った。





 「どうも済みませんでした」


 ぺこり、とアリサが頭を下げたので、五十嵐真由美は恐縮した。


 「あ、その、ううん、怪我もなかったし、気にしてないわ」

 「本当?」

 「本当。みんなも怒ってないから」

 「良かった」


 アリサはほっとしたように胸を撫で下ろした。


 「明日はマリサ、その次はクラリッサが来る。きちんと謝らせるから」

 「えっ、三人一緒には来ないの?」

 「予算の都合でねー。来週には、全員揃って登校できるようになる、はず」


 アリサに同行しているティグレン中止が痛い所を突かれてあちゃー、と頭に手をやる。


 「そうなの?」


 遠巻きに見ていた僕は、セフィアに訊いてみた。


 「どうだろ。部署によって予算の使い方っていうか、流動性って違うからね。急に言われて出せるところと出せないところっていうのは、あるよ」

 「組織ってのは面倒なもんだね。しかしあの中尉さんって、ネコミミ?」

 「あー、あれはネコ系だけど違うよ。あの人はたぶんトラジマ星雲出身」

 「なるほど虎か」

 「ああ見えて腕力凄いからね。だから監視員としてきたんだろうけど」


 ほほう虎なのかーと見ていると、セフィアが僕の耳をつねる。


 「余所の女見る暇あったら自分の女を構いなさいよ」

 「いててて、違うったら」


 そんな僕らを尻目に、五十嵐まゆみは次の疑問を口にしていた。


 「で、そのメガネは?」


 アリサのかけている黒縁メガネ。そう、前はそんなものはかけていなかった。


 「それはVR用のカメラシステムだ。これを通じて、自宅にいる残りの二人も同じ授業を受けられるという寸法さ」

 「へえすごいですね?やほー見えてますかー」

 「あ、向こうからの音声は聞こえないんだ。あっちで騒がれても困るし」


 ティグレン中尉の説明に、五十嵐はアリサに向かって笑顔で手を振って見せた。まあこの調子なら、復学も問題なく進むんじゃなかろうか。僕は少しだけほっとした。


 「で、レイジはどう思った?」


 ティグレン中尉が教室を出て行き、久しぶりの自席を感慨深そうに眺めるアリサを遠くから見て、セフィアが僕に問う。


 「もしあの三人の生い立ちが不幸であったとしても、ここから先の人生まで不幸であっていいはずがない。だから、これでいいと思う」

 「うん、そうだね」


 セフィアが突然、僕の胸に体を擦りつける。


 「ななななにこれ」

 「愛情表現。レイジはその優しさをずっと大事にしてね」

 「……努力するよ」



 とにかくまぁ、こうしてクラスメイトがまた増えた。もうすぐ期末試験、年の瀬はもうすぐだ。





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