第16話 汎銀河規格スマートフォン
「レイジ。機種変しよう」
休み時間に教室でぼーっとしていたら、セフィアが突然そんなことを言って来た。
「は?」
「機種変。レイジのスマホって汎銀河規格じゃないでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「ほら見て、今なら最近型103Gのが家族割でひと月四千円よ」
「なんだその103Gって。日本はまだ5Gだぞ」
そもそもセフィアが見せるチラシの字なんかひとつも読めない。宇宙文字?
「だいたいレイジのスマホは古いの。あたしとメッセのやりとりも出来ないんだもん」
「いやだってお前のアドレス変な文字じゃん」
「変っていうな、汎銀河文字だよ」
そういえば、エリシエさんの電番もアドレス帳への登録出来なかったな。
「少し前のモデルから、地球の文字もサポートしてるから大丈夫だよ。simカードもそのまま使えるはずだし」
「はずってのがおっかないな」
「潜入工作用にね、現地の端末をエミュレートする機能が充実してるから」
「て言うかそもそも、普段いつも一緒だからメッセアプリとかいらんだろうが」
「やだやだやだ、彼ピとメッセもしてないJKとかおかしいー」
「同棲しててそれ言うか」
「同衾もしたいです」
「ダメ絶対」
まぁ実際、僕のスマホもそろそろくたびれて来てはいる。電池の持ちが今一つになってきた気がする。
「レイジは何色がいい?あたしはこのアンドロメダフラッシュシルバーにしようと思うんだけど」
なんだその色。なんか銀色ってのだけは判るけど。
「黒っぽいのがいいかな」
「うーん、だとするとデスソウルフラットブラックとかかな」
「なにその物騒な名前」
「凝視すると魂まで吸い込まれそうな気になるくらいに艶の無い漆黒だよ。暗黒宇宙をイメージしてるの。でもどうせカバーとかケース付けるからあんまり関係ないか」
色々な機種の写真と説明書きと値段が書かれているらしいチラシを机の上に広げられてはいるが、さっぱり読めない。多分これが数字だろうなっていう文字の列は判る。
「レイジのスマホも汎銀河にしろって、一族のみんなもうるさいんだよ」
「だから家族割か」
「simは十枚入るからさ、これにしよ?宇宙側の回線代と端末代は軍が持つから安心して」
「つまり僕は今まで通り、日本の通信会社にお金払ってればいいのか」
むう、ちょっと魅力的かも知れん。何より未知のテクノロジーに触れられるというのは面白そうだ。
「初期設定とかはあたしが教えるから、ショップじゃなくて自宅受け取りにするね」
「そもそもショップってどこにあるんだよ」
そもそも地球圏はまだ宇宙連合に参加していないので、民間企業も進出してないと思う。ていうか、103Gなんて聞いたこともない。確か6Gが実験中じゃなかったか?
「あれ?でもお前の耳って頭の上じゃん。スマホどうやって聞くの?」
「骨伝導だからだいじょぶよ」
「そうなのか?なんか、誤魔化されてる気がするな」
「ケモミミ星人は色々いるからね、そのへんはだいたい科学の力でバッチリよ」
読めないチラシをチェックしていると、ひょこひょこと吉村がやってきた。こいつはスマホゲーも結構やるので、ハイスペックなスマホを持っている。しょぼい性能のスマホで我慢していた僕は、実は奴が結構羨ましかったりもしたもんだ。
「おやなにそれ?広告?ってかどこの文字だよそれ」
「汎銀河文字らしいぞ」
「へー、なんかスマホっぽいな」
「スマホらしいぞ」
セフィアが自分のスマホをなにやら操作しているのを尻目に、僕たちは間抜けな会話を繰り広げる。
「宇宙スマホか、いいな。アガルティア号なんか、呼び出しはポケベルだぞ」
ポケベル!
知らない人も多いと思うので説明すると、ポケベルとは正式にはポケットベルという機械で、電話をかけると対象の端末がアラームを鳴らしたり震動したりで【なんか呼ばれてまっせ】と教えてくれるだけのグッズである。
相手の電話番号も表示されるので、音が鳴ったり震えたら公衆電話から折り返す。そんな感じでの移動通信媒体だったわけなんですよ。当時の女子学生の間で大流行して社会現象にもなりました。
トレンディドラマ(死語)のタイトルにもなったんですよ。
それはまあいいとして、吉村がポケットから出したのはなんだかタツノコプロっぽいシャレコーベのデザインをした直径三センチほどのうすぺったいキーホルダーのようなものだった。
「それ?」
「これ。着信あるとなんか立体映像みたいな読めない字が出るんだけどさ、折り返せないから結局放課後に直接行くんだよ」
それでいいのか宇宙海賊。
「でも前に電番とメルアドゲットしたって言ってなかったか?」
「メールは普通にアルファベットなんだけどさ、電話番号はなんか文字化けみたいなんだ」
あーそれなんか判るな。エリシエさんのがそうだったわ。
「メールアドレスは翻訳されてるから通じるのよ。電話番号は方式が違うからねー」
まだ何かスマホを操作しながらセフィアが言う。
「つまり、プレステ5で4のソフトは動くけど、逆は無理っていうのと同じ感じよ」
「上位互換下位互換の話か」
「そゆこと。よし、これで今晩には届くよ。家帰ったら設定しよう、色違いの夫婦スマホだよ!見せびらかしてお姉ちゃん羨ましがらせようよレイジ」
「それはあまりにもひどいんじゃないか?」
そんなわけで、僕のスマホは未知の宇宙スマホへと変わることになったのである。
ぴんぽーん。
「はいはーい」
呼び鈴の音に、ウキウキなセフィアが玄関へ行く。既に夕食は終わっていて、あとは自由時間だ。
しばらくして、小さな箱を二つ抱えて喜色満面のセフィアがリビングへ戻って来た。
「おまたせーん、届いたよレイジ」
「ほお、なんか見た目は地球のスマホの箱と変わらんな」
僕は箱をひとつ受け取った。軽い。
「じゃあまず箱を開けて」
「ほいほい」
僕は茶色いボール紙の箱を開ける。中には折り畳まれた、全く読めない紙のマニュアルと半透明の袋に入った黒いスマホが入っている。僕はマニュアルの解読を放棄して、新しいスマホを手に取って袋から出した。
背面を見てみると……どこまでも黒い。まるで心を吸い込まれそうになるくらいに。
「こらレイジ、不用意に見つめると魂持ってかれるよ」
「えっ!?」
僕はぎょっとしてスマホをひっくり返した。その様子を見て、セフィアはくすくす笑う。
「冗談よ冗談」
「やめてくれよもう」
それでなくてもこの人たちのテクノロジーは謎だらけなんだから、変な冗談は勘弁して欲しい。
「今まで使ってたスマホはある?」
「ここにあるよ」
僕は三年くらい使って来た愛機を取り出して、新機種と並べる。
「じゃあデータ移行するわね」
「お願い」
セフィアが新しいスマホの長辺を、古いスマホへとつつつつっと近づける。すると、ぷるぷるっと震えた新型が……
ぱくっ。
スマホがスマホを捕食した!!
「うわっ!?なにこれキモい!」
「こうやって古い機種の端末性能データを取り込むのよ。エミュレートもバッチリよ」
「これ、古いのどうなるの?」
「大丈夫生きてるよ、心の中で。ひとつになって生き続ける」
なんか怖い!
「翻訳できるとこは勝手に翻訳してくれるし、使い勝手も古いのから学習してるから変わらず使えるはずだよ。どうしても汎銀河語しか使えないとこはそのまんまだけど」
「つまり、これでそっちの電話番号も電話帳に登録できるようになるわけか」
「そゆこと。ちょっと待ってね、私のも移行するから」
セフィアも自分の分の箱を開けて、データ移行を始める。ぱくっ、と旧機種を取り込むシーンはゆっぱり気持ち悪いぞ。
「にゅふふふ、お揃いお揃い
「おー、ゲームもヌルヌルだ。さすが最新機種」
「ねーねーメッセしようよー」
「隣にいるのにアプリで会話っておかしくないか?」
「ほらほらー」
ぴっとりとくっついてくるセフィア。画面にぴょこん、とメッセージ受信のアイコンが表示される。あれ?なんかもうグループ登録されてるぞ?
【レイジも入れたよー】
ああこれセフィアだ。グループ名は……マハリマ一族ってなってる……
ぴょこん。
【きゃーんお義姉さんだよーひさしぶりー】
ぴょこん。
【わーいお義母さんよーよろしくねー】
うわーなんか反応早いんですけど。
ぴょこん。
【私のことはお義父さんと呼んでいいぞ呼びなさい呼んでくれ】
ぴょこん。
【婿か!エリちゃん先越されたな!】
ぴょこん。
【セフィアは今度いつ帰ってくるんだ?はよ婿さん見せれ】
「あの、これいつまで続くのかな?」
まだまだ続く新規メッセージ着信。
「んー、とりあえず返信しなよ。日本語でだいじょぶだから」
「そうなのか?しかしみんなテンション高くてすごいな……」
【こんばんわ、長戸零士です。よろしくお願いします】
僕が送信すると、またものすごい勢いでレスが付く。返信する。レスがつく。収拾がつかなくなってきた気がするので、僕はセフィアに助けを求める。
「これどうしよう。止まらない」
「んー、助けて欲しい?」
「うん助けて」
「ちゅーして」
そう来ると思った。この家には他に誰もいないので、己自身の視線にさえ絶えられればそれでいいのだ。僕は目を閉じて待つセフィアにごく軽い口づけをする。
「ちぇ、これだけか」
「贅沢言うな」
「はいはい」
セフィアは目にも止まらぬフリック入力でメッセージを送る。
【ほらほらみんな、あたしたち明日も学校なんだからもう終わり!】
新着がぴたっと止んだ。物分かりが良くて助かる……
「なあ」
隣の席でふくれっ面をするセフィア。朝からずっとこれで、学校に来てまでも不貞腐れている。
「機嫌直してくれよ」
「ふーんだ」
「なーにどしたのセフィアん」
高山瑠奈がやってきて、僕とセフィアを交互に見る。
「まーた長戸がなんかしたか」
「いやそれは誤解だ。今回僕は何もしていない」
「そ。何もしてないの。な・ん・に・も」
「んんん?」
首をかしげる高山瑠奈。
「ふーんだ」
「つまりだね。夜中にこいつが僕宛にメッセ送ったらしいんだけど、僕が気づいたのが朝起きてからだったので怒ってる」
「あー……」
「なんでだよ!僕寝てたんだぞ、気づかなくて当然じゃないか」
高山瑠奈は僕を軽蔑するような眼差しで見る。
「あんたらホント仲良いよね?そんなにラブラブし通しで疲れない?」
「この状態がラブラブに見えるのか」
「本気でそれ言ってんの?たったそれだけでこれだけムクれるってのはね、あんたにゾッコンだからじゃないの。ちったぁ気を使いなさいよ唐変木の朴念仁」
「いやまあ確かに色々と至らないのは認めるけれども!理不尽だ!」
「はいはいご馳走様。キスの一つでもしてご機嫌取りなさいな」
「なっ!?」
なんてこと言うんだこいつは、朝の教室で!
「あーそれいいかもー」
「セフィアも乗るのやめなさい」
「昨日のちゅーは淡泊だったからなぁ。もっとこう、甘々でべろべろなのがいいなー。スイーツ的な感じで」
「ばっ、馬鹿、何を口走っとるか」
そんなことを言いながらも顔が真っ赤になるセフィア。そんな顔を見ていたら、こっちまで急に恥ずかしくなってくる。顔を赤くする僕とセフィアを見て、高山瑠奈はやれやれと肩をすくめた。
「全く、もうじき冬だってのに、朝から暑い暑い」
胸ポケットの新しいスマホまで、熱を持ってる気がしてきた。暑い。
もうすぐ秋も終わり、いよいよ冬を迎えそうな、そんなある日の一幕だった。
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