第13話 史上最大の決戦(前篇)
「状況を」
セフィアのこのセリフも聴き慣れたなぁ、なんて僕は思うのだ。
「敵大規模艦隊集結中。総数約二百、まだ増加中」
「二百だと?」
「月面にて布陣を開始しています」
二百隻以上の敵艦。そんな規模は聞いたことが無い。
セフィアの横顔に緊張の色が走っているのが判る。大艦隊だ。
高度に機械化された連合宇宙軍の迎撃艦隊βでも、艦の運用にはそれなりに人手がいる。旗艦以外の戦闘艦は最低二十名からの乗組員が必要で、アサルトアーマーや特殊な兵装のある艦ならさらに人も要る。人工知能とロボットの採用で大幅に人間の出番はなくなったというけれど、判断が必要な部分には絶対に人間が介在すべしというポリシーで連合宇宙軍は組織されている。
全ては受け売りの知識だけどね!
だけど、僕にはその報告に違和感があった。
自動ドアも電子ロックもないような戦艦を使っているような軍隊が、そんな規模の艦隊を運用できるものなのか?どれだけの人手が必要なのか?
「……分艦隊と本隊を合流させよ。総力戦の可能性大だ、エネルギーと弾薬の備蓄を再チェック。旗艦はプレゲヌスとする。これより転移、以降の指示を待て」
「ラジャ」
ぴっ、と交信を切ってセフィアは笑顔で手を挙げた。
「先生、戦闘してきます!」
「我はダグラモナス星雲軍、地球攻略艦隊司令ギブリール・ガストラル元帥である。地球人諸君、これは最後通牒である。今すぐに宇宙連合との協定を破棄し、我らが星雲に降伏せよ。その場合、諸君らの生命は保証する」
全周波数の放送電波をジャックして流れたその映像。五十過ぎの壮年といった感じの元帥は、なんというかオリジナリティ溢れる顔面をしていた。薄い青の皮膚に白い毛髪でおでこは広い。眉毛とアゴ髭ともみあげが繋がっていて、なんというか……一昔前のアニメに出てくる悪役宇宙人のボスっぽい見た目だ。
「どう見るナミシマ」
「そうですねえ」
ゆったりとナミシマ参謀が口を開く。
「過去にない規模の艦隊です。データはまだ確認中ですが、集結中の敵艦はほぼ大型の、星雲標準型戦闘艦です。推定質量からいってダミーではありませんね」
「あれが連中の総力だとして、いやしかし」
「そうですね、彼らは今までこんな行動に出たことはありません。力押しをするにしても、降伏を迫るのは初回だけで、あとは問答無用の無差別攻撃のはずです。彼らは資源を必要としこそすれ、惑星の統治や原住民には執着しません」
「つまり、そうまでして地球を……地球人を無傷で手に入れる必要があるということか」
セフィアは僕をちらり、と見る。
「宇宙連合政府と地球の国連が代表協議に入った。一時間後に声明が出る予定だ、それまでに艦隊の編成を完了させる。状況はどうか」
「はっ、本隊及び分艦隊の集結は完了しています。工作艦及び補給艦、輸送艦を除いた百二十隻が行動可能です」
「戦力比は二対一か……現時点での各艦人員フルバックアップを実施せよ。激戦になるぞ」
「いえ、未だ敵艦猶増加中。時空震の規模からみて、三百隻以上になる模様」
「三対一か。どちらにしろフルバックアップは必要だ」
「……ここまで大戦力があるのなら、どうして今まで使わなかったのかな?」
僕はつい、口を挟んでしまった。
「どういうこと、レイジ?」
それを聞き逃すセフィアではない。
「いや、これを見せられたら、今までの攻撃がすごく中途半端だったように思わないか」
「中途半端」
「つまりね、あの木星の時、五十隻出して来ただろ?例えばあそこで百隻出せてたら、あいつらの作戦は上手く行ってた」
「それは……結果論では」
「いや、そうじゃなくて。つまりあの時はあれしか出せなかった。あれはあれで、あの時点での総力戦のつもりだったんじゃないかと思うんだ」
「そうですね。大佐、わたくしの方でも色々と調べては見たのですが」
ナミシマさんが空中モニターに何か数字を映し出す。
「連合政府各部門の予算に、使途不明金が散見されました。各々はごくごく少ないですし、対象の部署が多すぎてまだ意図を測りかねてはいますが、合計すると迎撃艦隊を複数運用できるくらいの額が消えています。もちろん、全てがそうだとは言いませんけれど」
「……旧連盟派が暗躍していると言うのか?」
ササメユキ参謀が、キッとナミシマ参謀を睨む。
「もし彼らが関わっているとして、それが資金の提供のみであれば良いのですが」
「ふむ、テクノロジーの流出があると厄介だな」
「それもありますし、大佐。人材流出があると厄介です」
「つまりそれはもう、クーデターではないか」
ばん、と椅子の手すりを叩くセフィア。
「ダグラモナスを盟主とした旧宇宙連盟の復活など、許されるものではない!」
「大佐、まだ可能性に過ぎません」
ナミシマ参謀が、震えるセフィアの肩に手を置く。
「わたくしの調査結果は、エリシエラシス中将にも報告済みです。あの方が中央に残られたのは」
「そうか、済まない。冷静を欠いた」
置かれた手に自らの手を重ねて、セフィアは微笑む。
美しい光景ではある。でもまあ基本会話の前提知識がない僕は、どうしても蚊帳の外感が強い。
「そうだな、クーデターというにはまだ早い。恐らくはその準備だろう」
「クーデターの準備、ですか。成る程」
ササメユキ参謀が顎に手をやる。
「ここで勝利し、かつての配下に対して盟主の復活を宣言する。連合内での栄達を捨てさせてまで旧連盟を復活させるのならば、まずは帝星ダグラモナスの力を示す必要がある、と」
「ならばこの戦い、決して負けるわけには行かない。我が迎撃艦隊βの力で、奴らを打ち破らなければならない。奴らの暗黒で、再び宇宙を染めてはならない」
そしてセフィアが高らかに告げる。
「戦闘艦全艦、微速前進!」
かつて、いち早く宇宙の大海原に乗り出し、巨大な帝国を築いた帝星ダグラモナス。彼らはその進んだ科学力で数々の星系を侵略して配下に収め、暴虐の限りを尽くしたという。
「それがだいたい一万年前」
「はー、スケールでかいな」
しかしダグラモナスの帝国は、その帝国の後継者争いによって内部分裂し、東ダグラモナスと西ダグラモナスの二つに分裂をする。
「宇宙に東西ってなんか変だ」
「いいから黙って聞きなさい」
肥大化しすぎた帝国こそが、分裂の原因であるとした当時の西ダグラモナス皇帝は、東帝国の傘下にあった小国を攻撃、買収、離間工作などで引きはがしにかかり、ついには東帝国をも吸収して帝国を再統一した。
「それが九千年くらい前」
「でも肥大化が問題って考えたんだろ?」
「いいから続きを聞きなさいって」
再統一された巨大帝国。しかし時の皇帝はこれらを細分して再構成し始めた。各惑星人による一定の自治権を認めると共に、代表を集めて政治を行う場を作った。
新生ダグラモナス帝国を盟主とした政治集合体、宇宙連盟の誕生である。
一見民主的にも見えるその組織は、その実ダグラモナスの傀儡でしかなかった。ダグラモナスの指示をただ実行に移すだけの組織。公正、公平とは程遠い独裁体制に恐怖政治。単に、ダグラモナス皇帝の負担を減らすだけの改革でしかなかったわけだ。
「うまいことしたもんだ」
「それからしばらくは、宇宙連盟の天下が続いたわ。破壊と略奪、そして圧政」
しかしそれも長くは続かなかった。連盟内のパワーバランスが、微妙に変化し始めていたのだ。
後進の星々がその科学と技術を伸ばしていくのに対して、帝国の科学技術はその歩みが遅くなっていく。それは特権に慣れ、怠惰に親しんだ文明の辿る衰退の道。
そうしてダグラモナスを盟主とする宇宙連盟は崩壊した。弱小と侮られていた新進惑星国家が叛乱を起こしたのだ。ダグラモナスは、その叛乱を押さえることができなかった。長年の圧政や暴力に対する反感から積極的な支援はなかったし、肝心のダグラモナス本星の資源が長年の浪費によって枯渇しており、プライド以外の戦力を持たなかったからだ。
「そうして一時代を築いたダグラモナス帝国と宇宙連盟は滅び、民主的な星間政治組織としての宇宙連合が誕生したのでした。めでたしめでたし」
セフィアが空中をスワイプすると、絵本画像はぱっと消えた。子供向けの歴史絵本で、ざっくりと説明をしてくれたのだ。
「でもさ、今さら帝国を復活とか、よく判んないな」
ブリッジの床に足を投げ出して座る僕。体の右側にぴったりとセフィアの体温を感じながら、僕は疑問を口にする。
「どうして?」
「元帝国人なら、栄華を忘れられずにって動機があるよね。でも善政でなかったのなら、今さらその下にわざわざ入りたいかな?」
「それはね、レイジがまだ学生だからそう思うんだよ」
「学生だから?」
セフィアの瞳は遠くを見つめている。
「連合は自由な組織よ。決まりごとはあるけれど、自らの責任によってなんでもできる。でもそこが問題になることもある。重荷に、足かせになる時もある」
「自由が?」
寂しそうに笑うセフィア。
「自分の責任で行動するっていうのは、ものすごい重圧を背負うことでもあるのよ。あたしもこの迎撃艦隊βのクルー全員の命を背負って戦っている。責任、プレッシャー。そういったものから逃げて、命令されるだけの身分に逃げ込みたい人なんて、結構いるのよ。全ての責任を皇帝に押し付けたいと願うような人たちがね」
「そうか、自分が皇帝になろうとはしないんだね」
「そ。だからこそ、絶対に負けられないんだ。自由と正義、それが宇宙連合軍の守るべきものだから」
僕が躊躇しているうちに、セフィアの方から僕の肩を抱いてきた。やっぱりこの子には敵わないな。
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